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47話 約束

 本来なら定時を知らせる鐘楼のから警鐘が街中に響く中、ランスディールとラミィはギルドの外で揉めていた。


『やだ! ラミィも行く! ランスのお守りする!』

「誰がちびのそばにいるの? ラミィしかいないだろう」


 ランスディールがラミィに黒うさぎのちびを連れて役所に避難するよう話をしたことが始まりだった。

 しかしラミィは、契約主であるランスディールの母親からの言いつけを守ろうと拒否する。

 熟練の冒険者たちも含めてランスディールたち以外はすでに、巨大な狼型の魔獣のもとへ向かっていた。

 住民も猫もいない、風だけが街路を通り過ぎていく。


「なら、一度ちびを役所に連れて行ってちびだけ頼めばいいじゃないか? 今は白うさぎの里の獣人たちもいるんだし」

「カーリー。私は巨大な狼型の魔獣との戦場にラミィを連れて行きたくないんだ」


 ランスディールは私の身の上の話になるんだけれど、と言って話し始めた。


「私の両親は身分差を越えての結婚なんだ。母は、もとは市井生まれの娘。父は侯爵家の嫡男。本来なら、身分差がありすぎて結婚なんて不可能だった。母が貴族令嬢の教養を身につけたとしても、血筋までは変わられないから父の両親や周囲を納得させられない。認めてもらうには他の令嬢に負けない何かが必要だった。それで母は精霊術師になるために、単身で広大な森に入った。案の定、道に迷って力尽きていたところを偶然ラミィに助けてもらった。白うさぎの里で療養させてもらって、女王ヴィヴィと縁ができて、精霊術師団のエーデルロワーナ師団長と養子縁組を組んで、父と結婚できた。そういうわけだから、今の家庭を守るためにはラミィを失うわけにはいかないんだ」


 きっと母親もこんな状況になるとは想像していなかっただろう。

 ランスディールは血筋を重んじる貴族たちが母親へ投げた侮蔑の言葉を今でも覚えている。

 今はエーデルロワーナとラミィがいるからそういう貴族たちからの言葉も聞こえなくなったが、ラミィを失えば再熱するに違いない。


「大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、ラミィを失ったら母上はあの家では生きていけない。だから何があっても、ラミィは無事に家に返さないといけない」

「なるほどね」


 カーリージェリーはランスディールの複雑な家庭事情を知って納得した。

 ランスディールは目でわかっているだろうとラミィへ視線を投げた。


『ラミィはランスのお守りするためにここにいる!』


 ラミィは負けるものかと顔を上げてランスディールを見ている。


「だからラミィに何かあったら母上が困ると言っているだろう。あの時震えてじゃないか」


 ランスディールは巨大な狼型の魔獣と遭遇しかけた時のことを引き出す。


『……行く』


 指摘されて言い訳ができない苦しい立場に立たされたが、それでもラミィは己の気持ちを押し通した。

 ラミィ、とランスディールは聞き分けがない子供をたしなめるような声で言った。


「ランスディール!」


 遠くから精霊術師の服をきた麗人の声が聞こえた。


「エーデルロワーナ師団長」

「ヴィヴィから念話が送られてきた。エルフの里から『銀槍グレイス・ニルヴァ』を持ってきたのだが、エルフの長が重傷で治療にあたっている。そのためすぐには身動きがとれないそうなのだ。取りに行ってきてはくれるか?」

「わかりました。女王ヴィヴィはどこに? 白うさぎの里ですか?」

「ああ。白うさぎの里を出て少し先のところと言っていた。エルフの長は無理して巨大な狼型の魔獣を追いかけていたようだ」

「ラミィ、ちびと一緒に役所で待ってて」

『行く!』


 ラミィは意志が固いことを主張するように金色の角を光らせた。


「ランスディール。何かあるかわかない。ラミィは連れていったほうがいい」


 今は緊急事態だ、ラミィと離れるのは危険だ、とエーデルロワーナが忠告する。


「しかし、ラミィになにかあっては母上が。それにちびも……」

「お前の気持ちはわかる。その気持ちと同じように、ラミィや家でお前が帰ってくることを信じている家族がいる。お前を失って一番悲しむのはラミィや親だぞ」


 エーデルロワーナに諭されて、ランスディールは口をつぐむ。

 わかっていると言いたかった。しかし相手は巨大な狼型の魔獣だ。

 後方支援で後衛をさせていても、理性を失った魔獣がどう動くかは誰にもわからない。

 守りきれる自信がないというのが顔に出ていたのだろう。カーリージェリーが口を挟んだ。


「こういう時のあたしじゃないのかい?」


 カーリージェリーが何のためにあたしを雇ったんだ、とランスディールに聞く。


「あたしはあんたのお眼鏡に叶ったたんだろう? 信じてほしいね」

「そうだったね」


 ランスディールはふっと笑う。

 今は一人で背負う必要はないのだ。自然と肩の力が抜けた。


「ランスディール。今は一人でも多くの戦力が必要だ」


 エーデルロワーナのもっともな意見に、ランスディールは自分の考えを引っ込めた。


「ラミィ、危なくなったら自分を優先して。約束してくれ」


 ラミィがランスディールを大事に思うように、ランスディールにとってもラミィは大事な家族だ。


『わかった! でもラミィは大丈夫!』


 ラミィは胸を張って金色の角を光らせ、ランスディールに念話を送る。

 ランスディールは自分の足元にいる黒うさぎのちびに視線を移すと、ちびは不安そうな顔で瞳を潤ませていた。


「ちび」

『ランス危ない!』


 黒うさぎのちびは住処を荒らされた光景を思い出す。無力で逃げることしかできなかった。一番頼りだった黒うさぎの王は母なる神のもとへ行ってしまった。

 これ以上誰かを失いたくはない。

 黒うさぎのちびは漆黒の角を光らせ、行かせまいと、片膝をついたランスディールにぎゅっと抱き着いた。


「確かに危ない。でも、みんなであの魔獣を倒さないとどんどん被害は大きくなっていく。それはわかる?」


 ランスディールはちびを離して、自分の手を黒うさぎのちびの肩に置いた。


『うん』


 黒うさぎのちびは漆黒の角を光らせる。


「誰かがやらないと平和だった生活は戻らない。大丈夫。私やカーリーだけじゃない。たくさんの人が戦っている」


 ランスディールは上着から懐中時計を出して、黒うさぎのちびの手の上に乗せて握らせた。


「必ず帰ってくる。約束するよ。迎えに行くから」


 ランスディールの目に朝日に照られた夜空を連想させる青い瞳が映る。


「ちび。君の住処だった里を荒らしたあの巨大な狼型の魔獣が、この街に来る可能性が高い。ランスディールの言う通り、誰かが倒さなければならない。白うさぎの里の皆と役所で避難してくれ」


 ランスディールの隣に片膝をついたエーデルロワーナは、黒うさぎのちびを真剣なまなざしで見る。


『うん。わかった』


 大人二人から説得を受けた黒うさぎのちびは、心配ながらもランスディールの言葉を信じてゆっくりとなずいた。

 突如、巨大な狼型の魔獣の声が轟き、地響きが起きた。

 ランスディールたちの視線が一斉に森の中へ向けられる。


『!』

「!」

「ランスディール頼んだぞ!」


 私はもう行く、とエーデルロワーナは立ち上がって冒険者たちの所へ向かった。


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