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14話 広大な森①

戦闘シーンがあります。



 太陽の光が広大な森を明るく照らす。

 小鳥のさえずりと木々の葉と葉のすき間からこぼれて差し込む光と清らかな空気が遠足に来たかのような錯覚を起こさせる。

 しかし実際は、膝下まで無造作に生えた草木や道なき道を歩いているので迷いの森に入り込んだ童話を思い出させる。

 ランスディールとラミィとカーリージェリーは白うさぎの里に行くため、『ただの森』の中を歩いていた。


「頼もしい背中だね」


 方向感覚がわからなくなるほど右も左も木々だらけの中を、迷いを見せることもなく胸を張って歩くラミィにカーリージェリーは感心する。


「何度も通っている道だからね」

「あたしにはわかない感覚だね。遺跡に行くときは目印がないと迷いそうになるよ」

「地元住民の人は『ただの森』を迷いの森っていうみたいだね」


 子供は好奇心旺盛だ。未知なる世界にも見える広大な森は幼い子供の冒険心を刺激し、普段味わえない高揚感を与えてくれる。

 地元住民の大人は子供たちが面白がって広大な森に安易に入らないようにそう教える。


「ああ。昔も今も地元住民はそう言って広大な森を恐れて年に一度鎮魂祭をやっているね。ある場所に祭壇があって豚や鶏、果物を納めるらしいよ」


(その納めたものはきっと魔獣が食べるんだろうな。お腹を空かせた魔獣の空腹を満たせれば、街が襲撃されることはない)


 ランスディールもカーリーも魔獣に備えて金属製の鎧を身につけている。

 ランスディールは若手の剣士といった風だが、カーリーは見た目も相まって重戦士に見える。実際、カーリーの扱う剣はランスディールと同じ両刃ではあるが、厚みも長さもある両手剣だ。

 ランスディールの愛剣は両刃の片手剣。自身が中肉中背なので、一撃の重さの重視よりも薙ぎ払いと振り落としが速度をもって威力が増せる剣を選んでいる。

 荷物はランスディールとラミィがそれぞれ王都からもってきたものを背負って、カーリーも自身の荷物は背負っている。

 木々の中を歩いていると、川のせせらぎが聞こえてきた。


「ここだよ」


 馬で移動できない理由を目の当たりにしたカーリージェリーは頷いて納得した。

 ランスディールはネネクの宿に白馬を置いてきた。なぜなら、橋のない川を渡らいないといけないからだ。

 川幅は広く、渡る手段は川の中に転がっている大きい岩を踏み台にする、その一択しかない。


『ランス、先に行く』

「わかった」


 ラミィはカーリージェリーにお手本を見せるように飛躍して、岩の上をぴょんぴょん跳ねて渡った。


「私も馬で移動できるならそうしたいけれど、許可なく森に橋を作るとか、道を舗道するのは禁止されているからね」


そう言って、ランスディールはラミィに続いて助走して岩を足場にする。ラミィが踏み台にした岩を選んで向こう側へ渡った。


「よっ!」


 カーリージェリーもランスディールが足場にした岩を選んで、足を滑らせることもなく渡り切った。


「途中まで馬で移動してその場に置き捨てることなんてできないし、何より道が知られたら、それこそ質の悪い者達に里の居場所を教えるようなものだからね」


 ランスディールは後をつけられていないか周囲を見回しながら言った。

 カーリージェリーはそうだなと同意する。

 足を進めると、広大な森の上を羽が鮮やかな鳥の一群が鳴いて飛行している。

 カーリージェリーが景観を楽しむようにゆったりと歩いていると、がさがさと茂みをかきわける音が聞こえた。


「!」


 ランスディールとカーリージェリーが反射的な動作で剣の柄に手を添えて構える。

 ラミィはさっとランスディールの背後に移動して、耳をぴんと張った。


『む! 足音二つ! 来る!』


 ラミィが二人に情報を念話で送ったのと、茂みから幼児くらいの背丈の獣人が飛び出してきたのは同時だった。額に漆黒の角をもつ黒うさぎの幼い獣人だった。

 その後を追いかけて同じ茂みからでてきたのは、全身硬い鱗に覆われた狼型の魔獣だ。頭から背中にかけて針鼠のように硬い鱗が逆立っている。肉食で足が速い、四足歩行の狼型の魔獣で大きさは中型。


 どれくらいの距離を逃げてきたのか。漆黒の角をもつ黒うさぎは裸足で、肌が露出している部位はかすり傷だらけ。身に着けている服は襤褸切れ同然でやせ細っていて半泣きであった。


