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15話 広大な森②

 突然、大型の魔獣が里にきて火を吹いて里を焼かれてしまったこと。

 自分は黒うさぎの王に逃げるように言われ、茂みに隠れながら逃げていたこと。

 逃げている途中で『悪い冒険者』を見かけたこと。

 その後に同胞と合流できたが、『悪い冒険者』が同胞を追いかけていて、さらに里を襲った大型の魔獣まできて、自分は仲間から一人で逃げろと言われて逃げていたこと。


『う……うっ……』


 涙が止まらない漆黒の角をもつ黒うさぎの頭をラミィは慰めるように撫でる。

 基本的に獣人の生活領域は里の周囲である。

 怖い思いをしたうえに、慣れ親しんだ場所から離れて、さらに傷だらけの中一人でここまで寂しさと不安を抱えてながらの逃走は辛かっただろう。


「……それは、大変だったね」


 ランスディールもカーリージェリーの目にも、悲しみと同情の色が浮かぶ。


「どうするんだ? 一度街に連れて帰るのか?」

「それは無理だ。契約をしていない獣人を連れて歩くのは違反行為になる。検問時には必ず誰と契約しているのか契約証明書を見せるよう求められる。このままラミィの故郷へ連れて行く。毛色が違っても同胞にかわりはないから保護してくれるはずだ」


 ランスディールは白うさぎの里にいる女王に頼ることに決めた。


「歩けるかい? 無理なら私が抱えていくよ」


 ランスディールは双子の姉妹に見せる優しくて甘い表情で漆黒の角をもつ黒うさぎに聞く。

 ラミィが金色の角を光らせて念話を送ると、漆黒の角をもつ黒うさぎは迷いを見せた後、自分で歩くとラミィに念話を返した。



◇◇◇◇◇◇



「寝ちゃったね」


 焚き火の近くに黒うさぎのちびが寝ている。緊張の疲れが解かれ、一気に疲労が押し寄せてきたのだろう。

 黒うさぎのちびはランスディールの外套を敷物代わりにして座り、ランスディールからラミィへ渡された白湯を受け取って飲んだ。さらに消化の良い粥を少し食べたら寝てしまった。


 ランスディールはあの場所から移動して、白うさぎの里に向かって歩く傍ら、焚き火に使えそうな小枝を拾っていた。そして、すぐ近くに川辺があるこの場所で焚き火を炊いている。

 暦では季節は夏から秋への知らせが渡ったが、草木はまだ青さを保っている。それでも夜ともなれば空気はひんやりとしていて、服のすき間を狙って入り込んだ冷気が肌寒さとなって体温を奪ってくる。

 手つかずの自然の中で野宿をすることは、寒さと魔獣への警戒と食料問題との戦いだ。

 辺りはすっかり闇に包まれて、夜空には星々が輝いていた。

 川辺で拾ってきた石を焚き火の周囲に並べ、その上に棒を組んで水を入れた鉄製の鍋で湯を沸かしていた。


 ランスディールとカーリーが携帯食で簡単な食事を済ませて白湯で体を温めていると、ランスディールの隣に座っているラミィがじっとランスディールの顔を見ていた。

 ランスディールは気づいていないふりをして焚き火を見つめていた。


『ランス! ジャム!』

「……」

『ランス! ジャム!!』

「昨日、我慢って言ったよね?」

『お腹すいた!』

「さっきごはん食べたでしょ」


 ランスディールは木の実と露店で買った林檎をラミィにあげていた。

 ラミィの主食は果物と木の実。しかし、人間の世界に来て色々なお菓子を食べたラミィの好物は果物のジャム。

 ラミィは頬を膨らませて金色の角を光らせ、ジャムを食べてないから自分は空腹で不機嫌であることを訴える。

 しかし、ランスディールは取り合わない。目線も合わせず焚き火を見続ける。


「ジャム? 白砂糖で煮詰めた?」


 カーリーはラミィとジャムがどういう関係なのか想像が出来ず眉間にしわを寄せる。


「そう。ラミィには一日一瓶のジャムをあげるっていう契約に近い約束事があって」

「はあ」

「獣人には人間のような文化はないんだ。原始的な生活だから火を使った料理を知らないし、ジャムみたいに自分たちが作れない甘いものは好きになることが多くて。他にも硬貨や材料と材料を掛け合わせて作られる道具や武器も知らない。だから、獣人は人間を恐怖の対象にする」

