21話 黒うさぎのちびの回想 ①
黒うさぎのちびはランスディールを見送った後、絨毯にちょこんと座り、預かった懐中時計をじっと見つめ、ふと空を見上げた。
(ルルテと別れてから色々なことがあったな)
黒うさぎのちびは生きるため、駆けていた。
ぼろぼろな裾に足が引っかかって、つんのめりそうになりながらも木々の間を縫うように進む。
瞳は潤んでいて、心は不安と恐怖で染められていた。
後ろを振り向けば、心が揺らいで立ち止まってしまい、動けなくなるだろう。
だから、振り向かないと決めた。
短い脚を必死に動かして前へ前へと言い聞かせた。
(ここは、どこ?)
そびえ立つような崖でルルテから逃げろと言われて、ひたすら走っていたら方角が解らなくなってしまった。
表情がほしいので耳をぴんと立てて、きょろきょろする。
辺りは闇夜。
暗闇の中でそんなことをしても解るわけでもないのだが、本能がそうさせる。
すると、漆黒の耳に魔獣が吠える声が飛び込んできた。
『!』
黒うさぎのちびは驚いてとっさに茂みに隠れる。
(やだ、怖いよ!)
黒うさぎのちびの体は震え、ぎゅっと目を閉じた。
頼れる同胞がいなければ、一人で生きていくしかない。
(そんな覚悟なんかでいきないよ……)
そう思いながら体を丸めるようにして茂みから茂みへと移動する。
影のポケットから木の実や果物を出して空腹をしのいだ。
常に周囲を観察し、耳をそばだてて野生の動物でも魔獣でも遭遇しないようにした。
いつの間にか着ていたワンピース型の服は汚れてくたくたになり、裾はさらにぼろぼろになった。
孤独と不安を抱えた日々が続き、耳は常に震えている。
昼間は太陽の光が暖かくて明るいから移動がしやすいが、日が沈むと辺り一面暗闇になり、空気も冷えるので余計に心細くなる。
黒うさぎのちびは現実から目を背けたかった。
一人になってから片手ほどの夜を過ごした翌朝。
目覚めた黒うさぎのちびは、自分の体がすっぽりと隠せる茂みの中でぼうっとしていた。
(お水、飲みたい)
動けばそれだけ見つかってしまう可能性が高まるのでずっと我慢していた。しかし果物の果汁だけでは口の渇きは満たされず、ずっとのどが渇いていて体は水を求めていた。
(けど眠い……)
ちっぽけな自分はすぐに襲われ喰われてしまう。
そんな恐怖と不安は日に日に増して常に体にまとわりつき、深い眠りにつくことはできなかった。だから睡眠の質は悪かった。
よって疲労は蓄積していくばかり。
瞼も足も重石のように感じる。
それでも体は水が飲みたいと訴えてくるので、目をこすって立ち上がり茂みを出た。
漆黒の耳をぴんと立てて、川のせせらぎが聞こえる方へ歩き出す。
しばらく歩くと浅瀬の川が見えた。
黒うさぎのちびは周囲に誰もいないことを確認して、小さい手で川の水をすくって一口飲んだ。
(美味しい!)
曇天のようになっていた心が晴れて体が潤うようだった。
黒うさぎのちびは満足するまで水分補給する。
両手で掬ってごくごく飲んでいたら、向かい側から狼型の魔獣が一体現れた。
『!』
胴体部分は硬い鱗が逆立っていて、目つきは凶暴。
黒うさぎのちびはの体が震えあがった。
(逃げなきゃ!)
身をひねるようにして狼型の魔獣に背を向けて、川辺から駆けて逃げる。
小さい体を生かして茂みを利用しながら逃げているが、狼型の魔獣の足は早く、黒うさぎのちびよりも一歩で稼ぐ距離は長い。
あっという間に距離が縮まってしまった。
目の前の茂みに入った瞬間、鋭い爪が黒うさぎのちびのふくらはぎ部分を引っかいた。
「――――!」
黒うさぎのちびは漆黒の角を光らせて悲鳴をあげた。
(そうだ、結界!)
黒うさぎのちびは思い出して、痛みに耐えながら魔力を手に集め、自分と狼型の魔獣との間に結界を作った。結界は自分を守ることができる盾となるもの。
結界は薄くて小さいが効果はあった。
狼型の魔獣は突然現れた結界に叩きだされるように飛ばされたて悲鳴をあげた。
(今のうちに!)
黒うさぎのちびは足を動かした。
(っ! 痛い!)
ぐっと痛みをこらえ、泣きそうになりながらも足を動かす。
(誰か、助けて!)
母なる神に願いながら、黒うさぎのちびは茂みに入っては出て、次の茂みへ隠れるように入って、を繰り返して前へ進む。
「グウアアアアアア!」
黒うさぎのちびの全身を叩くような吠え声。
結界を壊して、狼型の魔獣は追いかけてきた。
(やだ! やだ!)
もう一度結界を作ったほうがいいのか、このまま逃げ続けた方がいいのか。
頭が混乱していて決められず、視界に映った茂みへ入る。
茂みから出た直後、また鋭い爪が黒うさぎのちびの小さい体を襲った。
『――――!』
漆黒の角を光らせて鳴いた。
地面にたたきつけられるように体を強く打って転がる。
鋭い爪で受けた傷からは血が流れ、痛みとともに涙がこぼれる。
漆黒の耳は垂れ、ふわふわした丸い尻尾は痛みと恐怖で小刻みに震えている。
狼型の魔獣は唸って前足を蹴った。
黒うさぎのちびの胴体部分に嚙みついて仕留めるため口を大きく開ける。唾液が空中に飛散する。
黒うさぎのちびはもう一度鳴いた。小さく艶やかな漆黒の角を光らせて。
(助けて……。痛い……)
漆黒の角の生え際から真ん中にかけて、内側からほうと淡い光が数秒――。
それはまるで、幼い命が消えていくような儚さにも見えた。
(僕、食べられて死んじゃうんだ……)
ルルテや同胞たちの姿が走馬灯のように駆け巡る。
朝日に照られた夜空を連想させる青い目に涙が溢れる。
そして、目から溢れてこぼれた涙は頬を伝って落ちた。
『大丈夫⁉』
絶望して泣いていると念話が飛んできた。
狼型の魔獣との間に結界を張って、駆け寄ってきたのは白うさぎの獣人。
黒うさぎのちびは、ぽかんと白うさぎの獣人を見る。
『ランスが助ける! 大丈夫!』
白うさぎの獣人は安心しろと言いたげに金色の角を光らせて念話を送ってきた。
状況がよくわからなくて固まっていると、狼型の魔獣の断末魔のような声が響いた。
『!』
ぴんと漆黒の耳が立った。
黒うさぎのちびが恐る恐る顔を上げて後ろを見ると、二人の人間の近くに息絶えた魔獣が地面に伏せっていた。
次回も黒うさぎのちびの回想になります。
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