49話 巨大な狼型の魔獣との戦い ①
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エーデルロワーナから状況を聞いた役人は兵士たちと連携して鐘楼に向かい、避難指示の鐘を鳴らした。その直後に、巨大な狼型の魔獣が市壁を破壊して街へ侵入してきた。
聞いたことのない獣の大声と、耳鳴りのようにうるさく打ち鳴らす鐘の音と、家の中の食器棚に置かれたお皿がカタカタと音をたてる事態に、家の中で災いが過ぎるのを祈っていた街の人々に絶望感が生まれた。
誰もが命の安全を確最優先するため、着の身着のままで抱えられるだけの荷物をもって家を飛び出す。
そうして現在、唯一街から出られる出入口、王都に向かう側の城門塔には多くの住民たちが押し寄せていた。
「落ち着いて歩いてください!」
「おい! 早く行ってくれ!」
「落ち着いてください!」
「押さないでください! 怪我人がでます!」
「早く通せ! すぐそこに巨大な魔獣がいるんだぞ!」
城門塔の兵士や役人が避難誘導する中、最後列にいる住民たちが恐怖心から大声を出して前列にいる人を急かし城門塔の外を目指す。
広大な森が目と鼻の先につくられたこの街は、国の方針により街の拡大を禁止されていた。そして、『悪い冒険者』などから獣人の誘拐を防ぐために、街の出入口は王都に向かう側と広大な森へ行く側の二か所しかない。それがあだとなっていた。
広大な森へ行く側の城門塔付近ではエーデルロワーナと冒険者たちが総出で巨大な狼型の魔獣と交戦している。
街を守る仕事を勤めている者としての責任感で気丈に振る舞っている兵士のもとへ、広大な森の城門塔の方角から走ってきた兵士が長靴を鳴らして声をかけたてきた。
「あとどれくらい時間がかかる⁉」
「一、二時間は……」
気丈に振る舞っている兵士に声をかけてきたのは、エーデルロワーナから指示を受けて一時的に戦場から離脱し、連絡役を任された兵士だった。
「エーデルロワーナ師団長がもう限界だと言っている!」
エーデルロワーナを指揮官に、役人と城門塔の検問の兵士たちは住民たちの誘導。ほかの兵士たちは住民たちの護衛や天幕で治療中の者たちを運んで街の外へ避難させている。
よって主な戦力はエーデルロワーナと冒険者たち。
巨大な狼型の魔獣を倒すことが目的だが、今は住民を街から避難させるため足止めを優先して戦っていると話す。理性を失っている巨大な獣相手では苦戦を強いられ、思うように時間稼ぎができない状況だと伝える。
そんな、と気丈に振る舞っている兵士と近くで話を耳にした役人が悲鳴にも似た声をだした。
「魔法で魔獣を倒せないのですか⁉」
「できるならとっくにしている!」
エーデルロワーナは勇者アヴァベルルークスの仲間の一人で魔法使いだ。生きた伝説の勇者の一人ならなんとかしてくれるだろうという期待を寄せての発言を、連絡役の兵士が両断した。
すると連絡役の兵士の背後で、地響きと同時に家が崩壊する音が迫った。はっと振り向くと、怒り狂った巨大な狼型の魔獣が、赤い瓦屋根を破壊しながら街中まで走ってくる。
家々は海辺の砂城のように崩れ落ちた。土煙が舞う中、巨大な狼型の魔獣は体毛を揺らしながら、口から炎を吐いた。
「きやあああ!」
「うわああああ!」
住民たちの恐怖は最高潮に達した。圧倒的な存在と咆哮による恐慌で住民たちの平常心は稲のように刈り取られた。
小さい子供たちは泣き、老人は震える足をたたんで石畳に座り込み、逃げることを諦めた。
「押さないでください! 怪我人がでます!」
後列にいる住民たちは自分の前にいる人を押し倒してでも城門塔の先へ行こうとしている。
