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43話 犯人捜し

「ずいぶん気安い関係なんだね。私はてっきり役人同士の会話になると想像してたよ」


 エーデルロワーナがネネクの宿を出た後、カーリージェリーはエーデルロワーナの茶器を片づけ、椅子に座って背もたれに身体をあずけている。


「ああ。……私は、両親のおかげで恵まれているんだ。エーデルロワーナ師団長とは、個人的な手紙のやりとりをしても違和感がない関係で」


(……近衛騎士団の入団も普通の人よりも早く所属できた)


 ランスディールは冷めてしまった紅茶に手を伸ばす。

 振り返ると、本当に恵まれている環境にいるなとランスディールはあらためて感じた。

 しかしわかっていても、それに比例して幸福感を心から感じているかと聞かれると、どうだろうかと思ってしまう。

 欲しいものは買ってくれる。何不自由なく育ててくれた。

 けれど、嫡男として生まれたがゆえに、周囲から期待しているぞという目に応えなくては、という重圧はいつもあって辛く感じた日々は多い。

 それから解放されたい気持ちがあって騎士団を退団した。


(これが片ついたら見つかるのだろうか)


 一年後には一度、家に帰らなければならない。

 果たしてやりたいことは見つけられるのだろうか、自分は旅になにを求めているのだろうか。

 そう思う心に、今はやらなければならないことがあるだろう、と蓋をするように冷めた紅茶を一気に飲み干す。


「縄はいくつか用意して持っていくか」


 カーリージェリーは捕まえることを前提に話す。


「そうだね。魔法道具屋にも行って使えそうなものもあれば買って持っていこう」

「ちびたちは連れて行くのかい?」


 ランスディールとカーリージェリーが話をしている横で、黒うさぎのちびはランスディールからもらった、果物の干物ドライフルーツを味わいながら食べている。

 生の果物を主食にしていたので、意図的に乾燥して水分を抜き、味を凝縮した果物の干物は黒うさぎのちびにとって驚きだった。

 表面がぱさぱさしないように工夫がされていているので、単純に干からびた果物とは違い食感がいい。

 幸せそうな顔でかじってはもぐもぐ食べる、を繰り返している。

 静かにしていたラミィもランスディールに催促して、ちびと同じものを食べている。

 自分の名前が会話に出て、ちびもラミィもランスディールを見た。


『ラミィも一緒に行く』

「そうしたらちびが一人になってしまうだろう」


ランスディールは黒うさぎのちびもラミィも宿で留守番させるつもりでいた。


『ちびも連れていく。耳はランスよりもいい』

「それはそうかもしれないけど」


 ランスディールはラミィからちびに視線を移す。

 ちびは何も言わず、じっとランスディールを見上げている。


『もしかしたら犯人、ちびが見た人間かもしれない』

「ああ」


 ラミィに少し前の話を持ちだされ、ランスディールは白うさぎの里で女王ヴィヴィに言われたことを思い出した。


「わかった。連れて行く。けど、ちゃんと言うことは聞くんだよ」


 活動時間は夜だ。

 外套で全身を隠せば、よほど視力が良くない限りは獣人であることはばれないだろう。

 黒うさぎのちびはラミィよりも大人しい。今のところは素直に聞いているし、女王ヴィヴィの言った可能性も否定はできない。

 ランスディールは獣人の長所に期待して連れて行くことを決めた。



 ◇◇◇◇◇◇



 年長者の助言は聞くものだ。

 これが伊達に年を取っていない、ということなのか。

 司祭に事情を説明して承諾をもらい、張り込みを始めてから二日目。

 満月の夜の遅い時間。

 エーデルロワーナの助言は見事に当たった。

 姿がばれないように外套を着ているランスディールたちは、教会の裏庭で外套を着た女と男たちの密会を目撃した。

 ランスディールたちの方角からは、女の姿は背中しか見えないが、声からして若い。

 ランスディールたちは壁に貼りつくように立って聞き耳をたてる。


「え⁉ 今から取りに行くんですか⁉」

「そうだよ! 探してきな! ばれるでしょうが!」


 聞こえてきたのは、女が怒り心頭で相手を責める声。

 

