33話 魔獣との戦い ①
住民の恐怖心をあおる街に轟く魔獣の咆哮。
冒険者の矜持をかけた剣戟と怒声。
魔獣の炎で焼かれて半壊した城門塔の瓦礫は黒い煙が立ち昇り、弓兵が放った矢は無惨にも折れ、魔獣の返り血をあびて赤黒くなった鉄兜は地面に転がっている。
狼型の魔獣の屍は打ち捨てられたように放置され、まだ命ある魔獣と人間は激戦に身を投じていた。
薙いだ戦斧が狼型の魔獣の一頭の首元を刎ねた。
一振りで肉と骨を断ち切られた首からは大量の血が流れて地面を赤く染め、転がる。
「これで十二。やっぱ、いつも使っている得物じゃねえからやりずれえな」
戦斧を棍棒のように振って血のりを落とした肩幅のある重装備の剣士。
もともと持っていた得物は十体目の狼型の魔獣との戦闘中で刃こぼれが悪くなり置き捨てた。
飛びかかってきた魔獣に刃を食わせる形で己の身を守った。そのとき刃に亀裂が走った。
追いうちをかけるように魔獣が口から吐いた炎によって亀裂が入っていた部分が熱で溶けて使い物にならなくなったのだ。
「贅沢言わない! 斜め前方きますよ!」
重装備の剣士の後方で一党のまとめ役、童顔の修道士が指示を飛ばすと同時、屋根の上にいる中肉中背の弓使いが矢羽根を掴み、弓弦の音が鳴った。
矢尻が狂いもなく狼型の魔獣の片目の刺さり視力を奪う。
片側の視界を奪われた怒りとわずかな身動きでも感じる激痛。その苦痛を味わえと、狼型の魔獣は口から赤々とした火炎を視界に入っている童顔の修道士へ向けた。
一直線に噴き出すように迫ってきた火炎を童顔の修道士は予想通りとでも言いたそうな顔で避けた。
狼型の魔獣の意識が童顔の修道士に向いている隙を狙って、矢尻によって視界を奪われた側に肩幅のある重装備の剣士が移動する。
「母なる神のもとへいけ。十三!」
戦斧を棍棒のように振り回す肩幅のある重装備の剣士は、その鍛えられた腕力と遠心力で首元を狙う。
「――!」
狼型の魔獣の最後の声が空まで響いた。
肩幅のある重装備の剣士は狼型の魔獣の息が絶えていることを確認した後、目に刺さっている仲間の弓使いが放った矢を抜いた。
再利用できるかどうかは弓使いの判断次第。
屋根の上まで届けることはできないので、童顔の修道士に預かってもらう。
「ああ――。麦酒飲みてえ!」
「これが終われば飲めますよ」
肩幅のある重装備の剣士のでかい声に、童顔の修道士が律儀につっこむ。
背後からこれは、と若い青年の声が聞こえ、肩幅のある重装備の剣士と童顔の修道士は振り返った。
男性事務職員から黒うさぎのちびの面倒を頼まれた若手の女性職員に、よろしくお願いします、と丁寧に頼んで、城門塔へ戻ってきたランスディールは視界に入った光景に目を見開いた。
襲撃に備えて家々よりも高く分厚く作られた城門塔とその近くの市壁は半壊。
狼型の魔獣が炎を吐いてあてられた場所は焼き焦げていて黒い煙がたっている。
「おせーぞ」
ランスディールとカーリージェリーは揃って聞こえた方へ顔を向けると、肩幅のある重装備の剣士と童顔の修道士が振り向いてこちらを見ていた。
戦いの激しさを物語るように、鎧や修道服は土煙と魔獣の返り血で汚れている。
「金星は俺たちがもらう」
肩幅のある重装備の剣士がにい、と笑う。
金星とは今回のように街を襲撃してきた魔獣を最も多く倒した一党へ贈られる表彰のようなもの。討伐料とは別に賞金が貰える。
不敵な笑みを見せた重装備の剣士にランスディールは頼もしさを感じた。
「何体ですか?」
「こいつで十三だ」
「今どんな状況ですか?」
「無理矢理城門開けて、わあ――って正面からぶつかってこれだ。どれだけいたかはわからねえ。あの時何体いたのか数える余裕なんかなかったからな」
「炎の吐息を直撃で受けた人は医療班がいる天幕行きです。私の仲間も一人やられました」
城門が開いたのはランスディールやラミィ、黒うさぎのちびが応接室の窓から出て走り去った後のようだ。
冒険者たちは検問の兵士たちの反対を押しきって鉄の閂を抜き、門を開けた。
そこに、狼型の魔獣たちは待ち構えていたと言わんばかりに城門塔を中心にいて、正面からぶつかり合う形になった。
狼型の魔獣が一斉に吐いた炎は、我先にと突っ込むように走り出した冒険者たちに直撃。
彼らは対峙する機会を得る前に天幕行きなった。
早々に貴重な戦力を失ったこと、悲痛な声をあげて倒れた同業者たちを狼型の魔獣から守りながら離脱させ、医療班へ運ぶという状況はまさに混乱した戦場だった。