誰だって命は惜しいし、失いたくはない。
なけなしの平常心を保っている役人が大声を出しているが、もう住民たちの耳には届かない。
「とにかくできるだけ早く外へ! 遠くに!」
連絡役の兵士は大声でそれだけ言って、役目を果たすために来た道を戻る。巨大な狼型の魔獣と比べると自分たちは蟻のようで、家々が玩具のように見えた。勝ち目が全く見えない状況に絶望を感じて鈍足になり、顔はこわばってしまう。
それでも最前線で戦い住民を守ることが兵士の勤めだ、と自分に言い聞かせて麗人へ駆け寄った。
「エーデルロワーナさま! まだ時間がかかるとのとこです!」
連絡役の兵士は見たままを告げる。
「わかった」
エーデルロワーナは冷静に短く返事をして、連絡役の兵士に労いの言葉をかけた。
連絡役の兵士が去るとエーデルロワーナはその細長い耳を王都側の城門塔の方へ集中させた。冒険者たちの声が大きすぎで、雑音の中から拾うような作業になったが、連絡役の兵士の報告通り、住民たちの悲鳴や怒声が聞こえた。
エーデルロワーナはふと、場違いにも広大な森を見た。視界に入った空は青く白い雲が流れている。景色だけを切り取れば広大な森は静かに見えた。
すぐに視線を戻し、渋い顔で巨大な狼型の魔獣をひと睨みし、そして大声で冒険者たちに現状を伝える。
「これ以上行かせるな!」
それを聞いた熟練の冒険者から檄が飛んだ。
前衛の冒険者たちが左右に分かれて、巨大な狼型の魔獣の足を執拗に攻撃する。
エーデルロワーナは後衛から風魔法を唱えた。
弓使いたちは隊を組んで同時に矢を放つ。
エーデルロワーナが唱えて生まれた風の流れに乗って飛弓は加速し、雨のように降って、巨大な狼型の魔獣の首周りに刺さる。
巨大な狼型の魔獣にとっての防具は固い鱗。心臓を守るかのように胴体を中心にあるが、首元周りは少なく無防備に近い。
巨大な狼型の魔獣にとっては足の爪よりも小さい鏃でも、二桁にも及ぶ数の矢が刺されば痛みを感じるはずだが痛覚も失っているのか、負傷を与えた弓使いたちを睨む動きはない。
「まずい! やつの体の向きが変わった! 住民たちの方へ行かせるな!」
エーデルロワーナが叫ぶ。
巨大な狼型の魔獣は小さい虫にも見える冒険者たちを無視して、怒りに染まった一対の目と巨体を王都側の城門塔へ向けて大きな一歩を踏み出し、赤い瓦屋根を踏みつぶした。
「お前の相手は俺たちだ! 狼野郎!」
肩幅のある重装備の剣士が戦斧をこん棒のように振って、巨大な狼型の魔獣の足元へ一撃を与える。すぐさま後方へ飛んで顔を上げて、巨大な狼型の魔獣の反応を見てむっとした。
「おい。聞いているのか! 聞こえねえのか⁉」
見上げた先の、巨大な狼型の魔獣は焦点がどこに向いているのかわからなかった。
振られたな、と果敢に挑む熟練の冒険者は笑わったが、その笑みはすぐに消えた。
「!」
足元で騒ぐ小さな虫に苛立ちを覚えたようで、巨大な狼型の魔獣の尾がうなって前線にいる冒険者たちの頭部に迫る。
冒険者たちは瞬時にその場から四散した。しかし巨大な狼型の魔獣の尾に巻き込まれた、瓦礫と化した家の壁の一部や瓦屋根の破片などが土煙とともに弾丸として飛んできた。
「っ!」
「があっ!」
直撃は免れても副産物のようにうまれた攻撃に前線の冒険者たちは全身に受ける。
理性も痛感も失っている巨大な狼型の魔獣は制御できない激情を周囲にまき散らした。
場所はすでに街中。
肩幅のある重装備の剣士が視線を少しずらせば、王都側の城門塔にいる街の人々が遠目に見える。
巨大な狼型の魔獣が次から次へと建物を破壊するので、常に土煙が上がっていて視界は悪い。
石畳の通りは粉砕されて足場は悪く、屋台は木端微塵で跡形もない。
