17話 白うさぎの里 ②
その日、女王ヴィヴィと白うさぎの獣人たちは里の近くで果物を採取していた。いつもと変わらぬ穏やかな時間だった。
しかし突然、魔獣の唸り声が聞こえ、女王ヴィヴィたちは一斉に耳をぴんと張って距離を推測した。
『里に戻るぞ!』という女王ヴィヴィの指示により、その場にいた全員が全力疾走で里に戻った。
里に戻った女王ヴィヴィが全員いることを確認すると、もともとあった結界にさらに結界を何重も張って警戒体制に入った。
その直後に 狼型の魔獣が群れで里に現れた。怒り心頭と言いたげに、狼型の魔獣たちは唸って女王ヴィヴィと同胞たちを睨みつける。
女王ヴィヴィたちは基本的に、里と里の周囲が生活範囲である。よそから怒りを買うようなことはしていない。
一触即発のようなぴりっとした空気が里に流れる。
女王ヴィヴィに緊張が走り、白うさぎの獣人たちは恐れて身を寄せ合う。
女王ヴィヴィの結界により、里に入れない狼の魔獣は怒りに任せて咆哮。体当たりする狼の魔獣もいれば、口から火を拭いて結界を壊そうとする狼の魔獣もいる。
弱肉強食の世界では白うさぎの獣人は小型で下位である。そのため、魔獣に狙われることもしばしばある。
その立ち位置により、身を守るために攻撃よりも防御に徹することが多い。
『風を起こして追い払うのじゃ!』
女王ヴィヴィは風属性もつ同胞に指示を出す。
女王ヴィヴィの声に風属性をもつ白うさぎの獣人たちは数少ない攻撃型の風を起こして、魔獣を追い払った。
「狼型……」
(里では巨大な狼型の魔獣。逃げていたときは中型の狼型の魔獣だった。広大な森で何かが起きている?)
『ランスディールよ。これを見てほしいのじゃ』
ランスディールが思考に入ろうとしたところを女王ヴィヴィは止めて、自分が寝床にしている穴蔵へ駆けて行き、古びた何かを持ってきた。
明らかに冒険者が使っている革製の鞄だった。
保存食を入れる袋、一部が壊れた手提灯、折れた弓の矢などだ。
「これをどこで?」
「黒うさぎの里の近くで見つけたのじゃ」
『……』
着替え終わって穴蔵から出てきた黒うさぎのちびは手提灯をじっと見つめる。
『ちびよ、見たことがあるのか?』
『その四角いの、ルルテを追いかけてた『悪い冒険者』が持ってたのと一緒』
黒うさぎのちびは壊れた手提灯を指した。
ランスディールはカーリージェリーを見る。
「手提灯は冒険者なら誰でも持ってる。個人を特定するには厳しいな」
カーリージェリーはそれだけじゃあなと、腕を組んで言った。
「この鞄の中で個人を特定できそうなものは?」
ランスディールの質問にカーリージェリーはしゃがんで鞄を漁る。
「冒険者が首に下げてる登録証があれば一発なんだが……。ん?」
カーリージェリーは鞄の中から小袋を見つけ出して、そしてそれを厳しい目で見る。
「……お香だ。あたしがこの前組んだ冒険者のリーダーが持っていたものと同じやつだ」
「女王ヴィヴィ。具体的にどこで?」
『えっと……。どこじゃったかなぁ』
ランスディールが真っ直ぐ見つめて問うと、女王ヴィヴィが明後日の方向を見て動揺した。
(それも言えないのか)
ランスディールがカーリージェリーを見ると、彼女は察して頷いた。
「女王ヴィヴィ。このお香は魔獣をおびき寄せるものです。以前このお香で、手っ取り早く魔獣討伐をしようとした冒険者たちがいました。彼らは自分たちの実力では倒せない魔獣を数多く誘ってしまい、街に逃げ帰ってきたのです。その時に魔獣も街にやってきて大騒ぎになりました。誰が持っていたのか調べる必要があります」
預かってもいいですか、とランスディールが聞くと女王ヴィヴィは頷いた。
「ちびが見たっていう場所も行けるなら行ってみた方がいいだろうね。もしかしたら何かしら痕跡があるかもしれない」
カーリージェリーの意見にランスディールもそうだねと頷いた。
◇◇◇◇◇◇
『今日は歓迎会じゃ!』
女王ヴィヴィが腰に手を当て、数回金色の角を光らせて音頭をとると食事が始まった。
すでに夕日が沈んで辺りは闇夜。
焚き火を囲むようにランスディールたちと白うさぎの獣人たちは腰を下ろしている。
ランスディールやカーリージェリーの前には、白うさぎたちからわけてもらった生の果物と木の実を乗せた木製の盆が地面に直接置かれている。
平たくて縁が浅く、人の国では物を運ぶ盆として使われているが、白うさぎの里ではお皿として使われている。
飲み物は近くにある川の水。