直撃から逃れた冒険者たちは一対一を避け、一党または数人一組で互いを補い合いながら戦っているという。
「おれたちは向こう側にいく」
肩幅のある重装備の剣士はそう言って、童顔の修道士を連れて去っていった。
「どこの一党も猫の手も借りたい状況だろうね」
カーリージェリーは辺りを見回して劣勢していそうな一党を探す。
「そうだね。私たち二人で倒すよりも、どこかの、さっきの一党に混じって補助にまわった――」
ほうが、とランスディールが言いかけたとき。
「――あ“あ”あ“あ”あ“あ”!」
「⁉」
悲痛な叫び声がランスディールとカーリージェリーの耳に飛び込んだ。
城門塔の近くの崩れた瓦礫と瓦礫の間から頭部から血を流し、腕や足にも深い傷を負った兵士が足元をふらつきながらランスディールの方へ向かって歩いてくる。
その兵士は、ランスディールたちを応接室まで案内してくれた検問の若い兵士だった。
あとを追うように狼型の魔獣が現れた。
心臓を守るかのように胴体部分は逆立った硬い鱗で覆われている。
鎌のような鋭い爪に、骨ごとかみ砕いてしまいそうな太い牙。
血のような赤い目と唸り声で憤怒していることを主張している。
野生動物とは違い、魔獣には火を吐く獣や、毒、酸などをもつ獣がいる。
狼型の魔獣は火を吐く獣で、皮膚がただれて大やけどするくらいの熱度はある。
検問の若い兵士はすでに意識が朦朧としているようで、食いつこうと飛び跳ねた狼型の魔獣の黒い影に気づいていない。
太くて鋭い牙が検問の若い兵士の首元に狙いを定める。
その直後。
狼型の魔獣の首は串刺しのように突き刺さった大剣によって、血飛沫が宙に舞って絶命した。
カーリージェリーは地を蹴って、狼型の魔獣と検問の若い兵士の間に無理矢理入り込み、力任せの刺突をしたのだ。
ほぼ同時、ランスディールは検問の若い兵士をかばうように抱き寄せ、そのまま横の細い路地へ連れて寝かせる。
「だいじょ――」
大丈夫ではない。
ランスディールは口を閉じて、腰に巻き付けた小さい鞄から塗り薬と布巾を出し、頭と四肢の応急処置を始める。
近衛騎士もただ貴人の近くに立って護衛するだけが仕事ではない。剣技が衰えないように素振りもするし摸擬戦もするし野営訓練に参加するときもある。その過程で火起こしや応急処置を覚える。
「今処置をするから」
「あ……あ……」
ランスディールは検問の若い兵士に声をかけるが、検問の若い兵士は呼吸することで精一杯のようだ。
お互い目があっているはずなのに、検問の若い兵士の目は宙を見ているような感じで反応が薄い。
よく見れば左の肩周りに熱傷を負ったような部分がある。
焼けるような痛みが走ったのか、ランスディールが肩の処置をすると辛そうな表情に苦悶が重なった。
(こういうときラミィがいればな)
治療の魔法は市場で出回っている薬品よりも回復力が勝っている。
目の前の検問の若い兵士の外傷などあっという間に治せる。
(ちびの契約が終わっていれば……。いや、終わっていてもちびがいるからここには連れてこられない。どちらにしても同じか)
ないものねだりをしている場合ではない。
ランスディールは目の前のことに集中する。腰に巻きつけた小さい鞄から、即効性のある薬水の小瓶を取り出し、蓋を開けて、検問の若い兵士に数回にわけて飲ませる。
「どうだい?」
路地の入り口で見張り役をしているカーリージェリーが振り向く。
「たぶん、大丈夫だと思う」
薬水の効果が効いてきたのか、先ほどよりも呼吸は落ちついている。
応急処置は終わった。だが、きつく縛った布巾にはじんわりと血がにじんでいる。
「あの……」
検問の若い兵士が乾いた唇を動かす。
「頭と手足は今、応急処置をした。他に辛いところは?」
「あ、ありが、とう……」
ランスディールの声は聞こえているようだが、会話が嚙み合わなかった。
検問の若い兵士はお礼の言葉を言うだけで精一杯のようだ。
「もう一本飲める? 飲んだ方が治りは早い」
乾いた唇がはいと動いたような気がした。唇の形が僅かに動いただけではっきりとはわからなかった。
それでもランスディールは意識があるうちにと、もう一本薬水が入った小瓶を出して、検問の若い兵士の唇に当てた。
検問の若い兵士が自分の意志で口を開けてくれたので、ランスディールは数回に分けて飲ませた。
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