36話 濡れ衣
魔獣を倒した後、ランスディールとカーリージェリーは検問の若い兵士を天幕へ連れて行き後を託した。
他の冒険者たちも狼型の魔獣の討伐を終え、一息つく者、怪我の治療を手当てしてもらおうと医療班がいる天幕へ向かう者など様々。
崩壊した街の市壁には、動ける冒険者と門兵たちが交代しながら見張り番をしている。
瓦礫の撤去は交代制でいいとギルドは冒険者たちの治療を優先しつつ指示を出した。
ギルドは今回の魔獣の襲撃の経緯を詳細に記録して残す必要があると、見張り番以外で動ける冒険者たちを集合させた。
窓口にはギルド職員が総出で出勤しており、窓口に立つ職員は冒険者からの証言を聞きながら羽根ペンを走らせて羊用紙に書き残していく。
ギルドの施設内にある広間では手当が終わった冒険者や、軽傷ですんだ冒険者同士が何やら話し合っている姿が見られる。
ランスディールとカーリージェリーは検問の若い兵士を託した後、手当てを受けた。
それからギルドに戻り、職員から呼ばれるまでの間、広間の壁際に寄って呼ばれるのを待っていた。
「うまくいったからよかったものの。もうちょっと待てなかったのかい?」
カーリージェリーは心底心配したとランスディールに言う。
「ちらっと見た時に無理そうだと思って。カーリーみたいに経験があるわけではないから、ずるずる状況を引きずって分が悪くなるのは自分のほうだし」
「そうかもしれないけどね……。いや、やっぱり――」
カーリージェリーが言葉を続けようとしたとき、おいと声をかけられた。
立っていたのは酒場でカーリージェリーに絡んできた、顔が赤くて酒臭い若い冒険者だった。
「あなたは……」
「おれはジェイドラル・ギルだ」
ランスディールと年齢が変わらなそうな青年は腕に包帯がまかれている。額にもかすり傷があって痛々しい。
ここにいるということは狼型の魔獣との戦闘に参加したとうこと。何体の討伐に成功したかはわからないが、治療室で横になるほどの怪我にならなかったようだ。
「なんのようですか?」
「なんのって、とぼけるな! またやっただろう!」
ランスディールの質問にジェイドラル・ギルの怒鳴り声が広間に響く。
その声に反応した冒険者たちがカーリージェリーを見るなりざわついた。
周囲にいる冒険者たちは、おい見ろよあいつがいるぞ、喧嘩か、外でやれよとひそひそと小声を交わす。
「違うあたしじゃない。あたしだっていう証拠はあるのか?」
街が襲われたのは二度目。
こんな短期間で街が襲われるのは人為的としか考えられない、そう思っての発言なのだろう。
カーリージェリーは冷静に言いつつも、心の中では苦々しく思っていた。
ランスディールも証拠もなしに決めつけるのは早計だと思うし、なにより自分たち自身が答えを知っている。
「あんたたちが『精霊獣が住む森』に入るのを見たっていうやつがいる。手っ取り早く魔獣の住処を突っついたんだろう? 討伐ばかりやるじゃないか!」
「討伐をやるのは報酬額がいいからだよ。そういう考えはみんな同じだろう」
「そうだけどな、あんたみたいに単独で討伐、討伐、討伐なんかやらねえよ! あの一党があんたを誘ったのだって、どの一党にも入らずずっと単独でやっているからだ。お前もそうだろう!」
「え?」
ジェイドラル・ギルに指を突きつけられたランスディールは驚く。
「こいつと手を組んで、手っ取り早く稼いで、評価を上げようと変なお香を使ったんだろう!」
誰も言わないから俺が言っているといった態度で、ジェイドラル・ギルはさらに言葉を続ける。
「襲撃を受けて警鐘が鳴っているのに、あんたたちは城門塔にいなかった! ここで冒険者をやるときは、警鐘が鳴ったら城門塔に集まって街を守るのは約束事になっているんだぞ!」
冒険者登録をするとき読まされる契約書のなかに書かれていると言った。
「まず、私たちはやっていない。次に『精霊獣が住む森』に入った理由は言えない。けれどちゃんと手続きはしている。すぐに来られなかったのは申し訳なかったと思っている。これも理由があってのことだけれども、これもここでは言えない」
感情をあらわにするジェイドラル・ギルにランスディールは冷静に答えた。
噓かどうかは役所に行けばわかる、とランスディールは言葉を付け足す。
「言えない、言えないじゃ説明になってないぞ!」
ジェイドラル・ギルは眉を吊り上げた。
ランスディールも自分で言っていてそうだなとは思う。けれど、言えないものは言えないのだ。
『精霊獣が住む森』へ入った理由はラミィの里帰り。城門塔に遅れたのは黒うさぎのちびを保護してもらうためだ。
獣人は悪質な商人たちが流した根拠のないある噂話のせいで誘拐事件が絶えず、『悪い冒険者』に狙われやすいのだ。中には猟犬を放ち密猟まがいのことをしてまで捕まえてようとする者もいる。
獣人を守るためには極力人前に出さない、外出させるときは外套で容姿を隠すなど工夫と警戒が必要なのだ。
黒うさぎのちびとの契約の登録がすんでいない。それも他者に言えない、言えないと連呼することになってしまった理由の一つだ。
「まあ、そうかりかりするなって」
ジェイドラル・ギルの肩を掴んで、肩幅のある重装備の剣士が割って入ってきた。
彼の仲間、中肉中背の弓使いと童顔の治療専門の修道士もいる。