「……」


「突然、自分たちの知らない武器ものを使って攻撃されたら怖いだろう。人と契約を交わしていない獣人は念話を人間に送ることができない。意思疎通がないからなんでそんなことをされるのかわからない」

「そうなのか」


「そう。……えっと基本的な説明なんだけど、獣人は地、水、火、風、光、闇のいずれかの自然界の属性をもっている獣だから別名精霊獣とも呼ばれる。獣人はみんな念話で会話する。獣人と人間は言葉の成り立ちが違うから契約しないと、意思疎通ができない。

 この契約は獣人から人間へ施すもので、人間も了承しないと成立しない。正しい手順は獣人が自分の里の長、獣人は王と呼ぶんだけれど、契約したい人間を紹介して、王立会いのもと契約をするんだ」


「契約したら人間が獣人の言葉を理解できるようになるってことか?」

「獣人が人間の脳に念話を送れるようになる、が近いかな。

 石と水と波紋に例えると、獣人が石、水が人、念話が波紋。石が落ちて水に接触する。その時に水は波紋を作って波が外へ広がっていくだろう。その波紋が念話って言ったらわかる? 契約主を通じて念話が他の人間に届くんだよ」


「なるほど。一応わかった。ちなみに白うさぎは子供なのか?」

「いや、成獣しているよ。契約は基本成獣だから。ラミィは私よりも長くきてる」

「それで?」

『!?』


 どうやら自分が少々馬鹿にされたのがわかったらしく、ラミィは耳をぴんと張ってカーリーをじっと見て口がへの字になりむっとしている。


「白うさぎ、いくつなんだ?」

『ラミィだよ! 年はしならない! 数えたりしない!』

「じゃあ、今日から五歳だ!」

『違う!』


 カーリーが人差し指をラミィに向けると、ラミィは憤慨して猛抗議した。連打を打つように金色の角が激しく光る。


「っ!」


 カーリーが顔をしかめた。

 ラミィの連打による猛抗議がカーリーの脳内に直接響いて、まだ慣れない故の反応だった。


「慣れないうちは大変だと思うけど、可愛いから許してあげて」

「なんだ、その理由は? 甘いやつだな」

『ランス! ジャム!』


 もうこれはジャムを絶対食べないと機嫌が収まらないと言いたげに、ラミィはランスディールにジャムを催促する。


「だからないよ」

『ジャム――――!』


 再び連打を打つように金色の角が激しく光る。不機嫌がご立腹に変わったラミィはランスディールの腕をがしと掴んで袖口をかじりだした。


「ちょっと、ラミィ!」


 ランスディールがぼろぼろになるからやめてくれと、ラミィの顎を無理やり掴んでのけぞらせる。


「あんたたち面白いねえ」


 年齢的には姉弟。精神年齢では兄妹の取っ組み合いにカーリージェリーが笑う。


『ジャムううううう!』


 ラミィが唸るように念話で催促するが、ランスディールはないよと裁判官のように宣告する。

 お互いに一歩も引かないでいると、ラミィが何かに反応して耳をぴんと張って振り向いた。

 ラミィの視線の先、焚き火の近くで寝てしまった黒うさぎのちびが薄っすらと目を開けた。


「ラミィ、具合を聞いて」

『……わかった』


 立腹さは残っているものの、ラミィも黒うさぎのちびを心配していたので、金色の角を光らせて念話を送る。


『⁉』


 黒うさぎのちびは、びくと肩をあげて驚いた。

 ランスディールとカーリージェリーを交互に見てうろたえる。


「ラミィ。僕たちがちびを助けたこと覚えているか聞いてくれる?」

『わかった!』


 ラミィが金色の角を光らせて念話を送ると、黒うさぎのちびはうんと頷いた。

 それから、ラミィと黒うさぎのちびの間で何回か念話のやりとりがあり、黒うさぎのちびは落ち着きを取り戻した。


「ラミィ。お腹が空いていないか聞いて。粥ならまだあるから」