狼型の魔獣の鋭い爪が、漆黒の角をもつ黒うさぎの体を襲った。

地面に体を強く打って転がって倒れた。

傷口から血が流れている。

漆黒の耳はしおれるように垂れて震え、涙を流し、丸い尻尾は小刻みに震えていた。

狼型の魔獣は漆黒の角をもつ黒うさぎを仕留めるため口を開けた。

唾液が空中に飛散する。

黒うさぎは助けを求めるように、小さい漆黒の角を光らせた。


弱肉強食の世界で獣人の子供は狙われやすい。それは自然の摂理ともいえるが、ランスディールとカーリージェリーは剣を抜いて、漆黒の角をもつ黒うさぎを救うべく魔獣へ向かって走り出す。


「ラミィ! その黒うさぎの幼獣のところに結界を張って!」

『わかった!』


 ランスディールの指示に従ってラミィは手を前に突き出し、漆黒の角をもつ黒うさぎと魔獣の間に結界を張る。

 獣人の結界は『神の盾』と呼ばれ、神の恩恵によって得た能力は魔獣の物理攻撃も口から放つ炎も通さない絶対防御の壁となる。

 狼型の魔獣の鋭い爪は結界と衝突し弾き飛ばされる。それによって態勢も崩れた。

 その隙を逃さず、地を蹴った元傭兵のカーリージェリーが両刃の大剣を狼型の魔獣の腹へ体重を乗せた一閃を与える。


「やっば、こいつの硬いな! 斬り落とすのは無理そうだ!」


 カーリージェリーの一閃によって数枚の鱗が砕け散ったが、致命的な攻撃には至らなかった。感触から得た情報をカーリージェリーはランスディールに伝える。

 刃こぼれしそうだとカーリージェリーが愚痴ると、狼型の魔獣の死角方向からランスディールが片手剣を狼型の魔獣の首に向かって突き刺した。

 しかし、針鼠のように無数に逆立っている硬い鱗が行く手を阻み、剣先が思うように魔獣の筋肉の奥まで届かない。

 ランスディールが態勢を立て直すために剣を抜いたのと、狼型の魔獣が苛立つように吠えて、硬い鱗で覆われた尻尾で追い払うように勢い任せに振るったのは同時。


「……っ!」


 成人男性の腕の長さ程もある、硬い鱗に覆われた尻尾の先がランスディールの顔をかすめる。とっさに首を捻って顔をそむかなければ見た目以上の一撃を顔面に受けていただろう。


(見た目に騙されたらやられる!)


 重たそうに見える硬い鱗で覆われた尻尾。その見た目により速度はそんなにないだろうという甘い考えが、背筋に走った恐怖をランスディールに教える。

 狼型の魔獣は鋭い爪と牙と口から吐き出す炎を武器とする。

 人との対戦しか経験がないランスディールは苦戦を強いられ、戦闘が一進一退の攻防になる。

 ラミィは漆黒の角をもつ黒うさぎを結界で守っているため、自由に身動きができない。

 二対一の戦いではあるが、ランスディールは冒険者になったばかりで素人同然。まともに戦えるのは事実上カーリージェリーだけだ。


「カーリー! 私の剣では薄すい。無理だ!」


 斧のように分厚い刃を思いっきり振り落とさなければ仕留められないと判断したランスディールはとどめをカーリージェリーに託す。


「わかった! ライナスは注意を引きつけてくれ!」


 ランスディールが魔獣の正面に立つように回ると、魔獣はつかさず炎を放つ。


「!」


 ランスディールは体を反転するようにバックステップして回避する。

 ランスディールの役割はカーリージェリーが死角からとどめの一撃を与えられるように、魔獣の注意を自分に向けさせ続けること。

 相手は野生動物なので完全には難しいだろうが、今はやらなければならない。

 カーリージェリーが少しずつ間合いを詰めているのを視界に捉えつつ、ランスディールは魔獣へ斬撃を与える。

 半月を描くように振り下ろされた片手剣は風を纏って鳴り、魔獣の首から前足にかけての鱗が砕けた。


 砕けた破片が魔獣の目に刺さり、苦悶の声を発する。

 怒りに任せて魔獣が振り回した硬い鱗で覆われた尻尾がランスディールを捉えた。


「がぁ……」


 ランスディールは半身を強く打たれて吹き飛んだ。


『ランス!』

「だめだ、ラミィ!」


 動こうとしたラミィをランスディールは声を振り絞るように言って止める。

 守るべき対象をおろそかにしたら二人で戦っている意味がなくなる。

 魔獣が首を振って目に刺さった破片を振り落とそうと奮闘している。

 そこへ、じりじりと距離を詰めていたカーリージェリーが地を蹴って飛びかかるように、一気に大剣を狼型の魔獣の頚部に突き刺した。

 鍛えぬかれた筋力で強引にねじ込む。

 大剣から魔獣の血しぶきが噴き出す。

 狼型の魔獣は大きい口を開けたまま、断末魔のような悲鳴を上げて倒れた。




 