住民たちの営みが破壊され、踏みにじられている有様だ。
「くそが」
肩幅のある重装備の剣士が悪態をついた。
「我々の手足と首が繋がっている間に来てほしいものですね」
いつの間にか近くまで来ていた童顔の修道士が疲労した声で言った。
エーデルロワーナの指示通りによく動き、よく踏ん張っていると思っている。しかし戦い慣れていない大きさなので、どこまで自分たちの攻撃が通じているのか目測ではわからない。そんな状況なので彼らの表情は険しく厳しい。
「そうだな」
「魔法がくるぞ! 離れろっ!」
後衛にいるどこかの弓使いが叫んだ。
その直後、光を帯びた炎の柱と轟音が冒険者たちの視界を支配した。
「!」
「あちい!」
エーデルロワーナが唱えたのは火属性の中でも大打撃の与える魔法だった。
天にも昇るほどの火の柱。
竜巻のように渦を巻きながら全てを焼き尽くして消えていった。
そこにいたのは口を開けたままの巨大な狼型の魔獣。体毛が焼かれたその巨体からは黒い煙が昇り、時が止まったかのように微動だにしない。
土煙は巨大な狼型の魔獣と冒険者たちの間を漂い、しばしの静寂が流れる。
「やったのか……?」
誰かが呟き、冒険者たちとエーデルロワーナは固唾を飲んでいる。
静寂の中でそうなのではと希望を抱いたその時――息を吹き返したかのように巨大な狼型の魔獣は吠えた。
目は光を取り戻し、激しく地面を踏み荒らし、叫び散らして炎の吐息を冒険者たちに向かって吐いた。
「うわあああ!」
「あれをくらってまだ生きているのかよ⁉」
「不死身か⁉」
「踏みつぶされるぞ! 離れろ!」
「まだ毒矢は残っているか⁉ 全て放て!」
冒険者たちが動揺して騒ぐ中、エーデルロワーナが余裕のない声で指示を出す。
弓使いたちが一斉に矢を放った。魔法に比べたらどれほどの効果があるのか、と疑問に思ってもせざるを得ない。
心臓を中心に固い鱗を纏い、巨体ゆえに物理攻撃があまり効かないと聞かされれば、冒険者たちにとってはエーデルロワーナの魔法が頼みの綱だったのだから。
「あの兄ちゃんはまだかよ⁉」
「耐え性がねえな!」
「この場全員の心境を代弁して言ってやったんだよ!」
「王子さまは最後に恰好よく登場するものなんだよ!」
「お姫様なんかどこにいるんだよ⁉」
肩幅のある重装備の剣士が声をあげた。それを聞いた熟練の冒険者が突っ込みを入れ、さらに他の冒険者が冗談交じりに言ってひっかきまわす。
こんな状況でも熟練の冒険者たちは、平常心と少しばかりの余裕を忘れてはいなかった。
エーデルロワーナはその姿を見て頼もしい限りだ、と思ったが限界を肌で感じていた。
この巨大な狼型の魔獣の進行を止められない。
いつ走り出して王都側の城門塔へ突っ込んでしまうかと冷や冷やしている。
気持ちばかりが焦り、頼みの綱であるランスディールが来ないことにみなが苛立ちを覚えてしまうのも仕方のないことだった。
「油断していたわけではなかったのだが……」
エーデルロワーナは黒うさぎのちびにペンダントを渡したことを後悔していた。
あれを最大限に利用して魔法を放っていれば倒せていたかもしれない。
勇者アヴァベルルークスが亡くなってからは目立った魔獣との戦いはなかった。だからもう誰かに渡してもいいだろうと思って譲った。
不要だと思って手放した途端に必要になる。よくある話だが、今ばかりはそんな状況になりたくなかったと切実な感情がわく。
「エーデルロワーナ師団長! 矢がなくなりました!」
弓使いの何人かが矢筒が空になったと叫ぶ。
武器屋から失敬してきた矢が無くなれば長距離攻撃の手段は魔法だけになったということ。
エーデルロワーナは歯がゆい思いをしながら弓使いを下がらせた。