「突然、巨大な狼型の魔獣が現れたんです!」

「今行ったら死にます!」


 その声に相手――男たちは無理ですと言っている。

 女の低い声が深夜に響く。


「何言っているの? それが目的なんでしょうが。説明したでしょう。男のくせに肝が小さいね。成功したら十年は遊んで暮らせる金を渡すっていっているだろう。手付金として一年分は渡したんだ。その分は働きな」


 うう、という男たちの後悔したような声が聞こえた。


「あの、取ってくればもう終わりでいいんですよね? 魔獣の襲撃だって二回成功しましたし……」


 女の顔色を伺うような男の声が聞こえた。


「まだだよ。とりあえずはあれを取ってきな」


 女はいらいらしているようで口調はとげとげしい。





 耳を澄ませて聞いていたカーリージェリーが、声を出さずに黒だねと口を動かす。

 ランスディールも頷いて同意する。


(前半の会話の内容は見に行ったあの崖のことで間違いない。取りに行く、というのはきっと女王ヴィヴィから預かった鞄のことだろう。魔獣の襲撃もこの間のことだろうな。あとは聞き込みで出てきた女の人が、あそこにいる女性なのかどうかがわかれば)


 声と後ろ姿だけでは判断材料としては不足だ。

 ここから顔立ちが見られたら、とランスディールは歯がゆい思いをする。

 突然、黒うさぎのちびがランスディールの服を引っ張った。


「ん? どうしたの?」

『あの、男の人たちの声、崖でルルテとあったときに聞いた。逃げているときも聞いた』


 ランスディールが小声で聞くと、黒うさぎのちびはこそこそ言うように念話を返す。


「! ……逃げてるときって?」

『まど? からでて、ランスが一生懸命走ってたとき』


(市壁にいた、あの三人組!)


 ランスディールとカーリージェリーは目を合わせて頷き、人数を確認する。


「四人だね。縄は三つしかない」


 カーリージェリーはベルトに下げた縄の数と距離を確認した。


「できれば全員捕まえたい」

「あと二人誰が捕まえる?」


 カーリージェリーは自分とランスディールが動き、ラミィと黒うさぎのちびは待つ側として聞いた。

 ランスディールはラミィを見る。


(ラミィならいけると思う。けど、そうしたら誰がちびを守るか……)


 真横にある立木にランスディールの目がとまる。


「ラミィとカーリーはあの男たちを捕まえて。指示役だろう女は私が引き受ける。ちび、あそこにいる人たちは今回の犯人かもしれない。ちびの里のことも含めて、捕まえて話を聞きたいんだ。あそこの木の裏に隠れて」


 ランスディールは矢継ぎ早に作戦を伝える。魔法道具屋で購入した道具をラミィとカーリージェリーに渡す。


「なくていいのかい?」

「そっちのほうが一人多くて不利でしょ」

「わかった。任せな!」

『任せて!』


 ラミィはランスディールに念話を送り、拳をつくって胸をぽんと軽く叩く。


『うん。わかった』


 黒うさぎのちびは不安そうな顔をしたが、はい以外の返事はできない空気だった。ランスディールの言うことはちゃんと聞くという約束もある。ランスディールに念話を送り、小さい足で急いで駆けて木の裏にしゃがんで隠れた。

