空腹と、怪しいパン屋
ギルドの扉を背に、俺は空腹を抱えながら街を歩いていた。先日のパーティー追放劇から数日が経ち、財布の中身は心許ない。安くて、それでいて腹持ちの良いもの……。そんなことを考えながら、慣れた街並みをぼんやりと眺める。
「はぁ……。」
思わずため息が漏れる。俺のスキル《看破》は、確かにステータスが見えるだけ。パーティーの連中には「役立たず」と蔑まれ、ついには追放された。彼らにとっては、敵の弱点が見えることよりも、純粋な攻撃力や防御力の方が重要だったのだろう。まあ、俺自身も、このスキルで何かすごいことができるとは思ってもいない。むしろ、静かに田舎で農業でもして暮らせたら、それが一番だ。
「ん?」
ふと、視界に飛び込んできたのは、角の曲がり角にできた、異様に賑わっているパン屋だった。行列ができている。活気があるのは良いことだけど、なぜか店主の表情が、少し……いや、かなり怪しい。顔色が青白く、目は虚ろ。のに、客捌きは妙に機敏だ。
「こ、こ、これは……! 奇跡のパン! これを食べれば、どんな空腹も満たされること間違いなし!」
店主の声が、妙に甲高く響く。客たちは「奇跡のパン!」と興奮し、次々とパンを買い求めていく。俺の《看破》が、うずき始めた。
(……よし、ちょっと見てみるか)
誰かが怪しいことをしているなら、それを知るのが《看破》の性分だ。好奇心というよりは、一種の義務感に近い。俺は人混みをかき分け、行列の最後尾についた。
「お兄さん、早い者勝ちだよ! この『奇跡のパン』、あと少ししかないんだから!」
店主が俺に気づき、胡散臭い笑顔を向けてきた。その笑顔の裏に、何があるのか。
(《看破》!)
俺の意識は、店主のステータスへと向けられた。
【店主:マロウ】
【種族:人間】
【職業:パン職人】
【レベル:15】
【HP:80/80】
【MP:30/30】
【筋力:5】
【器用さ:12】
【知力:18】
【体力:7】
【俊敏さ:14】
【魅力:10】
【運:9】
【スキル】
・パン作り(E):パンを焼くことができる。
・早口(D):早口で話すことができる。
・隠蔽(E):感情を隠すことができる。
「……ふむ。」
パッと見は、普通のパン職人だ。レベルもそこそこ。しかし、何か引っかかる。
(「早口」? Dランク……? それに、「隠蔽」Eランク……)
俺の《看破》は、スキルのランクだけでなく、そのスキルがどれだけ「特化」しているか、あるいは「異常」かまで見抜くことができる。例えば、ある人物の「剣術(C)」が見えたとして、それが「標準的なCランク」なのか、「特筆すべきCランク」なのか。あるいは、「隠蔽(F)」と見えても、その人物の隠蔽能力が「平均以下」であることすらわかる。
(「早口」がDランク……。まあ、早口なのは事実だろうけど、それがスキルとしてDランクまで成長するほどか?)
そして、さらに気になることが。
(……「口の軽さ」?)
ステータス表示の、職業の下あたりに、見慣れない項目が追加されている。
【特性】
・口の軽さ:極めて高い(MAX)
(「極めて高い(MAX)」? こんな項目、初めて見たぞ……)
「極めて高い」ならまだしも、「MAX」とまで表示されている。これは、単に口が軽いというレベルではない。何か、秘密を吐き出しやすい、あるいは、不用意な発言をしてしまう、そんな性質を持っているということだろうか。
「さあ、どうする? この奇跡のパン、君にもどうだ?」
店主が、俺の顔を覗き込んできた。その目は、期待と、どこか焦りのようなものを湛えている。
「……あの、そのパンは、どういうパンなんですか?」
俺は、慎重に言葉を選んだ。
「そりゃあ、秘密だよ、秘密! でも、食べればわかるさ! とにかく、腹持ちが良くて、元気が出るんだ!」
店主は、ニヤニヤしながら答えた。しかし、その「秘密」という言葉に、俺の《看破》は過敏に反応した。
(秘密……。口が軽くて、秘密を喋りやすい……。ということは、このパンの秘密も……?)
俺の視線は、店先に並べられたパンへと移った。どれも美味しそうではある。しかし、その中に、ひときわ異彩を放つパンがあった。表面に、見慣れない、淡い紫色のハーブのようなものが練り込まれている。
(あれは……?)
《看破》が、そのパンの材料に焦点を当てる。
【材料】
・小麦粉
・水
・酵母
・塩
・砂糖
・バター
・……見慣れないハーブ(未知)
「見慣れないハーブ」……。俺は、この世界に来てから、かなりの種類のハーブを見てきたつもりだ。薬草、香辛料、魔力増強に使うもの……。しかし、この淡い紫色をしたハーブは、全く記憶にない。
(未知のハーブ……。そして、店主の「口の軽さ」がMAX……)
俺の頭の中で、点と点が繋がり始めた。
(このパン、もしかして……?)
背筋に、微かな悪寒が走った。このパンは、ただの腹持ちの良いパンではないのかもしれない。そして、この店主も、ただのパン職人ではない。
「お兄さん、どうした? 顔色が優れないぞ? やっぱり、この奇跡のパンを食べて、元気を出した方がいいんじゃないか?」
店主が、さらに俺に詰め寄ってきた。その顔には、期待が滲み出ている。
(これは……まずいかもしれない)
俺は、パンを買うのをやめようと決めた。しかし、店主の「口の軽さ」は、俺の質問を、思わぬ方向へと導くかもしれない。
「あの……その、見慣れないハーブ、何に使うんですか?」
俺は、意を決して、パンに練り込まれたハーブについて尋ねた。店主の目が、一瞬、大きく見開かれた。そして、その口元が、かすかに開いた。
「さ、さあ……? それは、その……」
店主が言葉を濁した、その瞬間。俺の《看破》が、さらに店主の「隠蔽」スキルに干渉し、その真実を暴き出そうとしていた。
「このパン、もしかして……」
俺の呟きは、騒がしい街の喧騒に、かき消された。だが、店主の顔に浮かんだ、焦りと、そして、ほんの少しの恐怖。それらは、俺の予感が、決して間違いではないことを物語っていた。




