31話 避難 ①
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ここは冒険者の街だ。
王都やその付近の街よりも危険が潜んでいる。だから広大な森側の市壁は他の街よりも厚く、高さもある。
それは少しでも安心して暮らしたいからだ。
「あら、こんにちは。今日いい天気でよかったわ。うち、子供が三人いるから洗濯物が減らなくて」
「うちもそうよ。洗濯物もそうだけれど育ち盛りだから、おかずも多くつくらないと大変」
露店が並ぶ通りで住民の主婦たちは買い物かごをさげて道端でおしゃべり。母親に連れられて家を出てきた子供たちもおしゃべりをはじめる。
城壁がもたらす安心感は街の人々の心まで影響を与えている。
今日も昨日と変わらない平穏な時間が過ぎるだろうという思い込みは、甲高い悲鳴にも似た鐘の音で断ち切られた。
鐘楼から街全体へ警鐘が鳴り響いたのは唐突だった。
「!」
道端でおしゃべりをしていた主婦たちは我に返ったように肩をあげる。急いで子供の手を掴み、走って家へ帰る。
露店の店主は急いで店じまいをした。金銭と商売品を抱えられるだけ抱えると、その場から逃げるように走り出した。
警鐘が鳴る少し前。
応接室で一夜をあかしたランスディールは昨日会った事務職員からの返事を長椅子に座って待っていた。
カーリージェリーは日課である柔軟体操と剣の素振りをするため城門塔の螺旋階段を上がり、市壁の上で行った。それを終えて応接室に戻り、今は腕立て伏せをしている。
「ラミィ。カーリーの背中にのっても平気だと思うよ」
回数が三百を超えてもカーリージェリーの息は乱れていない。普段から筋肉が衰えないように続けている日課は確実にカーリージェリーの現役を支え、自信にも繋がっている。
「そうだね。五歳児が乗ったところで影響はないね」
悪のりしたカーリージェリーは笑って挑発する。
『ラミィ、五歳じゃない!』
黒うさぎのちびと一緒に窓から外の景色を眺めていたラミィは振り返って、むっと頬を膨らませた。
窓は通りから見ると向かいの建物に隠れる位置にある。
眺めるというよりすき間から街並みを見るに近い。それでもいつ誰に姿を見られるかわからないので、用心して黒うさぎのちびもラミィも外套を着てフードで頭を隠している。
悪のりしたカーリージェリーから笑いがもれた。
「カーリー。もしお昼になっても連絡が来なかったら、私の代わりに役所へ行ってきてくれるかな? 返事にどれくらいの日数が必要なのか知りたいんだ」
ランスディールがラミィを連れて王都から白馬に乗ってこの街に来るのに三日かかった。
それで考えると往復で六日。王都にいる精霊術師の団長の返事をもらうための時間を加えるとさらに一、二日くらいの日数だろうとランスディールは考えている。
「そりゃあいいけど。あたしが行って向こうはわかるかね?」
カーリージェリーは黒うさぎのちびを抱えているランスディールが、身動きがとれないことはわかる。
問題なのは静観していた自分が役所に行って進捗状況が聞けるかどうかだ。
「私の名前を出せばわかるよ。幼獣を抱えている人なんてそうそういないと思う」
ランスディールがそういうとカーリージェリーは納得した。
「もし明日も明後日もここで待機しないといけないなら、またここで寝泊まりすることになるから許可をもらいに行かないといけない」
昨日は検問の兵士のまとめ役に事情を説明して一晩だけという話になっている。向こうもそのつもりでいるから、また説明をしに行かないといけないのだ。
ランスディールたちは女王ヴィヴィから預かった、冒険者が使っていただろう鞄の持ち主を探さすために戻ってきた。
鞄の持ち主がいつまでこの街にとどまっているかわからない。だから、今からでも街の住民に聞き込みをしたいくらいの気持ちがこみ上げている。
いつ返事がくるのかわからないこの状況は足止めされているのと同じで焦燥感にかられる。
ランスディールはため息交じりに言って席を立ち、窓辺へと歩く。
黒うさぎのちびはつま先立ちをして外の景色を見ていた。
なんとか顔が下の窓枠からでているので景色を目にできるが、態勢を考えると長くは見られないだろう。
「ちび、それじゃあ疲れるでしょ」
ランスディールは黒うさぎのちびを抱き上げて、窓から街の景色を見せた。
自宅ではないので時間が潰せる本などもっていない。
だからといって壁や窓からの景色をぼうっと眺めるのも無駄に時間を過しているようでもったいない。
ランスディールは黒うさぎのちびの社会勉強の時間にすることにした。
