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16話 白うさぎの里 ①

「あんたに任せるよ。あたしは専門外だからね」


 黒うさぎのちびを保護した翌朝。

 カーリージェリーはそう言って、黒うさぎのちびを今後どうするのかをランスディールに委ねた。今はランスディールからも黒うさぎのちびからも数歩離れたところで見守っている。

 支度を終えたランスディールは、しゃがんで黒うさぎのちびに手を差し出す。


「これからラミィの故郷、白うさぎの里へ行くんだ。一緒に行こう。きっと君を保護してくれる」


 すっかり通訳担当になったラミィが金色の角を光らせて黒うさぎのちびに伝える。

 黒うさぎのちびはランスディールの顔と手を交互にみる。本当にこのままついて行っていい人間なのかと、少しの警戒心と不安があるようだ。


(ちびは今まで人間との交流がきっとないんだ。ラミィがいても疑うことを止めないのはある意味で正しい。でも、このままだと先に進めない。……どうしよう)


 ランスディールと黒うさぎのちびは見つめ合ったまま、数分間の沈黙が流れる。

 様子を見ていたラミィが黒うさぎのちびに念話で何かを伝えた。

 黒うさぎのちびはとてとてと歩いて、小さい手でランスディールの指先をきゅっと掴んだ。




『守ってくれるの? 一緒にいてもいいの?』




 黒うさぎのちびの角が弱々しく光る。まるで不安を表わしているようだ。

 朝日に照られた夜空を連想させる青い瞳が揺れて、すがるようにランスディールを見上げる。



『ランス。守ってくれる? 一緒にいていいかって聞いてる』


 通訳担当のラミィがランスディールに念話で黒うさぎのちびの言葉を伝える。



「守ると約束するよ。一緒に里に行こう。必ず、ラミィの故郷に連れて行くから信じて」



 通訳担当のラミィが金色の角を光らせて伝えると、黒うさぎのちびにはもう不安はないようでしっかりと頷いた。


「一人で怖かったよね。もう、大丈夫だから」


 ランスディールがそっと黒うさぎのちびを抱きしめて優しく頭をなでる。

 ランスディールは子供のころに母親に抱きしめてもらって安心した記憶がある。

 ラミィも契約主である母親に抱きついて、頭を撫でてもらうと嬉しい表情をする。

 だからこうして抱きしめて頭をなでてあげれば、少しは不安が解消されるはずだと思った。


『⁉』


 黒うさぎのちびは驚いてびくっとしたが、やがてされるがまま大人しくしていた。

 優しくて温かい手が心地よいのか、嬉しそうに目を細めた。

 もう一人にはなりたくないと言うように、黒うさぎのちびは小さい手でランスディールの服をぎゅっと握った。




 ◇◇◇◇◇◇ 




 広大な森の中を進んでいくと、川底まで見える清らかな川が現れた。

 台車一台分くらいの幅の川の両端には苔がびっしりと生えた大きい岩がごろごろ転がっている。川を住処にしている小魚は、獣人と人間の気配を察知して岩場のすき間に隠れた。


「この先が『獣人が住む森』の入口だよ」


 岩と岩の間に川を横断するように倒れている倒木を軽快に歩いて行くラミィを見ながら、ランスディールは滑り落ちないように慎重に進んでいく。

 黒うさぎのちびは裸足なのでランスディールが抱きかかえている。

 カーリージェリーは殿として最後に渡り歩いた。視線の先に今にも崩れ落ちそうな、廃墟の入り口にも見えるアーチ状の石柱を見て、うわぁと呟いた。


「これが入り口か? 随分ぼろぼろだな」


 『ただの森』と『獣人が住む森』の境界線は柵のようにずらりと埋められた石票。これは教会が母なる神から告げられたと公言して埋設した。

 アーチ状の石柱の上部は長年にわたり雨風にさらされた結果、脆くなった部分が崩れ落ちていた。

 石柱に彫られた文字は苔や蔦が絡んでいてほとんど読めない。

 ラミィが石柱に触れると、アーチ状の空洞になっている部分に透明な水が波紋を起こしたように波打って『精霊獣が住む森』への入口が開いた。


「何をしたんだ?」


 瞬きを一、二回したら終わってしまうくらいの、あっという間に起きた現象にカーリーは意味が分からなかった。


「分かりやすく言うと、扉を開けたんだよ」

「そのまま通り過ぎることができないのか」

「できるけれど、その場合は侵入者扱いをされてしまうね。手荒な歓迎を受けて命を落としても文句は言えない。透明だから何もないように見えるけれど、警報の役割もあるんだ」


