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30話 影のポケット

 寝台がなくてもすぐに眠りにつけるのは、傭兵業で自然と身についたものだ。

 長椅子とテーブルを端に置いて、雑魚寝同然で寝ていたカーリージェリーはなにかの気配を感じて意識が浮上した。


 カリッ、ピキッ。

 ゴリ、ゴリ。


 耳で拾った音はどこかで聞いた音だった。だが、頭が半分寝ているのでいつ、どこで、が思い出せない。


シャリ。シャリ。

ムシャムシャムシャムシャ。


 今度拾った音は何度も聞いている。半分寝ている頭でもわかった。

 果物を食べているときの咀嚼音だ。

 誰かが果物を食べている。なぜ。

 みんな満足して夕食を終えたはずだ。

 今は疲労を回復するため、みんな眠りについて寝息をたてているというのに一体だれが。

 寝る直前まで灯っていた天井にある吊下灯は消してしまい、部屋の中は暗い。

 部屋が冷えないようにと暖炉の火はそのままに、酸欠にならないよう扉を少しだけ開けている。

 もし、兵士が忍びこんできたら気配でわかる。なぜなら出入口側で寝ているからだ。


 カーリージェリーはすっと目を覚ました。

 身じろぎせずに、耳をすませた。隣からはラミィの寝息が聞こえる。

 ランスディールとは部屋を出るときには必ず声をかけるという決まりにした。

 残るのは――。




 カーリージェリーは上半身を起こして窓側を見た。

 暖炉の炎にくべた薪は形だけを残して灰になっている。その経過でうまれた亀裂からは微かに赤い光が見えるだけで、薄暗いことには変わらない。

 動物のように夜目がきくわけではない。

 カーリージェリーは的を絞るように目を細めると同時、小さいなにかが動いた。


「うわっ!」


 ランスディールが驚きの声をあげる。


「ライナス⁉ 大丈夫か⁉」


 カーリージェリーは反射的に手を伸ばして横に置いた大剣を握り、いつでも斬りかかれるよう態勢をかまえた。


『⁉』


 ラミィも飛び起きて耳をぴんとたてる。


「大丈夫! ……ちび? どうしたの?」


 ランスディールはカーリージェリーに剣を抜かなくていいことをまず伝えた。

 そして天井の吊下灯に明かりをつけよう、とランスディールは言って起き上がった。



 ◇◇◇◇◇◇



「これは……」


 吊下灯で明るくなった部屋の床には、ばらまいたかのように木の実や果物が転がっていた。

 その光景にランスディールもカーリージェリーも顔が固まった。


(ラミィのときと同じくらい凄いなぁ)


 ランスディールはカーリージェリーが宿兼食事処として利用している酒場に行っている間、ラミィを宿で留守番させた。帰ってきたときは盗賊に荒らされたのではないかとおもうほどの散らかりようだったのを思い出す。


(数種類の木の実と果物、一つの枝にいくつもの実がついたベリー。他には枯葉に……小石? 何に使うのかな? いや、それよりもいつの間にこんなに広げたんだろう。全然気がつかなかった。疲れてるのかな?)


 近衛騎士は貴人の命を守るという護衛は気を張る仕事。

 職業柄夜勤もあり、生活が昼と夜逆転することもある。

 そういう生活を何年も続ければ物音ですぐに目が覚める身体になったのだが、自由の身になって気が緩んでいるのだろう。

 ランスディールは黒うさぎのちびに抱きつかれるまで目が覚めなかった。


『ごめんなさい……』


 転がっている木の実や果実をじっと見下ろすランスディールの表情に、黒うさぎのちびは身を縮めた。

 漆黒の耳をしゅんと垂らし、漆黒の角は弱々しく光る。


「別に怒ってはいないよ? お腹が空いていたの? 足りなかった?」


 泣きそうな顔をしている黒うさぎのちびに、ランスディールはしゃがんで窺う。

 ランスディールが夕食を食べ終える前には、ラミィも黒うさぎのちびも満足そうな顔をしていた。

 麻袋からだして食べ残した木の実や果物は、ちび自身が麻袋にしまっていた。だからこんなことになるとは思ってもいなかった。

 泣きそうな顔をしている黒うさぎのちびは首を左右にふった。


『ランスとごはん食べた時はお腹いっぱいになったよ。ぼく、身体が小さいからすぐお腹いっぱいになってしまうの。だから、すぐお腹すくの……。お腹が空いたときは影のポケットからだして食べてる』


 黒うさぎのちびは漆黒の耳を垂らしたままうつむく。


(身体が小さいから胃も小さい。たくさん木の実や果物があっても、一度に食べられる量は限られる。でも消化がいいからすぐにお腹が空いてしまう、ということか)


「影のポケットってなに?」

『食べきれない木の実や果物を入れるもの』

「えっと、どこへ?」

『ここ』


 漆黒の角を光らせた黒うさぎのちびが指したのは自分の影。


「これは魔法なんだよね? この魔法は黒うさぎのみんなが使えるもの? それともちびだけ?」


 ランスディールの質問に黒うさぎのちびは魔法という言葉が理解できず、頭に疑問符が浮かぶような顔をして首をかしげる。


(魔法を知らない?)