白うさぎの獣人でも扱える大きさの桶で、必要があれば川からその都度汲んでくるようだ。
その汲んできた水を木製の木杯に入れて差し出された。
広大な森の中ではあるが昨日とは違い、女王ヴィヴィの結界の中。
魔獣からの襲撃がない限りは、雑談をするくらいの気の緩みは許せる。
「へえ。アヴァベルルークスからの贈り物ねえ。あの勇者だよね? ドラゴンを仲間だけで倒したっていう」
客人を地べたに座らせるのは失礼だから、と女王ヴィヴィが持ってきた敷物は人の手で織られた絨毯。
「そうだね。三百年くらい前かな」
「けっこう上質だな。厚みもあって色鮮やかで図柄は綺麗だし」
カーリージェリーは絨毯に手を滑らせて感想を言った。
ランスディールが真ん中に座り、両端はカーリージェリーと黒うさぎのちび。
ちびが着ている幼獣用のワンピース型の服は体の大きさに合っていて、袖と裾には刺繡も入っていて可愛らしい。
髪も体も洗ってもらったようで、艶のある闇夜のような黒い髪がきれいだ。
襤褸切れ同然の服は大きすぎて肩が見えていて、物乞いの子供のようであった。
ラミィは黒うさぎのちびの隣に座っていて、果物を咀嚼しながら同胞と念話で会話している。
「私の国は祖国だから子供向け用も大人用の本もある。本人の自伝もあるよ」
「あたしの親は本も教養も興味なかったから登場人物の名前と大雑把な内容しか知らないな」
『楽しんでおるか!』
女王ヴィヴィがゆっくりとした足取りでランスディールに声をかける。
ランスディールは楽しんでいますと微笑んだ。
「木の実と果物ありがとうございます。冬に備えての備蓄用だったのでは?」
『いいや。普段用じゃ。気にするな! して、アークスの話をしておったか?』
「ええ。一番の武勇伝はやはりドラゴンの討伐ですよね?」
『うむ! さすがのアークスも実物を前にして弱腰になったがのう。我が活を入れたわ!』
女王ヴィヴィは金色の角を光らせ、腰に手を当てて胸を張った。
その姿が可愛らしくて、ランスディールもカーリージェリーもくすりと笑う。
「……確か、街の人々はこれ以上ドラゴンの襲撃を受けたら街が崩壊する、家族が皆ドラゴンに食われてしまうと悲観に暮れていた。それを防ぐため、街娘が一人、供物として縄で縛られているところをアヴァベルルークスは目撃した――」
カーリージェリーは手を顎に添えて、記憶を掘り起こすように話し始めた。
『そんなことをしてもドラゴンには通じない! 魔獣は肉食動物で倒さないとだめなんだ!』
アヴァベルルークスは止めろ、その娘はそんな死に方をするために生まれてきたわけじゃないと、街の人々に訴える。
しかし街の人々は誰もがドラゴンに怯え、思考がおかしくなっていた。自分たちさえ助かればいいと言う者までいた。
反対するアヴァベルルークスは街の人々に邪険にされ、よその人間が口を出すなと怒鳴られた。
『ドラゴンは弱肉強食の世界で頂点に君臨する魔獣だぞ。硬い鱗に覆われ、吐く炎は灼熱地獄。遭遇したら骨ごと溶かされて生きては帰れない。それでも行くのか?』
夜明けの朝。
宿屋の窓から見えるのは空が青白く、街が静まり返っている景色。
訳あってエルフ族の里をでた女エルフは、帯剣を腰につけたアヴァベルルークスに問うた。
『わかっている。俺はそれでも行く。孤児で身寄りがないからって、供物にしていい理由にはならないだろう。人の命の価値は身分じゃない』
アヴァベルルークスは食料や薬品などを確認して荷物を背負う。
『私もそれには深く同意します。私も一緒に戦います』
新人から一人前なったばかりの女神官が杖を握って頷く。
『俺たちは姐さんに従う。雇われている身だからな』
女エルフの用心棒として一緒に旅をしている男の槍使いと男の斥候役の剣士は指示待ち。
『ヴィヴィ、手伝ってくれるか?』
『うむ。大いに頼りにせよ!』
アヴァベルルークスに頼られた、女王になる前の白うさぎの人獣ヴィヴィは、胸を張って頷いた。
勇者アヴァベルルークス、愛称アークスは貴族の息子として生まれた。
アヴァベルルークスはある日、父親と喧嘩したことがきっかけで家を出て旅をする決意をする。
旅の過程で、新人から一人前になったばかりの女神官とエルフ族の里を出た女エルフ、女エルフの用心棒として一緒に旅をしていた男の槍使いと男の斥候役の剣士、女王になる前の白うさぎの人獣ヴィヴィという仲間ができた。
ドラゴンに襲われて、恐怖に怯えていた街の人々を救うべく戦って勝利したことで一躍有名な冒険者になり、他国でも知られる有名人になった。
