42話 星くずのペンダント
ランスディールが聞き込みした日から数日後、精霊術師の長いローブを外套で隠し、鞄を手にした女性の麗人が訪ねてきた。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです。エーデルロワーナ師団長」
エルフ族の象徴でもある細長い耳と腰まである長い髪。
勇者アヴァベルルークスとともにドラゴンを倒した勇者の一人だ。
人の国を旅するために男装をして言葉遣いも男性よりにしていた。正確には今でもその癖が抜けておらず、服装も男性用を着ていて言葉遣いもなおしていない。
「この子がちびか?」
「はい」
ランスディールは頷いて黒うさぎのちびを前に出す。
「初めまして。私はエーデルロワーナだ。リアンド国で暮らしている獣人たちの管理や保護、相談相手をしている組織の責任者だ」
エーデルロワーナは微笑んで膝をつき、目線を黒うさぎのちびに合わせて挨拶をした。
『こ、こんにちは』
黒うさぎのちびは漆黒の角を光らせて念話を送る。ちびにとって生まれて初めてのエルフ族との対話。緊張してしまい、言葉がつっかえてしまった。
「大変だったね」
エーデルロワーナがここまでよく頑張ったねと黒うさぎのちびを労う。
黒うさぎのちびは一人で逃げていた辛くて寂しかった日々を思い出してしまい、瞳が潤んだ。
「ランスディールから報告を聞いているのだが、ちびからも話を聞きたい。辛いなら無理に言わなくていい。大丈夫な範囲でいいんだが……」
エーデルロワーナのお願いに黒うさぎのちびはうんと頷いた。
ランスディールの隣に黒うさぎのちび、その隣にラミィが座る。
対面するようにエーデルロワーナが長椅子に座った。
カーリージェリーはランスディールに頼まれて、紅茶の用意をしに部屋を出た。
黒うさぎのちびは、黒うさぎの里で穴蔵から抜け出したところから話はじめた。
『――ぼく、ルルテみたいに強くないし、なにもできないから、隠れることしかできなくて……』
黒うさぎのちびは潤んだ瞳で、つっかえながらも正確に話した。
そびえ立つ崖でルルテと別れた後、辛くて寂しさを一番感じていた日々の話をしていた途中でぽろぽろと泣き出した。
ランスディールは服の内側から布巾を出して、黒うさぎのちびの目元をふく。
黒うさぎのちびは涙が止まらなくて、ランスディールに抱きついた。
ランスディールは黒うさぎのちびの頭を優しくなでる。
(辛くて悲しいに決まっている。私がちびの年齢で突然家を失って路頭に迷ったら、ちびのようにできるだろうか?)
ランスディールは想像してみたが、首をふった。
今、自分は成人している。成人しているからあれこれと正しい判断や行動ができる。
黒うさぎのちびの年齢で考えるなら、子供のころの当時の知識や体力で考えなければ、欲しい答えは見つからない。
(ちびに近いのは双子だ。あの二人は……無理だな。泣きながら母上や父上の名前をいうのできっと精一杯だ。どちらかが泣き止んで、手を引っ張ってあれこれと言い始めれば動くと思うけれど……。一人だったちびはすごいな)
ランスディールは撫でている黒うさぎのちびの頭を見つめる。
保護者になってくれる人が見つかったら、そばから離れたくないのも頷ける。辛くて寂しい日々が昨日のことのように蘇るのだろう。
「……大変だったな」
エーデルロワーナは憐憫の眼差しで黒うさぎのちびを見つめる。
「あの、黒うさぎの里と我が国はどういう関係でしょうか。白うさぎの里と同じですか?」
ランスディールは黒うさぎのちびの頭をなでながら、手紙に知りたいと書いた質問を口にする。
「……一応調べてきたが、それらしい記述は見当たらなかった」
エーデルロワーナはカーリージェリーが用意してくれた紅茶を一口飲んでから答えた。
カーリージェリーは紅茶を出した後、座る席がないのでランスディールの後ろの壁に寄りかかって聞いている。
「過去の精霊術師で黒うさぎと契約した人はいましたか?」
「いたようだが、家系が絶えてしまっていて聞ける人がいない。記録帳も昔は結構ずさんな管理をしていたようで参考なる記録帳が少ない」
エーデルロワーナは疲れた表情を見せた。
責任者なので組織全体を把握している。いろいろ思うところがあるのだろう。
「そうですか……」
ランスディールは肩を落とすように視線を膝まで下げる。
[しかし、黒うさぎの王を失ったのは痛手だ。里の歴史を一番知っているのは王だから」
「全員に共有されるわけではないのですか?」
「私は聞いたことがないな」
ランスディールはラミィを見た。
獣人の里は人間のような国家制度はない。
人の国みたいに逐一過去の出来事を記録したりしない。なぜなら他の里と交易などの交流はあまりなく、里を中心に自給自足のような生活ができる場所を住処にするからだ。
『む! ラミィも少しは知ってる!』
静かに話を聞いていたラミィは、ランスディールの視線の意味を感じ取って金色の角を光らせた。
ランスディールは本当にと疑いの眼差しを向ける。
「とにかく、できる限りのことはする」
「ありがとうございます。あの、契約は」
