35話 魔獣との戦い ③
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背後に自分を追いかけてくる狼型の魔獣の気配を感じる。
ランスディールは走行の勢いを緩めず、地面に転がっている赤黒くなった鉄兜を拾い上げて上半身を捻り、狼型の魔獣へ投げた。
狙い通り狼型の魔獣の脚へ当たったが、狼型の魔獣は速度を下げることもなく猟犬のごとく一直線に駆けてくる。
(兜程度じゃ怯みもしないか)
脹脛ほどの高さまで崩れ落ちている市壁をランスディールは飛び越え、くるりと足首を方向転換し、今度は市壁の瓦礫を掴み取って走る。
狼型の魔獣も続いて市壁を飛び越えた。
ランスディールは狼型の魔獣が地面に着地したその瞬間を狙って、掴み取った瓦礫を魔獣の前脚に向かって投げつけた。
投擲の速力と石の重さによる衝撃が功を奏し、今度はそれなりのダメージを与えられた。
しかし、確実に的確に当てようと欲張ったせいで、走行して稼いだ距離が縮んでしまった。
それが狼型の魔獣の好機となり、先ほどの負傷が噓のように勢いよく飛びかかってきた。
ランスディールは身を翻して避けようとしたら――激しい戦闘で荒れて窪んだ地面に足を取られ態勢が崩れた。
「あっ⁉」
狼型の魔獣の牙がランスディールの目の前に迫る。
「くっ!」
ランスディールは尻餅をついた態勢で無理矢理剣を抜き、剣の腹を狼型の魔獣の口に挟む。
一転してランスディールは追い込まれた兎のように窮地に立たされた。
覆いかぶさるように迫って唸る狼型の魔獣の口からでた涎が、ランスディールの腹部に落ちた。
「あ“あ”っ!」
狼型の魔獣の前脚、鉤のような鋭い爪が腕に食い込んだ。
「ぐ……っ!」
歯を食いしばって耐える。痛みで苦悶するその視線の先、狼型の魔獣の喉の奥で火花を散らした炎が渦を巻く瞬間を見た。
(まずい!)
ランスディールは狼型の魔獣の腹部に渾身の蹴りを入れた。
狼型の魔獣が鈍い声で叫び、口から剣の腹が離れた瞬間、今度は狼型の魔獣を蹴り飛ばした。
ぐっと奥歯を嚙みしめて痛みに耐えながら、急いで身を起こして走り出す。
城門塔を回るように走り、目的の黒焦げているマントを掴んだ。
目に映ったのは半壊状態の城門塔。
ランスディールは脆くて崩れそうな石階段を最上階まで駆け上る。
その姿は狼型の魔獣から走って逃げる情けない冒険者のようだった。
しかし、ランスディールは諦めていない。
取り逃がした獲物を追ってきた狼型の魔獣はランスディールの血の匂いを辿って、城門塔の石階段へ辿り着く。
「そう簡単に餌にされてたまるか」
ランスディールは足元にある大小の瓦礫を狼型の魔獣の目と脚に向かって投げ続ける。
石階段は一歩通行だ。前進するか後退するしかないので、上腕に怪我を負ったランスディールでも痛みさえ我慢して投げれば当たった。
投げつけられる瓦礫を一身に受けながらも、狼型の魔獣は中腹まで駆け上がる。
ランスディールは焦げたマントを掴んで、握り拳ほどの大きさの瓦礫を包み隠すようにし、狼型の魔獣へ真っ直ぐに投げた。
焦げたマントが狼型の魔獣の顔全体を覆い、視界を奪う。
そしてランスディールは視界を奪われ、頭を左右に振ってもがいている狼型の魔獣の所まで駆け下りる。
体重と走る震動で石階段がいつ崩れてもおかしくない危険性があるにもかかわらず、懐に飛び込むように駆け下りて、斜め一閃の斬撃を振り下ろした。
狼型の魔獣の甲高い声が響く。
今度は両手で柄を握り、目測で狼型の魔獣の首元へ剣を刺突しようとした、その時。
風が吹いて焦げたマントがはためいた。
「!」
狼型の魔獣の顔から焦げたマントが離れそうになる。
ランスディールは今、狼型の魔獣の目の前に立っている。
視界を取り戻したら狼型の魔獣はランスディールの腹部に嚙みつこうとしてくるだろう。
まずいとランスディールが焦ったその時。
ひゅっ、と一矢が焦げたマントを狼型の魔獣へ縫い付けた。
「⁉」
風に乗って飛んできた矢は狼型の魔獣の頬を貫いている。
(今だ!)