 ランスディールはえっと驚きをあらわにする。

 契約を交わしたことによってお互いに意思の疎通は可能になったが、今度は環境の違いによる壁が出てきた。


(魔法と知らずに使っているとか。いや、それはさすがにないはず。魔法以外の言葉で表現しているのかな)

「ラミィ」


 同胞であるラミィにだめもとで説明を求める。

 

『ラミィはそれ使えない』


 ラミィは金色の角を光らせ、白うさぎの里でも使えるものはいないとつけ足す。

 ランスディールは魔法かどうかが知りたい。ラミィの返事はランスディールが求めた答えではないが、興味がわいた。


「女王ヴィヴィでも?」

『それは母なる神が黒うさぎに与えるもの』


 種類によっては種族が限られているものもある、とラミィはランスディールに教える。


(そうなんだ)


 母なる神の神愛は平等だと思っていたがそうではなかった。

 想像と現実の差を知ったランスディールは軽い衝撃を受けた。

 ランスディールは生まれた時から白うさぎの獣人ラミィと暮らしてきた。普通の人よりは獣人には詳しいという自負があったが、まだまだ自分が知らないことはたくさんあるようだ。


(……影のポケット。ポケットは私たちが普段使っている単語だ。ちびはポケットの意味を知っているのかな?)


 新たな疑問が出てきたが、今はちびが魔法と認識して使っているのか確認するほうが先だ。


「ちび、この影のポケットって別の言い方はない? もともとはこういう呼び方だったというのが知りたいんだけど」


 そもそもポケットという単語は人間がつかうものだ。原始的な生活をしている獣人が思いつく言葉ではない。

 魔法という単語がわかないなら、本来の呼び方から推測するしかないと、ランスディールは質問を変えた。


『?』


 黒うさぎのちびにまた疑問符が浮かぶような顔をして首をかしげられた。


「……ラミィ先生、教えてください」


 ランスディールは白旗をあげてラミィに助けを求めた。


『ラミィたちは母なる神からの贈り物っていってる。魔法であってる』


 ラミィはそうだよね、と黒うさぎのちびに念話で聞くと、黒うさぎのちびは頷いた。


『影のポケットはわかりやすいように誰かが後からつけた名前だと思う』


(黒うさぎの里でも過去に人と交流があった?)


 ランスディールは顎に手をあてて黒うさぎのちびを見るが、当人はきょとんとした顔をしている。

 

「これいつのだい?」


 その近くでカーリージェリーは膝をつき、さすがにこれは賞味期限切れだろう、と干からびた小枝についている小粒のベリーを指でつまんだ。小粒のベリーも水分がぬけていて実がへこんでいる。


「ちび。あれ食べる?」


 ランスディールもさすがにあれはと思うほどの枯れ具合。

 黒うさぎのちびは首を左右にふった。


「この木の実や果物はいつとったの?」


 床をざっと見まわすと新鮮な果物は一つもなかった。一番鮮度が落ちているのはカーリージェリーがつまんでいる小粒のベリー。他は皮に傷があって水分が抜けているものばかりだが、食べられないほど傷んでいるわけではない。

 

『里から出る前。みんなと一緒にとったの』


(ちびの逃走日数を含めてざっと計算すると、木の実は長持ちするものばかりだからあの状態なのはわかる。けれど生の果物がまだなんとか食べられるくらいの鮮度を保っているって……)


 これも魔法の影響なのだろうか。知りたい気持ちはあるが、聞いてもまた疑問符が浮かぶような顔をされそうなので、またの機会にすることにした。


「まだ食べる?」

『ううん。しまう』


 黒うさぎのちびは首を左右にふって呪文を唱えた。

 すると黒うさぎのちびの影は一気に広まった。


「!」


 影はランスディールとカーリージェリーの足元まで広がり、二人は急いでその場から離れる。ラミィは跳んでランスディールの後ろまで下がった。

 黒うさぎのちびが唱え終えると、木の実や果物は沼に沈んでいくようにゆっくりと影の中に入っていく。

 ランスディールとカーリージェリーはただ呆然と、木の実や果物が沈んで消えていくまでその光景を見ていた。



読んでくださり、ありがとうございました。

沢山の作品がある中で、自分の作品を読んでくださった方がいると思うと、とても嬉しいです。

とても励みになります!

今後もよろしくお願いします!


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