「ドラゴンを少人数で倒し、生還して、一人の少女を助けたことが当時の国王に称賛された。家の格も当時は子爵家だったけれど、侯爵家になった。アヴァベルルークスの直系の男児は騎士になって今も国に仕えている」
女王ヴィヴィの初めての契約者はアベルアークスだよと、ランスディールは教えた。
「ん? ちょっと質問。契約って相手が亡くなっても有効なのか?」
カーリージェリーは白うさぎの獣人たちからもらった木の実を嚙み砕いて食べながら、ランスディールの話を聞いている途中で疑問が沸いたようだ。
「どちらか一方が亡くなると失効するらしいよ。私の国では精霊獣の情報は基本守秘義務だ。お店で契約条件を言ったのはそういう理由。
里を出て人の国で暮らす精霊獣は少ない。角を粉末にして飲めば不老不死になれるとか、誘拐とか生命を脅かされないための処置なんだ。
女王ヴィヴィが勇者アベルアークスと契約していたことが公表されているのは、当時、今のように厳しい守秘義務がなかったから」
カーリージェリーはそういうことかと納得した。説明されるまで、ランスディールの個人的な事情によるものだと思っていた。
歓迎会が終わって、焚き火の近くに座っているのはランスディール、カーリージェリー、黒うさぎのちびとラミィだけ。
ランスディールとカーリージェリーは敷いてもらった絨毯の上で一夜を過ごす。
ラミィと食事をしていた白うさぎの獣人たちは穴蔵に入って寝ている。
白うさぎの穴蔵は坂道のように隆起した場所に穴を掘って、その中に土や小石が体にあたらないよう絨毯を敷き詰めた巣穴だ。
子供の背丈と変わらない白うさぎの巣穴は暗くて、奥に行けば枝分かれしたような寝床がいくつも作られている。
ランスディールは黒うさぎのちびに穴蔵で休んでほしいと、女王ヴィヴィを通じて話をしたが、傍を離れたくないと潤んだ瞳で拒否された。
黒うさぎのちびはランスディールの隣で寝息をたてている。
黒うさぎのちびがランスディールのそばを離れないため、ラミィも絨毯の上で寝ることになった。
集められた枯葉と細長い枝で燃え盛る焚き火がぱちりと小さく爆ぜた。
ランスディールとカーリージェリーはまだ眠気がこないので、それまで焚き火を見ながら雑談している。
「私の国は白うさぎとは縁が深いからね。良き隣人でもあるし」
「国旗には白うさぎがあるんだっけ?」
「あるよ。何代か前の国王が広大な森に迷って十日間も遭難したんだ。その時に当時の白うさぎの王に助けてもらったそうで。それがきっかけで国旗は修正されて今の形になっている」
ランスディールが過去の歴史を語っていると、寝床に入ろうとした白うさぎの成獣たちが、カーリージェリーを物珍しそうに見た。
初めて自分たちの里に来たカーリージェリーはどういう人間なのか。警戒心よりも好奇心のほうが勝っているようだ。
「あたしはここでは珍獣のようだね」
カーリージェリーは向けられた視線が可笑しくて笑った。
「女王ヴィヴィが滞在の許可を出したこともあるだろうね。女王ヴィヴィは悪い人間を絶対に里には入れないって信じているから。だから、女王の責任は重たいんだ」
ランスディールが母親から教わったことを説明する。
「へえ。王ってことは王政なのか?」
「いや。人の世界の王政とは意味合いが少し違う。金銭を徴収して統治をしているわけではないし、権力闘争みたいなものもない。家族の家長に近いと思う。多種族と交流するときの窓口とか、問題が起きたときは方針を決めるとか。私たち人が女王と言うのは敬意の表しだよ。女王ヴィヴィとラミィをくらべてみるといいよ。女王ヴィヴィは『大人』にみえない?」
「うん、見えるな」
カーリーは即答した。勝手に五歳児呼ばわりした時の、ラミィのご立腹姿を思い出して、思わずぷっと吹き出す。
白うさぎの成獣たちは皆ラミィのように子供っぽいのかと思ったらそうでもなかった。
人にも個性があるように、白うさぎの成獣たちも多少の性格の差はあった。基本的に、果物と木の実を好んでいる所は一緒だが、カーリージェリーのように初見の人間を見た時の反応は、興味津々であったり、どう接したらいいのかうろうろして迷っていたりしていた。
人と契約している獣人でしか意思疎通が叶わないのもあるだろう。
ランスディールの説明を聞きながら、カーリージェリーは不思議な世界だなと言って、木杯を傾けて中の水を飲み干した。
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