 ラミィが念話を送ると黒うさぎのちびはうんと頷いた。

 ランスディールはお皿に粥をよそってラミィに渡した。

 ラミィがお皿を受け取ると、ラミィが匙をもって息を吹きかけて熱を冷まし、黒うさぎのちびの口にもっていく。

 黒うさぎのちびは小さい口を開いてもぐもぐ食べる。

 黒うさぎのちびの里では人との交流がないので匙の使い方がわからない。だから、ラミィが食べさせてあげていた。

 狼型の魔獣に追いかけられて疲労はまだ残っているだろう。それによって胃が不調であってもおかしくはない。いきなり固形物を胃の中に入れない方がいいと思った。


「林檎食べる?林檎ならよく咀嚼して食べれば大丈夫だと思うけれど……」


 ランスディールはりんごは疲れた時に食べるとよいと母親から教わった。

 ラミィが通訳して黒うさぎのちびに念話を送ると、黒うさぎのちびは頷いた。

 ランスディールは林檎をナイフで薄く切ってそれをラミィへ渡す。

 黒うさぎのちびはランスディールからラミィへ渡された林檎を受け取って少量ずつ食べ始めた。



 赤く燃える焚き火が小さく爆ぜる。

 ランスディールは黒うさぎのちびの様子を見ながら、ラミィを連れて行きなさいと言った母親に感謝した。

 そもそも母親がラミィの里帰りを言いださなければ、黒うさぎのちびは助けられなかった。

 ラミィの慰めのおかげもあって、黒うさぎのちびが突然逃げ出すことも暴れ出すことも泣き出すこともない。

 林檎を食べ終えると、また眠気がきたようで黒うさぎのちびの目が半分閉じていてうとうとしていた。


「ラミィ、今夜は一緒に寝てあげて」


 ランスディールは使っていた自分のひざ掛けをラミィに渡す。


『わかった!』


 受け取ったラミィは黒うさぎのちびにもかぶせて布団代わりにした。お互いの温もりを求めるようにくっつく。


「なんか姉弟みたいだな」

「そうだね」


 微笑ましい寝姿に穏やかな空気が流れる。

 ランスディールは露店で林檎売っていた女店主の話を思い出し、手を口に添える。


「カーリーが一緒にいたパーティーの人が持っていたお香ってどこで使ったか覚えてる?」

「遺跡の近くだ。昨日、今日お前さんと歩いてきた場所じゃない。方角が違う」

「そうか」

「関係があるのか?」


 ランスディールは首を横に振る。


「いや、ちょっと気になったから聞いただけだよ。方角も場所も違うなら関係性は低いだろうなって思うけど」


 二人の間に静かな沈黙が流れる。

 また、焚き火が小さく爆ぜた。

 ランスディールは視線を小さい二つの山へ向ける。

 ランスディールは年齢がまだ一桁だった子供のころ、ラミィと一緒に寝たことを思い出した。寝台が子供の自分には広すぎて、寂しくてなかなか寝付けなかったある日の夜。なぜかひょっこりラミィが部屋に入ってきて、並んでくっついたらいつの間にか寝ていた。

 父親は国境、母親は社交と自分のお店の管理で忙しく家にはあまりいなかった。寂しくてかまってほしいことが言えなかった子供時代。生まれた時から家族同然で一緒にいるラミィに何度も寂しさを救ってもらった。


(ちびもきっと、ずっと一人で怖くて寂しかっただろう)

「ランス。おい、ランス」

「え?」


 ランスディールははっとしてカーリーを見る。いつの間にか子供時代を思い出し感傷的になっていたようだ。


「先に寝なよ」

「いいの?」

「ああ。こういうのは慣れてる」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 四刻経ったら起こしてと言ってランスディールは眠りに落ちた。



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