「今後のことを考えると登録したほうがいいと思う。だが、知っている通り登録したら軍の籍にはいる。それがな……」
男性事務職員と同じで、エーデルロワーナも幼獣を軍人扱いすることに抵抗を感じているようだ。
「前例がないことは、一度会議にあげることになっている。もしかしたら意見が別れて難航するかもしれない」
「え? では、決まるまではどうしたら?」
「今の法なら保護を理由にして、滞在を許可するという所までなら可能だ。というか、王都を出る前にその状態にしてきた」
「ありがとうございます」
ランスディールは速やかな対応に心から感謝した。
「ただ、保護対象は誘拐された獣人の保護とか、契約主に問題があって我々が獣人を保護した者たちだ。女王ヴィヴィと正式な契約をしているから、ちびはそういった対象からは少し外れる」
緊急対応であることを忘れないでくれ、とエーデルロワーナは告げる。
「わかりました。あの、黒うさぎのちびの同胞についてなにかご存知でしょうか?」
『!』
ランスディールの質問に、黒うさぎのちびの漆黒の耳がぴくりと動いた。
「……申し訳ない。里が魔獣に襲撃されたとしか。今は確認中だ」
エーデルロワーナは申し訳なさそうに、黒うさぎのちびを見ていった。
エーデルロワーナの返事に黒うさぎのちびは目を伏せて漆黒の耳をしゅんと垂らした。
「そうだ。手紙には聞き込みをしてみると書いてあったが、したのか?」
「はい。まだ冒険者は十数人で、街の住民は三十人くらいなのですが」
飲食店の看板娘と花屋の看板娘に聞き込みをした日以降。
昼間は四人で冒険者や街の人々に。夜はカーリージェリーが一人で酒場に行って聞き込みをした。
冒険者からは非難するような視線が多く、声をかけても無視されたり、露骨に避けられたりして聞き込みが進まなかった。
「共通しているのは、二十代の金髪の女性で冒険者の格好をしたディーザと呼ばれている人です。ねえ、知っていると声をかけられて話が始まることも共通してします。後、広大な森の反対側にあるもう一つの検問の兵士に捜査はしているのかと尋ねたら、聞き込みはしているようです」
ランスディールはエーデルロワーナに結果を伝えた。
「そうか」
「ですが、冒険者登録にその人の名前はありませんでした」
「まあ、裏でなにかをしている者は、そういう明るみに出るような所に自分の名前を残すようなことはしないだろう」
「そうですね」
そしてこれ以上の情報は得られず、ランスディールは行き詰ってしまったことを伝える。
「怪しい奴ほど人気のない時間や場所で動いたりする。教会の裏庭は?」
「え? 教会ですか?」
「あそこは、夜は人気がないし、教会の管理者は就寝している時間だ。塀を乗り越えられれば、こっそりと誰かと会うにはちょうどいい。教会はどこの街に行っても建物のつくりは大体同じだ。待ち合わせの場所が初めての街だったとしてもわかりやすいからよく選ばれるぞ」
ランスディールはなるほど、と感心した。
「明日から行ってみるか」
後ろから聞こえたカーリージェリーの声はやる気に満ちていた。
「事前に司祭には話をしておいたほうがいい。真っ先に疑われてしまうからな」
◇◇◇◇◇◇
話は変わり、ランスディールはラミィの故郷を心配していることを伝えた。
「あの、白うさぎの里は大丈夫でしょうか。里を出る前に聞いたのですが」
「あそこはヴィヴィと私たちでつくった里だからな。離れたくないのだろう」
「私たち?」
「もともと白うさぎの里は別の場所だった。ヴィヴィが女王になるのを機に、今の場所に移したのだ」
ヴィヴィが寝床にしている穴蔵はアークスが最初につくった穴蔵だという。
「一番思い入れがあるのはヴィヴィだろうな」
「そうだったのですね」
「私も心配だからこの後様子を見にいくつもりだ」
それでと、エーデルロワーナは鞄から銀製で作られた丸型のペンダントを出して、黒うさぎのちびに渡した。
「ここに来たのは直接話を聞くためでもあるが、それを渡したかった。老婆心ながら、それを君に譲る。星くずのペンダントと私は言っている」
星くずのペンダントには六ヶ所に丸く磨かれた半透明の結晶石がはめ込まれて、古の文字が刻まれている。よく見ると、結晶石の中にきらきらと光る微粒が入っている。
「星くずを閉じ込めているようで綺麗だろう?」
『うん!』
黒うさぎのちびは頷いて、きらきらした微粒をじっと見る。
「これは魔力を溜める、増幅させる、どちらにも使える魔法道具だ。人の国で暮らそうが、白うさぎの里で暮らそうがあっても困る物じゃない。溜める、で使うときは、一時的にその結晶石に自分の魔力を溜めて、六つたまったら放出する。増幅させる、は呪文を唱える。そうするとそこの刻まれている古の文字が光って――」
エーデルロワーナが一通り説明してわかったと聞くと、黒うさぎのちびは頷いた。
「ありがとうございます」
「気にしなくていい。私はもう使っていないから。ちびのようにまだ魔力の伸びしろがある者のために作られたペンダントだ。ちょうどいいと思ってな」
ランスディールがお礼を言うと、エーデルロワーナは笑ってたいした代物ではないと言った。




