怪我をした猫と、役立たずの薬草
「ニャー…」
道端で、か細い鳴き声が聞こえてきた。そちらに目をやると、一匹の三毛猫がうずくまっている。どうやら、足に怪我を負っているらしい。赤黒く染まった毛並みが痛々しい。
「大丈夫かい?」
声をかけると、猫はビクッと体を震わせたが、逃げ出す様子はない。ゆっくりと近づき、そっと手を伸ばす。警戒されながらも、なんとか撫でることができた。
「うーん、これはひどいな…」
誰かが近づいてくる気配がした。見ると、薬草師らしき服装の男が、慌てた様子でこちらに向かってくる。背中には大きな薬草袋を背負っている。
「おお、これはこれは!かわいそうな猫ちゃん。私が治してあげましょう!」
男はそう言うと、背負っていた袋から何やら葉っぱを取り出した。それを猫の足に塗りつけようとする。しかし、その手つきはどこかぎこちなく、猫は痛そうに身をよじった。
「…あの、大丈夫ですか?」
思わず口を挟んでしまう。男の動きを見ていて、どうにも不安になったのだ。
「ん?なんだね、君は。邪魔しないでくれたまえ。私は腕利きの薬草師だ!」
男は不機嫌そうに私を睨みつけた。腕利き、ねぇ。そう思っていると、自然と《看破》が発動していた。
【薬草師:ゴードン】
スキルランク:E
所持スキル:【簡易鑑定】(D)、【薬草知識】(F)
【簡易鑑定】効果:対象のステータス、アイテムの基本情報を表示する。
【薬草知識】効果:基本的な薬草の知識を持つ。
ふむ。Eランクか。《看破》でこれだけしか表示されないということは、特別な能力は持っていないということだろう。そして、薬草知識がFランク…これは、あまり期待できないかもしれない。
次に、彼が手にしている薬草に《看破》を走らせる。
【薬草:血吸い草】
効能:傷口の血を止める。
副作用:炎症を引き起こす可能性がある。動物への使用は注意が必要。
「…え?」
思わず声が漏れた。血吸い草。傷口の血を止める効果はあるらしいが、炎症を引き起こす可能性があり、動物への使用は注意が必要とある。猫の怪我に塗るのは、むしろ逆効果なのではないか?
「なんだね、その変な声は!私の腕を疑うのかね?」
ゴードンと呼ばれた薬草師は、さらに顔をしかめた。猫は相変わらず痛そうに鳴いている。
「いえ、その…」
どう言えばいいのだろう。この薬草は猫には合わない、と直接言っても信じてもらえないかもしれない。それに、彼が持っている薬草の知識がFランクであることも、《看破》で分かってしまっている。
「その薬草、猫には毒かもしれません!」
結局、一番ストレートな言葉になってしまった。
「な、なんだと!?」
ゴードンは目を丸くした。周囲にいた数人の通行人も、何事かとこちらに視線を向け始めた。猫は、私の足元にぴったりと寄り添ってきた。まるで、私の言葉に安心したかのように。
「まさか!この血吸い草は、あらゆる傷に効く万能薬のはずだ!」
「万能薬、ですか…?」
私はもう一度、ゴードンのスキルを《看破》で確認した。やはり【薬草知識】はFランクのままだ。彼が「万能薬」だと思っているのは、単なる思い込みか、あるいは知識不足に起因するものだろう。
「猫の足には、血を吸いすぎると炎症を起こすことがあるんです。それに、この薬草は…」
言いかけるが、ゴードンは聞く耳を持たない。
「黙りたまえ!素人の戯言に付き合っている暇はない!」
彼は猫の足に、さらに血吸い草を塗りつけようと手を伸ばした。猫が怯えたように鳴く。
「待ってください!」
私も思わず声を張り上げた。このままでは、猫の怪我は悪化してしまう。私の《看破》は、確かにステータスやアイテムの情報を表示するだけの、取るに足らないスキルだ。しかし、それでも、この状況で黙っているわけにはいかない。
「その薬草、猫には毒かもしれません!」
もう一度、私はそう言った。ゴードンは顔を真っ赤にして、私を睨みつけている。猫は、私の服の裾を引っ掻きながら、不安そうな顔で私を見上げている。
(どうしよう…このままでは、猫が…)
私の《看破》は、確かに嘘を見抜くこともできる。しかし、それをどう伝えるか、どう納得させるかは、また別の問題だ。彼が私の言葉を信じてくれるかどうかは、彼次第なのだ。
(…そうだ。まずは、この状況を打開しなければ。)
私は、ゴードンのスキルをもう一度、《看破》で覗き見た。そして、彼の【薬草知識】Fランクという情報と、彼の顔色を照らし合わせる。
(…もし、彼が…)
彼の表情に、かすかな希望が見えた気がした。
「…その薬草、猫には毒かもしれません!」
私は、もう一度、決意を込めてそう言った。ゴードンは、私の言葉に、さらに激しく反応するだろうか。それとも…。
(この後、どうなるのだろう。)
猫の鳴き声と、ゴードンの怒声が、町に響き渡る。