『ランス、あれなに?』
森とは違う、人の営みがあふれている街の様子に黒うさぎのちびは目を輝かせ、興味津々で指を差す。
「今通ったのは馬車だよ。茶色い動物は馬」
『ばしゃ? うま?』
黒うさぎのちびは今見たものと教えてくれた単語が一致させることができず、頭に疑問符が浮かんだ。
ランスディールが丁寧に説明するが住む世界が違うので、ちびは理解するのに時間がかかった。子供でも知っている単語の意味をその都度教えるところからのはじまりだった。
ラミィはランスディールの隣で景色を見ながら、流れ込んでくる微風に肌を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めていたが、飛び込んできた鐘の音に白い耳がぴくりと動いた。
『む⁉』
『!』
ラミィの白い耳と黒うさぎのちびの漆黒の耳がぴんとたったのは同時。
「警鐘?」
遅れてランスディールとカーリージェリーも窓から聞こえる音に耳を傾ける。
警鐘のほかに誰かの怒鳴り声や金属音が混じる。
ここからでは城門は見えないが、武装した冒険者たちが城門に向かって走っていく姿が見える。
「ライナス、ここから出たほうがいい」
傭兵業の勘でもここは危険だと知らせてくる。カーリージェリーは急いで帯剣を腰回りにつけ、外套を着る。
「そうだね」
ランスディールは黒うさぎのちびをおろした。
「ラミィ、ちび。ここから出るよ」
先ほどまでの空気が一変し、緊迫した流れに変わる。
ランスディールは黒うさぎのちびに麻袋を抱えさせる。外套を急いで着て、旅用鞄を背負うと黒うさぎのちびを抱き上げた。
ラミィが旅用鞄を背負うと同時、カーリージェリーは扉を開けて廊下に異変がないことを確認する。
「まだ火の手はきてない。でも城門のほうは危ないから行かない方がいいだろうね」
「廊下の奥に裏口あったかな?」
「いいや、ない。行き止まりだね。そこの窓から出るしかない」
この先の奥に部屋はきっと兵士たちの仮眠部屋だろうと、カーリージェリーは言った。
ランスディールは窓を見て、そしてカーリージェリーを見た。
「ラミィやちびは余裕で出られると思うけれど、カーリー大丈夫?」
「三人はそこから出なよ。あたしは城門塔まで行って後から合流する。どういう状況かも知りたいしね」
ラミィとちびはできるだけ人目につかないほうがいいだろう、と付け加えた。
ランスディールがわかったと頷くと、またあとで、とカーリージェリーは言って部屋を出た。
見送ったランスディールは窓から顔を出して、周囲に誰もいないことを確認する。
「ラミィ、先に出て。誰か来たら教えて」
『わかった!』
ラミィは膝を曲げて飛び、窓枠に足を乗せてから外へおりた。
片方は城門へと続く道。もう片方は街をぐるりと囲んでいる市壁へたどり着く。
ラミィは左右を交互に見て誰もいないとこを念話でランスディールに送る。
ランスディールは抱えている黒うさぎのちびを窓枠におろす。
「ちび。ここからおりられる?」
『うん、できる』
ラミィが手を出すと黒うさぎのちびは麻袋を渡した。ラミィが場所をあけると、ぴょんと飛び降りた。
ランスディールは背負っている旅用鞄を慎重に静かに外へ落とす。そして窓枠に足を引っかけて腰を曲げて頭をさげ、外へと出た。
降りたと同時に周囲を警戒すると、どん、と重くて鈍い衝突音が城門塔から聞こえた。
さらに多数の獣の咆哮が重奏のように響く。
白い耳と漆黒の耳が同時にぴんと垂直になった。
『『!』』
黒うさぎのちびの小さい肩がびく、とはねた。
ランスディールは素早く旅用鞄を背負い、ラミィと黒うさぎのちびの背中を軽く押して、城門塔から誰かに気づかれないようにと建物の物影に移動した。
「今の衝突音、壁の外と中どちらかわかる?」
ランスディールが小さい声でラミィに聞く。
『外から』
ラミィが金色の角を光らせて即答した。
晴れやかな空の下で鐘楼の鐘は今でもかんかんと高らかに鳴り続いている。部屋から外に出たからなのか、鐘の音は力強く打ち鳴らされていて、耳によく響く。
絶えなく続く警鐘と咆哮に刺激されたのだろう。
城門塔から聞こえる声の怒号が多くなった。
こうして待っている間にも、今すぐに門を開けろ、待て上の指示がきてからだ、馬鹿かてめえ、この野郎早く開けろ、みんな落ち着け、城門塔から攻撃して数を減らすのがさきだ、などさまざまな声が飛びかっているのが聞こえる。
言葉遣いからして冒険者たちだ。
(冒険者たちが集まりすぎて城門塔から出られないということはない、よね?)
