38話 まだ独身なのに
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陽は沈んで街中は薄暗い。
店先には吊下灯がぶら下がり、淡い光が道を照らしていた。
ランスディールは裸足の黒うさぎのちびを抱き、ネネクの宿へ戻った。
今夜から黒うさぎのちびが加わることと、狼型の魔獣の襲撃事件が収拾したばかりのことも含め、カーリージェリーにはしばらく同じ宿で寝起きしてもらい、つきっきりでラミィと黒うさぎのちびの護衛をしてもらう。
ネネクに断りを入れるため受付の窓口へ行くと、黒うさぎのちびがネネクを見て震えだした。
ランスディールにしがみついて、ぎゅっと目を閉じる。
「おや、本能が働いてしまいましたかね?」
「え?」
「いえいえ。こちらの話です」
ネネクは口から股舌をしゅると出して笑った。
「三人部屋に移りたいのですが空いている部屋ありますか?」
「寝台は三台でよろしいですか?」
「この幼獣は私と一緒に寝るので。ラミィと彼女の分……」
ランスディールが希望部屋を言うと、カーリージェリーが待ったをかけた。
「あたしは床でも平気だよ。布団一式だけでいい」
カーリージェリーは、自分は一時的に泊まるだけだから寝台はいらないと言ってきた。
ランスディールはそういうわけにはいかないと言ったが、カーリージェリーは首を横にふって譲らない。
「二人部屋で長椅子つきの広めのお部屋がございます。それでいかがでしょうか」
仮眠をとるときに長椅子を利用する人もいるという。
ネネクは折衷案としてランスディールに話を振ると、それで話がまとまった。
◇◇◇◇◇◇
「うわ、広いね」
『!』
夜食の紙袋を抱えたカーリージェリーは思わず言い、黒うさぎのちびは初めて見る人の国の部屋に驚いた。
ネネクが用意した部屋は貴人が使うような品があって落ち着いた雰囲気の部屋だ。
光沢のある垂幕が下がっている寝台にはふかふかの羽毛布団と羽毛の枕の寝台が二台。部屋の入り口から寝台が丸見えにならないように、寝台と長椅子の間に装飾のある衝立が置かれている。
硝子窓についているカーテンには、寝台と同じ布を使い統一感を出している。
石畳の床にはお客が底冷えしないようにと床全体に厚みのある絨毯が敷かれていて、暖炉もある。
家具は装飾が施された吊下灯、大きいクローゼット、鏡面台、長椅子が二脚にテールが一つ。
寝台の近くに木製の扉が一つあり、あけるとそこは浴室。
部屋の品質に感嘆や驚きを表しているカーリージェリーと黒うさぎのちびに対して、ランスディールと ラミィは普段と変わらない表情で、持ってきた荷物をおろした。
「カーリー。本当に長椅子でいいの?」
ランスディールは空気の入れ替えのため硝子窓を開きながら聞いた。
「ああ。ここまで部屋が広くて絨毯も厚みがあるから床でもいいさ。暖炉もあるから寒さも灯りも問題ない」
寝台がないことをまだ気にしているランスディールに対して、想像以上の部屋だったカーリージェリーは機嫌がいい。
もう部屋を替えてしまったのでこれ以上気にしても仕方がない、とランスディールは気持ちを切り替えた。
ランスディールとラミィは荷物をほどいて着替えをクローゼットにしまい、身支度に使うものは鏡面台に置いた。
「ちび、麻袋には食べ物だけなんだよね? 荷物はそっちに置く? それとも寝台のほうに置く?」
『……どっちがいいの?』
黒うさぎのちびはどうしたらいいのかわからず、困った顔で漆黒の角を光らせてランスディールを見上げる。
「出入口とカーリージェリーが寝るときに、邪魔にならない場所なら大丈夫だよ。そうだな、まだ暖炉は使わないから暖炉の近くにする?」
『うん』
黒うさぎのちびはランスディールの意見をそのまま受け入れて、暖炉の近くに麻袋を置いた。
『果物のったお菓子食べる!』
「ちょっとまちな」
テーブルに置かれた紙袋から鼻腔をくすぐられる菓子の匂いにそわそわしているラミィは、早く食べたいとカーリージェリーを催促する。
カーリージェリーは手際よく、夜食とラミィと黒うさぎのちびのために買った果物や焼き菓子をわけて並べる。
「ラミィ。手を洗った?」
ランスディールはお菓子に手が伸びているラミィに待ったをかける。
『……まだ』
ばれたかという顔をしているラミィは渋々手をひっこめた。
「洗いに行くよ」
ランスディールはラミィと黒うさぎのちびを連れて浴室に入る。
扉を開けると大きい壺と小さい桶がある。毎朝壺の中の水を交換してくれるので衛生的には問題はない。
ランスディールは小さい桶で水をすくって手を洗わせた。
「まるで母親みたいだね」
部屋に戻ってきたランスディールにカーリージェリーが、まだ独身なのに子育てばかり磨きがかかるね、と茶化す。
「せめて父親……――いや、まだいい」
ランスディールは望んで身についたわけじゃないよ、と言い返し、ため息をつきたくなる気分になった。
(精霊術師はよく言われるみたいだから、私も遠からずそうなるのかな?)
黒うさぎのちびの隣に座ったランスディールは、果物がのったタルトを美味しいそうにほおばっているラミィと黒うさぎちびを見た。
『?』
ランスディールの視線に気がついたラミィはなにと首をかしげる。
「美味しい?」
『美味しい! ランスも食べる!』
ラミィは自分が食べている同じタルトをランスディールに渡した。
獣人は感情がそのまま顔に出やすい。そういう生き物だからときに手を煩わせて腹正しく感じる時もあるけれど、可愛いや愛しさのほうが結局は勝る。
「ごはん食べたんだから、ほどほどにするんだよ」
『む! わかってる!』
ランスディールがタルトを受け取りながら母親のように言うと、カーリージェリーは口を閉じて笑いをこらえていた。
「いや、だからさ。一緒に暮らせば誰でもそうなるから!」
ここには誰も共感してくれる人はいない。ランスディールは家庭環境によるものだからと力強く説明した。
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