彼らはランスディールとラミィがこの街についた初日、食事を終えて宿に向かう途中で見かけた、魔獣を荷台に乗せて運んでいた一党だ。
城門塔に駆けつけた時は声をかけられ、弓使いには助けられた。
「確かに魔獣の討伐のほうが実入りはいい。わかるぜ。俺たちも討伐したことあるしな」
肩幅のある重装備の剣士は城門塔でも見せた笑顔を見せ、カーリージェリーに味方した。
小さい子供たちから怖がられそうな強面の顔立ちだが、笑うと弟妹の面倒をよく見そうな兄貴のように見える。
「けどな、こうも何度も街に来られたんじゃ、おちおち寝ていられねえよ。いつ寝首を搔かれるかわかったもんじゃない」
肩幅のある重装備の剣士はぐいっと乗り出して言ってきた。
ランスディールよりも頭一つ分背が高い。しかし、肩幅があることと鍛えられた体格によりそれ以上の背丈があると思わせる重圧が迫る。
「魔獣の住処は『精霊獣が住む森』のさらに奥だといわれています。入るには役所で手続きをするか、無断で入るかになります。あれだけの数をおびき寄せるには、ある程度の知識と出入口が自由にできる人でないとできないでしょう」
童顔の修道士は淡々と説明する。
「さっきの話聞いてなかったのか? 証拠もなしに『精霊獣が住む森』に入っただけで責められるのは納得できないね」
味方かと思いきや一転、新たに現れた苦情者たちにカーリージェリーは言いがかりだと返した
。
「どうだかなぁ?」
肩幅のある重装備の剣士は笑いながら疑いの眼差しでカーリージェリーを見る。
「はあ⁉」
カーリージェリーはその態度にカチンときて、半ギレで一歩前へ出る。
ランスディールはカーリージェリーをこれ以上前に出させないために手で制す。
ランスディールはちょっといいですか、と言って彼らの注目を集める。
「私はつい最近冒険者になった者で、彼女を護衛として雇っている雇い主です。さっきも言いましたが、私たちは理由あって『精霊獣が住む森』に入りました。役所にも届出は出しています。なぜカーリーだけを責めるのですか?」
正面きって問いただしたランスディールに、肩幅のある重装備の剣士も同じように正面きって言い返した。
「そうか。最近きたばかりなら知らないか。一月前、魔獣の討伐を手っ取り早く済ませようと例のお香を使った若手の一党がいた。現れたのは自分たちの手に負えない魔獣たちだった。そいつらは魔獣に追いかけられながら街に逃げ帰ってきた。そして俺たちは総出で尻拭いさせられた。その時の怪我でまだ復帰できねえ奴もいる」
肩幅のある重装備の剣士は、一度間をおいた。
そして、この場にいる冒険者たちにも聞かせるような大声で言った。
「そんな状況で二度目の襲撃だ。閂をなかなか抜けなかったせいで後手に回った俺たちは、出だし早々に狼型の魔獣の集団から炎の直撃を受けて大きな痛手を負った。俺たち冒険者は自分自身が商売道具だ。自分で選んでこの世界に入ってきたんだ。足や腕を失おうが、それは自己責任だ。誰かになすりつけていいものじゃねえ。けどな、てめえで火をつけたものはてめえで火を消すのは当然だろ?」
ジェイドラル・ギルが匂わせてきたように、肩幅のある重装備の剣士も言外に告げてきた。
こんな短期間で街が襲われるのは人為的としか考えられない、と。
前回は犯人捜しをしなくても周知の事実だったが、今回はわからない。
そんなかなで、ランスディールとカーリージェリーは『精霊獣が住む森』へと入った。
やってはいないと言いながら、全員を納得させられる理由は言えない。
そんな状況だから、ランスディールとカーリージェリーに集中砲火のような厳しい視線が集中し、疑われるのは当然だ、と。
「カーリーとその一党がきっかけをつくった。だから責任をとれと?」
その考えは誰しもが浮かぶことだ。
彼らの気持ちもわかる。しかし、自分たちが原因をつくってはいない以上認めるわけにはいかない。
「それは、罰金払ってもう終わっていることだろう」
カーリージェリーも空気の流れでなんとなく予想はしていたのだろう。
まったく関係ないランスディールを巻き込まないようにと、腹が立つ気持ちをぐっと抑え込んで肩幅のある重装備の剣士に賛同を求めた。
「は。罰金さえ払えばもう関係ねえってか。現実はそうじゃねえだろ? あんたには前科がある。お前さんたちのほうが、分が悪い」
肩幅のある重装備の剣士が目で証明して見せろとランスディールを見下ろした。
◇◇◇◇◇◇
(そうだ、もっと責め立てろ)
待合室の隅でフードを深く被った者は胸中で笑った。
(もっと騒げ。お前ら冒険者なんか滅んでしまえ)
数時間前まで冒険者たちが奮闘していた姿を思い出し、口が三日月のように吊り上がる。
しかし慌てて唇を結ぶ。
(あとはあいつらの荷物を回収するだけなのに。ああ、面倒くさい)
ギルドにばれないように広大な森に入れあげたのに、慎重に行って遂行してこいと言ったのに、仲間は半泣きで帰ってきた。
(……だめだ。やっぱり行かせよう)
周囲の声を拾ったが、必要な情報は得られなかった。
収穫がない以上ここは無用だ。
まだ言い合っている光景を見て満足したフードを深く被った者は、二組の冒険者に注目が集まっているうちにと、足音を殺して待合室から出ていった。