 ランスディールは黒うさぎのちびを抱えたまま、背負い袋を背負い直してカーリージェリーに説明する。


「へえ……」

「エルフ族も使っている魔法の一つらしいよ」

「この森にいるのか?」

「どこかに里はあるみたいだけれど、私も詳しくは知らない」


 疎外感が強いと聞くエルフ族。ランスディールが知っているのは母の養い親の祖母だけだ。

 ラミィを先頭にランスディールたちは道なき道を進んで、広大な森の中腹に位置する白うさぎの里にたどり着いた。





「お久しぶりです、女王ヴィヴィ」


 ランスディールは膝をついて挨拶をした。


『うむ。久しぶりじゃ、ランスディールよ。変わらず笑顔がきらきらしているのう』


 白うさぎの獣人、女王ヴィヴィは里の中で一番背が高く、金色の角のつけ根には装飾が施された黄金の輪を王冠代わりにはめている。

 胸を張るように堂々とする姿はどこか可愛らしい。


「ありがとうございます」


 ランスディールが女王ヴィヴィに挨拶している間、ラミィは久しぶりに会った同胞に囲まれてお互いに念話で再会を喜び合っていた。丸くてフワフワしている白い尻尾が振動のように揺れている。感情が高まると現れる動作だ。

 カーリージェリーはランスディールの後ろに立って、女王ヴィヴィとラミィの様子を交互に見ていた。


「今回もラミィの里帰りできたのですが、相談もありまして」


 ランスディールは抱きかかえている黒うさぎのちびを下して女王ヴィヴィに紹介する。


「ちびといいます。まだ成獣していないそうなので母なる神からまだ名前をもらっていないそうです。昨日、狼型の魔獣に襲われているところを遭遇しまして助けました」

『そうか。よく助けてくれた。礼を言う。同胞よ、大変だったな』


 女王ヴィヴィは襤褸切れ同然の服を着ている黒うさぎのちびを見て同情し、怪我はしていないか、お腹は空いないかと念話を送る。

 黒うさぎのちびは大丈夫と小さく頷いて念話を返した。

 ランスディールは当然のことをしただけですと返した。


「ちびの里がどこか知りませんか? 人間の立ち入りが難しいなら近くまででもかまいません」

『……里には連れていかない方がいいと思うのじゃ』


 女王ヴィヴィの表情が曇った。


『黒うさぎの里には大型の魔獣がいるのじゃ』

「それはちびから聞きました。今でも、ということですか?」

『うむ』

「ちびから同胞はエルフ族の里に行くと言っていたそうですが」

『それは……。そう、なのか』


 女王ヴィヴィは視線をそらした。

 明らかに何か知っていそうな雰囲気だが、今の段階では人間に言えない情報なのだろう。

 ランスディールはそう思って追求は諦める。


「あの、早速で申し訳ないのですが余っているは服ありませんか?」


 保護してもらえることにほっとしたランスディールは女王ヴィヴィに相談する。


『あるぞ。のう、ちびを寝床に連れていてほしいのじゃ』


 女王ヴィヴィが金色の角を光らせて、近くにいた同胞に念話を送る。


 『いいよ』と女王ヴィヴィに念話を送り返した二体の白うさぎの獣人は黒うさぎのちびに近づいて腕を伸ばした。


『⁉』


 黒うさぎのちびは耳をぴんと張って、慌ててランスディールに抱きついた。


「ちび、大丈夫だよ」


 黒うさぎのちびは誰とも契約していないから話しかけても意思疎通ができないことはわかっていた。しかし声音を聞けば大体は何を言っているかの予想はわかるだろうと思い、ランスディールはできるだけ柔らかい表情で優しく子供に言い聞かせるように言った。


『どうしたのじゃ?』


 女王ヴィヴィは金色の角を光らせて黒うさぎのちびに念話を送る。


『一緒がいい……』


 黒うさぎのちびは小さい角を淡く光らせて、切なげに訴える。


『ランスディール。そなたと一緒にいたいそうじゃ。幼獣は成獣になるまで同胞の成獣たちに育てられる。同胞の成獣たちが親代わりになり、幼獣は成獣になるまでは誰かのそばにいるのじゃ。じゃからあまり一人になることはないのじゃ』


 女王ヴィヴィが黒うさぎのちびはランスディールにそれを求めていると付け加えた。


「わかりました。女王ヴィヴィ、後ろにいるのは護衛の剣士のカーリーです」

『うむ。そなたも同胞を助けてくれたのであろう? 礼を言う。ゆっくりとしていくがよい』

「! ……ありがとさん」


 女王ヴィヴィから送られた念話が直接脳内に届く。

 まだ慣れないカーリージェリーはおっと一瞬驚いて肩が上がった。後ろから突然、わっと大声で驚かされたくらいの強い印象が残る。

 ランスディールとラミィのやりとりは何度も見ている。ランスディールは人間同士の会話のようにふつうに受け答えしているが、見るのと実際に受けるのとでは結構差があるなとカーリージェリーは思った。





 ランスディールは黒うさぎのちびの手を引いて穴蔵まで連れていった。


「ここは大丈夫ですか? 何か変わったことはありませんか?」


 黒うさぎのちびが穴蔵で着替えている間、ランスディールは女王ヴィヴィに里の現状を聞いた。


『つい最近、我らの里にも魔獣が現れて追い返した』


 女王ヴィヴィの眉間にしわが寄る。苦々しい表情で語り始めた。




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