ランスディールは迷わず狼型の魔獣の首元へ剣を突き刺す。
追い詰めていた側から、窮地に追い込まれた狼型の魔獣の魔獣は暴れだす。
「くっ!」
最後の力を振り絞っているかのように身体を揺らす狼型の魔獣に、ランスディールは腕をもっていかれそうになる。
いつ崩れてもおかしくない石階段の上は不安定で、動くたびに脆い箇所から粉粒が下へ落ちていく。
案の定、ランスディールの足元の石階段に大きな亀裂が入り、一部が崩れ落ちた。
「!」
狼型の魔獣は無我夢中で暴れていたことによって足を滑らせ、垂直に落下した。
ランスディールも狼型の魔獣に引きずられるように足を滑らせてしまい、態勢が崩れて身体が宙に浮く。
とっさに剣を手放し、崩壊を逃れた石階段へ手を伸ばしてしがみついた。
「うっ……!」
狼型の魔獣の鋭い爪に喰い込まれた傷口から痛みとともに血が滲み出る。
奥歯を嚙みしめて力を込めているが、だんだんと指先の力が抜けていくのがわかる。
ランスディールの心が焦燥感で一杯になった。
いくら騎士団で鍛えていた身体といっても、予想外の負傷への忍耐力には限度がある。
限界に達して、手が滑り石階段から離れたその時。
「ライナス!」
名を呼ぶ声が城門塔内に響き、手を伸ばしてランスディールの手首をしっかりと掴んだカーリージェリーが現れた。
「カーリー……」
「今、引き上げる!」
カーリージェリーは脆い石階段の上で慎重にランスディールを引き上げた。
「ありがとう……」
「いや、遅くなって悪い」
ランスディールよりも一体多い、二体の狼型の魔獣と戦っていたカーリージェリー。
それを倒して、ここまで来たその実力にランスディールは心の中で感嘆した。
(加勢しようと思っていたのにできなかった……)
態勢が崩れて尻餅をつくように倒れたあたりからは全く余裕がなかった。
「冒険者なりたての新人にしては頑張ったほうだよ」
カーリージェリーは心を読んだかのように言って、ランスディールを褒める。
「ありがとう」
ランスディールは緊張の抜けていない顔で笑って返した。
カーリージェリーの言葉を聞いて、やっとランスディールは窮地を脱したのだと実感した。
「おーい! 大丈夫か?」
城門塔の下から聞き覚えのある声が耳に届く。
肩幅のある重装備の剣士と童顔の修道士が顔を上げてランスディールを見ていた。
その近くには息絶えた、焦げたマントで顔を覆われている狼型の魔獣が倒れていた。
「大丈夫! ありがとう!」
ランスディールは心配してくれた二人に手を軽く上げて答える。
そしてふと、あの矢はどこから来たのだろうと周囲を見ると、街路を挟んだ先の屋根の上、肩幅のある重装備の剣士の仲間の中肉中背の弓使いがこちらを見ていた。
「ありがとう!」
ランスディールが感謝の言葉と一緒に片手を軽くあげると、屋根の上にいる中肉中背の弓使いも片手をあげて返す。
別に同僚でも知り合いでもない。
偶然にその場に居合わせた同業者同士。
ぶっつけ本番なのに、連携をとったようなあの状況を作ってくれたことに、ランスディールの胸が熱くなった。
(後でもう一度ちゃんとお礼を言おう)
ランスディールの倒した魔獣が最後だったようで、この戦いは人間側の勝利で幕を閉じた。
読んでくださり、ありがとうございました。
次話は8月5日予定です。




