20話 穴蔵
ランスディールたちが着いたのは広大な森の中にそびえ立つ崖。
崖にはいくつもの穴蔵がある。
「まさかあれ、ちびが話をしてた巨大な魔獣がやったやつか?」
カーリージェリーは崖を見上げて目を見開いた。
鞄を見つけた場所の手前だというので先に来た。
もしかしたら逃げ遅れた黒うさぎのちびの同胞がいるかもしれない、という可能性も考えて来たのだが、鋭い爪で削られた痕跡と、焚き火を始末した後のような土が焦げた部分を見て、その可能性は無いに変わった。
「……」
ランスディールも爪痕の大きさに動揺して口を結んだ。
(痕跡がこれなら、里はもっとひどいことになっているだろうな)
ランスディールの胸がぎゅっと痛む。
黒うさぎのちびはきっと知らないだろう。
話を聞いた限りでは、巨大な狼型の魔獣が現れてすぐにここから逃げたと話をしていた。
「ラミィ。穴蔵の中を調べてきてくれる?」
ラミィは辺りを警戒して耳をぴんと張って音を拾っている。
ランスディールやカーリージェリーよりも落ち着いていた。
『わかった!』
ラミィは金色の角を光らせ、軽快に崖を駆け上がっていく。
「すげえな」
カーリージェリーはやっぱり動物なんだなと感嘆した。
「うさぎは脚力があるからね」
白うさぎの身体能力が優秀なのは知っていた。しかし、その実力を見る機会は家ではあまりなかった。
『誰もいない!』
ラミィが穴蔵に入っていくのをランスディールとカーリージェリーが見てからすぐに念話が送られてきた。
「何か形跡はないの?」
ランスディールが大声で穴蔵に向かって言う。
『木の実と果物を食べた跡がある!』
「それ、持って来て!」
ランスディールが再び大声で言うと、ラミィは穴蔵からぽいぽいと何かを投げ落としてきた。
『全部持ってくるのは無理!』
ラミィは金色の角を光らせて念話を送りながら、崖を駆け下りてきた。
「全部じゃなくていいよ。ありがとう」
ランスディールがラミィの頭を撫でると、もっと褒めてと頭を寄せてきた。
「数日から五、六日は経ってそうだな、これ」
カーリージェリーはしゃがんで、茶色くなった林檎の芯をつまんで言った。
ランスディールもしゃがんで、木の実の殻や干からびたベリーをつまんで頷いた。
ベリーは茎も実も腐ってはおらず、水分が抜けているだけだ。
「ラミィ。食べるもの以外はなかった?」
『枝と葉っぱ』
ラミィの返答にランスディールとカーリージェリーは立ち上がった。
「ここにいてもこれ以上のものはないと思うよ」
「そうだね。あの鞄が見つかった場所へ行こう」
『あっち!』
ラミィは金色の角を光らせて生い茂っている方へ指をさし、てくてく歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
太陽と雨の恵みによりすくすく成長した木々は天を仰ぐほど高く、太陽が天辺から少し傾いた時間でも、差し込んだ光は木の影を鮮明に落す。
只の雑草も大自然の恵みによって人間の膝や腰まで伸びている。
「何回も言っているけど、案内役がいなかったら完全に迷子になるよ」
カーリージェリーは大きい剣をぶんと振って、目の前の草をざっくりと刈り落とした。
「そうだね」
ランスディールも剣の刃で草をざっくりと刈り落としながら進んでいる。
(まだ明るい時間帯だからいいけれど、夜だったらさすがに怖いな)
木々は動物のように個性などない。だから、方向感覚を狂わせるほどに周囲の景観は同じ。
ランスディールは地元住民が『ただの森』を迷いの森と言う気持ちが理解できた。
ここは子供の冒険心をかきたてる場所ではなく、畏怖と困惑を与える場所だ。
『まだ真っ直ぐ!』
ラミィは二人の後ろから方角を念話で教える。
草刈り。
進行。
草刈り。
進行。
「「……」」
ランスディールとカーリージェリーは黙々と草を刈る。
二人の頭上で鳥が鳴いて羽ばたいた。
野生動物の鳴き声以外聞こえてこない広大な森の中で、ラミィが突然ぴたりと歩みを止めた。
耳がぴんと立って、何かの音を拾った。
『ランス! 逃げる!』
「え?」
ランスディールが振り返ると、ラミィは『早く!』と念話でせっついてきた。
ランスディールの空いている手をぐいぐい引っ張る。
『今ならまだ間に合う! 隠れる!』
ラミィの念話が送られてきたのと、地響きを感じたのは同時だった。
「「!」」
『こっち!』
ラミィが先頭を駆けて誘導し場所を探す。周囲に目を配り、できるだけ足音を殺す。
ランスディールとカーリージェリーを気遣う余裕がないようで、ラミィの走力がだんだん早くなっていき距離があく。
ランスディールとカーリージェリーは見失わないように、食らいつくように追いかける。
ラミィが『ここ!』と念話を送って、飛び降りて身を隠した。
窪地のような形の場所で、土砂崩れでもあったのか、木の根が土から飛び出している。
ランスディールとカーリージェリーは走ったままの勢いで飛び降りて、形状に沿うように体を隠す。
耳が震えているラミィをランスディールは抱き寄せた。
ラミィはランスディールの服をぎゅっと掴む。
「ラミィ。万が一見つかったら先に逃げるんだよ」
ランスディールはラミィにささやく。
『ラミィはランスのお守りする!』
ラミィは金色の角を光らせた。
言葉では強がってはいるが、恐怖のあまり、その光は弱々しかった。
ラミィは人間よりも気配も聴覚も優れている。よって、歩くたびに地響きをたてる主が解るのだろう。
「それはただの口実だから。逃げるんだよ」
いいね、とランスディールは念を押す。
地響きが次第に大きくなって近づいてきていることが肌で分かる。
細かい土の屑が振動によって転がり落ちた。
張りつめた重苦しい空気に呼吸がしづらい。
(あの、巨大な狼型の魔獣なのか……)
ラミィの様子を見て恐らくそうなのだろうと思った時、地響きの主が咆哮し、木々の枝葉が揺れた。
『!』
「「!」」
(やっぱり浅慮だったか……)
ランスディールは運の悪さではなく、考えがあまかった自分を呪いたくなった。
脳裏に、自分とラミィとカーリージェリーが血だらけで倒れる姿がよぎった。
(何の収穫もないまま引き返すのはいい。でも全滅はだめだ。ラミィだけは何としてでも母上の元へ帰さないと)
通り過ぎてほしいと、ランスディールは母なる神に祈る。
「「……」」
長い沈黙が降りる。
体が彫刻のように固まるくらいの時間が過ぎたころ、地響きの主が威嚇するような声を発した。
『!』
「「!」」
そして、地響きがだんだんと遠くなっていく。
(助かった?)
ランスディールはちらりとカーリージェリーを見た。
カーリージェリーは状況が変わったことを感じ取って顔を上げて、耳を傾けている。
『ランス。今のうちに逃げる!』
カーリージェリーが答えを出すより早く、ラミィが顔を上げて退却を促す。
ラミィの耳の震えは止まっていた。
お読みいただきありがとうございました。
沢山の作品がある中で、自分の作品を読んでくださった方がいると思うと、とても嬉しいです。
とても励みになります!
今後もよろしくお願いします!
高評価、いいね、ブックマークよろしくお願いします!