「終わった……?」


 ランスディールは肩で息をしていた。


「ああ。初陣にてはよくやって感じだな」

「……ありがとう」


 苦笑いで返したランスディールは立ち上がって、剣についた鱗の粉砕を振って落として鞘に収める。


「ライナス。証拠として牙と鱗を持って帰るぞ」


 冒険者の仕事を斡旋するギルドへ行き冒険者になる手続きを済ませた時、ランスディールはそのまま魔獣の討伐の依頼を受けてきた。


「それはお願いしてもいい? ラミィ、その黒うさぎの幼獣を治して」

『わかった!』


 ラミィは手に力を集中させて、傷だらけの漆黒の角をもつ黒うさぎへ治療魔法を施した。


「治療魔法ができるなんいいねえ」


 慣れた手つきで物的証拠を回収したカーリージェリーは羨ましそうに言った。


「練習が必要みたいだよ」

『ランス。同胞、怯えてる』


 ラミィが困ってランスディールに念話を送ってきた。

 ランスディールは漆黒の角をもつ黒うさぎを見つめた。


(どうしてこんなところに)


 ランスディールは精霊術師である母親から、精霊獣は『ただの森』に踏み入れたりはしないと教えられた。魔獣だけではなく、悪い冒険者もいるので行ってはいけないと教えられると。

 満身創痍で逃げていた様子を見るに、誤って『ただの森』に迷い込み、狼型の魔獣に目をつけられて逃げていた。もしくは『精霊獣が住む森』で良くないことが起こっていて、国に保護を求めてきた可能性もある。


 ランスディールが漆黒の角をもつ黒うさぎの前に片膝をつくと、漆黒の角をもつ黒うさぎはびくと体を震わせた。

 闇夜のような黒い髪に、朝日に照られた夜空を連想させる青い瞳。

 手足から見える白い肌は血の気が失せているように見えて弱々しい。

 額に生える漆黒の角は短く、裸足の指先は丸まっていて、人間への不安と恐怖からの現れで身が縮こまっていた。


「怖かったね。大丈夫だよ。私たちは君に危害を加えない。約束するよ」


 ランスディールは漆黒の角をも黒うさぎの幼獣へゆっくりと声をかける。

 ラミィが金色の角を光らせて、ランスディールが言ったことを漆黒の角をもつ黒うさぎへ念話を送る。


『……』


 漆黒の角をもつ黒うさぎは震える体を縮めたまま、朝日に照られた夜空を連想させる青い瞳を潤ませてランスディールを見つめる。

 酷く迷っていた。その言葉そのまま受け止めて良いのか判断がつかずじっとしている。

 何も返ってこないと、ラミィがまた困った顔でランスディールに助けを求める。


「私はランスディール。この獣人はラミィ。あそこにいるのはカーリージェリーだ。名前はなんていうの?」


 ラミィが困った顔のまま金色の角を光らせて、漆黒の角をもつ黒うさぎに念話を送る。


『ちび』


 黒うさぎは潤んだ瞳で、漆黒の角を弱々しく光らせてラミィに念話を返した。


『ちびっていう。ランス、ちびはまだ成獣していないから名前を母なる神からもらってない』


 ラミィは名前の由来をランスディールに教えた。


「そうなんだ。私たちも君のことはちびって呼んでも大丈夫?」


 ラミィが金色の角を光らせて通訳すると、漆黒の角をもつ黒うさぎのちびは頷いた。


「ちび、よろしくね。ラミィ。どうして『ただの森』にいるのか聞いてくれる?」


 ラミィは頷いて金色の角を光らせて念話を送ると、ちびはぽろぽろと泣き出した。

 ラミィは突然泣き出した漆黒の角をもつ黒うさぎにびっくりする。そっと自分の服の袖でちびの涙を拭いてあげる。

 黒うさぎは泣きじゃくりながら、漆黒の角を弱々しく光らせて語り始めた。




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