ランスディールは城門塔のほうを見ているが、彼女が出てくる気配がない。
『ランス!』
ラミィがなにかの音を拾い、耳を動かして上を指す。
ランスディールが顔をあげて視線を走らせた先は市壁の上。
ランスディールにつられて黒うさぎのちびも顔をあげて見ると、市壁から縄が一本垂れ下がり、その縄を使って旅用荷物を背負ったカーリージェリーが慣れた動きでするすると降りてきた。
(え? 上から?)
城門塔に人が集まりすぎて出られなかったのだろうか。
「凄いことになってるよ。城門の外も、内側も」
偵察も兼ねて城門塔の螺旋階段を上がり、市壁の上を屈んで走ってきたカーリージェリー。
緊張した面持ちではないが、余裕のある表情ではない。
ランスディールの年齢と同じ戦歴を誇る元傭兵は、地面に着地したと同時に周囲を警戒した。
「声はここまで聞こえているよ。揉めているみたいだね」
「ああ。城門塔の窓からちらりと下を覗いたけど、検問の兵士たちと冒険者たちの一触即発寸前の言い合いさ。冒険者たちは城門を開けろと言ってる。このまま静観していても状況は変わらないし、市壁が破壊されないうちにけりをつけたいんだ。けど、それに反対しているのは検問の兵士たちさ。城門を開けたとたんに魔獣が街に入り込んで街を破壊されたら目も当てられない。自分たちに責任の追求がくるのは目に見えているから、あれこれ理由つけて閂が外されないように死守しているのさ」
「城門塔には見張りも兼ねて弓兵がいる。当番制になっているはずだから、休番の弓兵も呼んで全員集めて、市壁にも配置して指示を出せば少しは状況も変わると思うけれど」
どの部署にも部下をまとめる責任者はいる。班長でもいいから誰かが声を上げて提案すればいいのだ。
「あの場所にお前さんと同じくらい冷静な兵士と冒険者がどれだけいるかね?」
聞こえてくる声は先ほどから変わっていない。まだ平行線になっているようだ。
「市壁の外は?」
「狼型の魔獣が三十くらいだね。火を吐いて壁を燃やそうとしているやつもいれば、体当たりして壊そうとしているやつもいる。これからどうする?」
カーリージェリーが荷物を背負いなおしながら聞く。
「大通りを避けて役所に行きたい。こういう状況になったら最悪、街からでることも視野に入れないといけない。まだ正式な登録がすんでいないからちびを出歩かせるのも、街から出すのも違反行為に触れるけれど、そうは言っていられない。だからこっちの意向を伝えてから動く」
黙って行動するよりも、事前に伝えてから行動した方がましという程度だが、後で何かしらの罰則が生じたときは後者のほうがいい。
「役所とか堅苦しい建物が密集しているあたりは自信ないけれど、酒場や大通りの裏はだいたいわかる」
こっちだ、とカーリージェリーは市壁へたどり着く方角へ走り出した。
◇◇◇◇◇◇
家々が木戸に閂を入れて戸締りをし、家族全員寄り添うように集まって、嵐が過ぎるのを待つように冒険者たちが襲撃してきた獣たちを倒してくれるのを祈っている。
そんな状況なので大通りも路地裏も誰一人、猫一匹見当たらない。神隠しにでもあったかのような無人の街と化していた。
鐘楼から打ち鳴らされている音しか聞こえない街中で、靴音を響かせながら石畳の上を走る影が三つ。
大、中、小の外套がばさばさと豪快にゆれる。
外套を着ているランスディールたちは全員口を閉じていて、その姿は沈黙して去っていく風のようだ。
「!」
走り続けていると市壁の側防城塔に三人の男たちが背を向けて立っているのが視界に入った。
外套を着ているので服装はわからない。
深くフードをかぶっているので横顔はちらりと見える程度。
全体的にわかるのは外套の裾下から見える革靴だけ。
(なにをしているんだ?)
元近衛騎士団に所属していたランスディールは非常に気になり、目を細める。
主な職場が王宮内とはいえ役人だった。
判断材料は少ないが、状況を考えれば兵士や役所の職員がそんなことで油を売っているとは思えない。
城塔は領主もしくは国の管理下だ。
(気になるけれど、今は時間が惜しい)
一般人なら声をかけて注意するべきなのだが――ランスディールはそのまま走り去った。
『!』
それに対しランスディールに抱えられている黒うさぎのちびは、外套で隠している漆黒の耳を動かした。
三人の男たちを通り過ぎる直前から直後の数秒という僅かな時間、瞬きをすることも惜しむほどに、目を離さず見ていた。
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次回7月29日予定です。
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