 ランスディールたちは黒うさぎのちびが隠れるのを見届け、一斉に駆けだした。


「え⁉」

「!」


 ランスディールたちが駆けだすと、密会していた男たちは驚き、女はち、と舌打ちをした。


「ぼけっとしてるな! 逃げるんだよ!」

「逃がさないよ!」


 カーリージェリーが叫んで剣を抜き、男たちの方へまわる。

 ランスディールは外套を着た女と対峙する。

 確認したい顔はフードで隠していて、情報で得た顔立ちかどうかはここからでは判断できなかった。

 格好は街でよく見かける冒険者。革鎧を身につけて剣を一本、剣帯にさしている。太股にはベルトがまかれナイフを差し込んでいる。


「こちらの話を聞いていただきたいのですが」

「どこかに連れ行ってくれるならいいわよ」

「お望みなら高いお酒が揃っているお店でもいいですよ。ただし、兵士たちの取り調べで狼型の魔獣の襲撃事件とは無関係だと判断されたらですが」


 二回も街に魔獣が襲撃してきた件については、ランスディールだけではなく兵士たちも人為的だろうと考えている。役人が動いていることくらいは知っているはずだ。

 女は途端に苦い顔をした。


「私と向こうにいる彼女は何者かの思惑により、濡れ衣を着せられていて非常に困っているんです」

「へえ。それは大変ね」


 ご愁傷さまという顔で女は言った。

 友人でも、知り合いでもない。まったく関係ない人が巻き込まれているのに、反省の色も謝罪の言葉もない。

 ランスディールが動く機会を探っていると、魔法道具の音が聞こえて男たちから情けない悲鳴があがった。

 一人はお腹を蹴られたのかうえ、という声が聞こえた。

 直後に地面にどさりと倒れる音も聞こえた。

 倒れる音を聞いた女は一瞬、男たちの方へ視線を移し、苦い顔をして露骨な舌打ちをした。

 ランスディールはその瞬間を逃さず、剣を抜いて走った。

 女は距離を詰められたくなくて、太股のベルトに差し込んでいる投げナイフをランスディールに向かって投げた。

 ランスディールは投げナイフを剣で叩き落し、距離をつめる。

 女は苦い顔のまま剣を抜いて、ランスディールと剣を交える。金属音が弾ける音が教会の庭に響いた。

 剣戟によって外套が激しく揺れて、フードがふわりと浮いた。そこから垣間見えたのは金髪と若人の顔。

 雲がきれている夜とはいえ、暗いことには変わらない。それでも詰めた距離によって聞き込みで出てきた若い女の特徴と一致した。


「ディーザ」

「!」


 ランスディールが名を呼ぶと、金髪の女は微かに反応を示した。

 この人か、とランスディールは思いながら、金髪の女の片手剣を跳ねあげようと強撃を繰り出す。


「っつ!」


 女の片手剣が手から離れて地面に落ちる。

 ランスディールを睨みつけながら後退すると同時に手を背中に回し、腰に巻いている鞄から今度は魔道具を取り出してランスディールに投げる。


「!」


 外套によって隠れていた小道具。

 半円を描くように飛んできた球体の魔法道具から水が出てきた。

 ランスディールは剣を投げて地面に突き刺し、空いている手で瞬時に外套を脱いで盾替わりにした。

 女を確実に捕まえようとして距離を詰めていたのが逆に逆手にとられる形になった。

 濡れた外套は空気に触れた瞬間、数秒で氷に変わった。

 もし下半身に浴びていたら、片足が地面にくっつき、ランスディールは身動きがとれなくなるとこだった。


 金髪の女はランスディールを人質にとって仲間を取り戻すためではなく、自分が逃げる時間稼ぎの為に投げたようだ。

 捕まった男たちは、カーリージェリーによって手足を縄で縛られている。上半身が粉まみれで、けほけほとせき込んでいる。

 カーリージェリーは風を利用して粉を広範囲に撒く魔法道具を使い、視界を奪ってから捕まえた。

 ラミィとカーリージェリーの服にも粉がついている。


 金髪の女はそんな彼らに一瞥もせずに見捨てて身を方向転換し、鉄柵の扉に向かって走って行く。

 ランスディールは地面に刺した剣を抜き走りながら金髪の女を追いかける。


「逃がすか!」


 ランスディールは金髪の女が鉄柵に手をかける前に、目測で太股へ剣を振り下ろす。


「がぁっ!」 


 体制が崩れて金髪の女の顔が教会の塀に激突する。

 鼻から血が垂れ、金髪の女は意識を失い地面に倒れた。

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