40話 飲食店の看板娘
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「あの。ちょっとお時間いいですか?」
ランスディールは店内の扉を開けて掃除している看板娘に声をかけた。
「え? あ、はい! 大丈夫ですよ!」
看板娘はランスディールの顔を見るなり、やだ格好いいと言いながら急いで前髪やらスカート部分を整える。
箒をカウンター席に立てかけて、笑顔で駆け寄ってきた。
「忙しいのにすみません」
「大丈夫です! 私いつでも時間空いています!」
看板娘は頬を赤らめ、期待に胸を躍らせて元気に言った。
「えっと……実は濡れ衣を着せさせられて困っていまして」
ランスディールは事情を説明した。
「そうなんですか。それは大変すね」
看板娘はお食事のお誘いじゃないとわかるなり残念そうな顔を見せたが、話を聞いてランスディールに同情した。
「ここ数カ月の間で『獣人が住む森』もしくは怪しいお香を持っている人を見かけませんでしたか?」
ランスディールがジェイドラル・ギルの名前をだすと、看板娘はあの人ですかと嫌そうな顔をした。
「食事のお誘い、しつこいんですよね」
私、何度も断っているんですよと上目遣いでランスディールの反応を見た。
ランスディールは、それは大変ですねと同情しつつ、脱線しないように話を戻した。
「んー……そうですね。あ、先々月だったかな? 二組の冒険者さんが一つのテーブル席に座って――」
『ねえ、知っている? このお香を使うと、簡単に魔獣をおびき寄せることができるの』
『本当なのか?』
『本当よ。このお香の中には動物の肉を乾燥させた粉末と興奮させる作用がある薬が入っているの。あと、遅効性のある痺れ薬。わざわざ、『獣人が住む森』に入るために役所へ行って、手続きしなくてもいいの』
『へえ。うわ、臭せえ!』
「っていう会話をしていました」
「その冒険者の特徴とか名前ってわかりますか?」
「話を持ちかけていたのは革鎧を着た金髪の女性で若い人です。話を聞いていたのは男性の冒険者さんでした。三人だったかな? 男性は女性のことをエディーザって呼んでいまいた」
「男性のほうはどんな方でしたか? 名前覚えていたら教えてほしいです」
ランスディールは看板娘を見つめる。
看板娘はぽっと頬を染め、ランスディールを見つめ返す。
看板娘があの、と言い出すとランスディールは微笑みから一転、表情を変えた。
「できるだけ具体的に教えてください。大事な仲間に迷惑をかけたくないんです」
ランスディールの白金髪の長いまつ毛が伏せ、青灰色の瞳が揺れる。お願いしますと言うと、看板娘はそんな表情も素敵、と呟いて懸命に思い出してくれた。
「えっと……剣士さんでした。あとは弓使いさんです」
看板娘は髪色も教えてくれた。
「そのエディーザという女性の冒険者の職種ってわかりますか?」
「剣士だと思います。帯剣していたので」
ランスディールがそれぞれの年齢を聞くと、女性は二十代。男たちも二十代らしい。他にも顔立ちなど細かいところを聞き、お礼を言って硬貨を数枚渡した。
「あの!」
看板娘は立ち去ろうとするランスディールを呼び止めた。
看板娘はこれっきりの縁にはしたくはなかった。
向こうから声をかけてきたのだ。これは母なる神が自分にもたらしてくれた最良の縁だと思っていた。
そう信じたい。
「なんでしょう」
「えっと、お時間が空いているときでいいので、ごはんでも……。ん⁉」
看板娘はランスディールの足にしがみついている子供に気がついた。
鼻先まで隠れるフードのせいで顔はよくわからないが、服装から男児だとわかった。
物語に出てくるような『白馬の王子』さまの顔立ちをしたランスディールの顔に心を奪われていて、足元に視界が入らなかった。
「ああ。新しい靴を買ったばかりで、まだ歩きなれていないみたいで」
ランスディールは看板娘が黒うさぎのちびに気がついていないことを知っていた。
だからといって、わざわざ紹介する必要もないのでそのまま帰ろうと思っていた。
「…………そうですか」
看板娘は遠い目をして、なんでもないですと言った。
まさかの子持ち。
看板娘の最良の縁は砕け散った。




