39話 靴屋
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「確認しましたが、手続きした方はいませんでした」
通常業務に昨日の狼型の魔獣の襲撃事件がかさなり、役所の職員たちはまだ忙しそうに事務処理をしている。
ランスディールの問い合わせに対応した、窓口にたっている女性職員も、窓口業務をしながら別の書類の束を抱えていた。
「そうですか。お忙しい中ありがとうございました」
ランスディールはお礼を言って役所を後にする。
離れるのが嫌だとしがみつく黒うさぎのちびを抱えて、敷地内の木陰で待っているカーリージェリーとラミィの所へ戻った。
「どうだった?」
「私の母が手続きした日から調べてもらったんだけれど、いないと言われた」
ランスディールが『獣人が住む森』へ行くため手続きをしたのは母親で約一月前。
ランスディールがここで手続きをしたのはカーリージェリーの分だけだ。
『獣人が住む森』の許可のとりかたは、契約主、契約している獣人の名前、行って帰ってくる日数と里に滞在する日数などを記入する。
「……冒険者だろうね」
カーリージェリーがつぶやく。
黒うさぎのちびのいう『悪い冒険者』だ。
「かもしれないね」
「聞き込みでもするかい? 案外、酒場や飲食店の看板娘の情報は侮れないよ」
「へえ。そうなんだ」
酒場はわかるが、看板娘は意外だった。
「あ、でも先に靴屋に行きたい」
狼型の魔獣の襲撃の翌日ではあるが、被害は城門塔中心。幸いにも街の中心は被害にあっていないのでお店は通常通り開いている。
「ああ。そうだったね。なんか、もう景色の一枚みたいに馴染んでいるからさ」
黒うさぎのちびが、と言外に。
「…………」
また茶化されたランスディールは無言になった。
◇◇◇◇◇◇
「あたしは外で待っているよ」
カーリージェリーはそう言って店の扉の近くに立つ。
ランスディールは聞き込みの前に黒うさぎのちびに靴を履かせるため靴屋に来た。
鼻先まで覆う外套姿のラミィと黒うさぎのちび。
黒うさぎのちびは裸足なのでランスディールが抱えて店に入る。
「いらっしゃいませ」
扉についている鐘が鳴って、若い女性店員が出迎える。
「あの、この子に合う靴を探しているのですが」
フードで顔半分を隠したまま、ランスディールは黒うさぎのちびを見る。
店員はランスディールに年齢を聞く。
「えっと……六、七歳……かな?」
ランスディールはあははと苦笑いして答えた。
困ったことに黒うさぎのちび自身、正確な年齢を知らないのだ。
ラミィが以前カーリージェリーに言ったように、獣人は年齢を数えたりしない。
役所を出る前に精霊術師団に在籍している事務職員に確認したら、獣人専用の店はないと言われた。
王都には獣人専用の店がある。国の中心でもあり、獣人と契約している精霊術師は王宮内にある精霊術師の部署に勤めるからだ。
よって今訪れているのは人間の子供の靴を扱う店。
深くフードをかぶったままの子供が二人。そのうち一人は頭の形がおかしく、一部が尖塔のように尖った形になっている。
唯一の大人は男で冒険者の格好。
はっきりしない言い方。
女性店員が疑わしい顔つきになる。
「あの、冒険者のかたですか?」
「ええ。はい。あの、この格好は昨日の事件が起きたので念のため来ているだけで……」
ランスディールは女性店員の疑わしい目に困惑しながらも、きちんと説明した。
狼型の魔獣の襲撃事件は、この街にいる人なら誰でも知っている事実だ。
そして、もし鐘楼から警鐘が鳴ったら速やかに広大な森があるほうの城門塔へ行き、適宜対応する。
冒険者だけではなく住民も知っていることだ。
(もしかして『悪い冒険者』って思われている⁉)
ランスディールは焦った。
黒うさぎのちびを店員に見せられないのは、まだ契約の手続きが終わっていないからだ。
国での契約が認められていないということは、誘拐犯として見られる可能性が高い。
なら王都に行けばいいのだが、街から出るには契約の登録が必要で、証明証を検問の兵士に提示する必要があるのだ。
「実は、この子は彼女の形見なんです……」
ランスディールは、貴婦人すらも認める整った顔立ちに切なさと悲しげな表情を混ぜて目を伏せた。
王都に住む街娘から『白馬の騎士さま』と言われる、白金色の髪がさらりと揺れ、青灰色の瞳に影が差した。
未婚のままちびが生まれた、とランスディールは架空話を話し始めた。
「!」
眉目美麗な男の儚げな雰囲気と衝撃的な話に女性従業員はのまれ、開いた口を手で隠した。
「あれは五、六年前……。私たちは夏祭りの夜に出会いました。共通の知人から紹介され、私と彼女はその日すぐに意気投合しました。逢瀬を重ねるうちにお互いに惹かれあい、気がつけば愛が芽生えていました。しかしこの時に、彼女との間に身分差があることを知ったのです。両親からの強い反対で結局、私たちは別れました。その後私が、彼女が子供を産んでいていたのを知ったのは別れてから数年後。共通の知人が教えてくれたのです」
そして、私は責任をとるためにこの子を引きとったんです。
ランスディールが話し終えると、女性店員は涙を浮かべていた。
「そうだったのですね……。そうですよね。人生色々ありますよね」
自身にそういう経験があるのか。感情移入しやすい性格なのか。女性店員は布巾を取り出して目に溜まったものを拭きながら頷いた。
「すみません。一緒に暮らし始めたのは最近でして……」
「いいえ。いいんです!」
女性店員はじゃあ足の裏を測らせてください、探しますから、と意気込んで測り道具を取り出した。
◇◇◇◇◇◇
「ありがとうございました! 頑張ってくださいね!」
「はい。ありがとうございます」
女性店員の親切と熱い応援にランスディールはつくり笑いで応え、店を出た。
(とりあえず目的の靴は購入できたのでよかったけれど。……あの話、出回ったりしないよね?)
ランスディールは心の底から出回らないことを祈った。
母親の耳に入ったら大騒ぎだ。根っこ首捕まえられて家に帰る羽目になる。
「買えたかい?」
外で待っていたカーリージェリーがどうだったと聞くと、ランスディールは買えたと答える。
「あの話したか?」
「したよ。やっぱり怪しい目で見られた。冒険者っていうだけでこんなに疑われるんだね」
「『悪い冒険者』もこの街にはいるからな」
いい人ぶる『悪い冒険者』もいると、カーリージェリーは教える。
昨夜。
ランスディールはカーリージェリーと、どういう話なら上手くいくかという話をした。
近所の子供が靴を失くした。親戚の子供が、とあれこれ思いついては意見を言い合ったがまとまらず。
結局ランスディールが女性店員に話をした、偽の身の上話でいこうということになった。
もともとライナスという偽名を名乗っているからということもあって。
(ああ。早く契約の登録をすませたい……)
独身なのにこれ以上、既婚者風がにじみ出るような身にはなりたくないと思うランスディールだった。




