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13話 契約

 翌日ランスディールはラミィを連れて、ミトという飲食店を貸し切にして待ち人が来るのを待っていた。

 昨夜の肩透かしを食らったことをどう思っているだろうか。


(来るかな……)


 期待半分だろうな、来なかったらどうしようかとそわそわしそうな気持ちを落ち着かせる。


『む! 誰か来る!』


 席に座っているラミィが足音を聞きつけて、耳がぴんと伸びた。

 期待が叶ったランスディールは来てくれてありがとうございます、と笑みを向ける。


「あたしは兎に負けたのか?」


 鎧を身につけた元傭兵のカーリージェリーの第一声は、自分が敗北した相手を確認する問いだった。


 むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ。


 ランスディールの隣の席で果物を何度も咀嚼している白兎の人獣のラミィは、口の中いっぱいに詰め込んだ果実で頬が膨れている。それを咀嚼しながらカーリージェリーをじっと見つめていた。


「そうですね。この獣人は私が生まれた時から家にいまして。家族同然です」


 ランスディールが温かい目でラミィを見る。

 カーリージェリーは悲しいような、呆れたいような、ため息をつきたいような、いくつもの心情が重なった表情で脱力した。

 ラミィはカーリージェリーを見たまま、むしゃむしゃ、ごっくん、と果実を飲み込む。顔も視線もそのままで手に持っていた果実を食べ始めた。


「……」


 カーリージェリーは食い入るように見てくるラミィと目を合わせている。見つめ合う状況になっているわけだが、その視線が異様で、自分の過去や秘密にしていることまで全て透視しされている感覚に陥る。段々と顔が強張っていった。


「あたしの戦歴に、こんなちっさい兎に負けただなんて残したくないんだけどねぇ」


 矜持がカーリージェリーを奮い立たせた。異様な視線をはじき返すために、わざと挑発的な言葉を口にする。


『む!』


 カーリージェリーのちっさい兎発言にラミィは反応して、白耳がぴくりと動いた。

 童顔で可愛らしかったのに、一気に眉が寄って口がヘの字になり不機嫌になった。


「ラミィは私の家族なのでそこは諦めてください」


 ランスディールは苦笑いに似た表情ですみませんと謝罪して、カーリージェリーに真向いの席を勧める。


「改めまして。ランスディールと申します。隣にいるのは白兎の獣人でラミィといいます」

「あたしは昨日名乗ったから省くよ。あんた、どこかの貴族の子息だろう」


 カーリージェリーはランスディールに勧められた席に雑に座る。


「わかりますか?」

「そりゃあ、昨日の長ったらしい華麗な演技と話し方と物腰を見ればね!」


 カーリージェリーから嫌味を言われて、ランスディールはやりすぎたかと苦笑いした。


「出来れば隠したいのですが」

「もっと砕けた言い方にするんだな。平民育ちはそういう口調で話たりしない。朝市に行けば老若男女問わず人がたくさんいるから、そこで見て真似したらどうだい?」

「わかり……わかった。行ってみるよ」


 ランスディールは情報収集のため休みの日に出会った商隊の人を参考にして言い換えた。


「なんで昨日あたしの誘いにのって部屋まで入ってきた? 仕事の依頼なら冒険者ギルドを通せばできるし、あの席でも言えたと思うけど」


 ランスディールは店主が置いていった手書きのメニューをカーリージェリーに渡す。

 二人はそれぞれ店主に注文を頼んだ。


「一つは『精霊獣が住む森』に入ることになるから周囲には聞かれたくなかった。二つめはあなたがどういう人か知りたかったんだ。直接会って判断したかったから、冒険者ギルドは利用しなかった。実際に会ってみないとわからない事もあるでしょう。人前と身内では見せる顔が違う人もいる」

「そうだな」

「私は旅をするために騎士団を退団したんだ。始めたばかりなんだけれど。今回ついでにラミィの里帰りを頼まれて」

「その里は当然『精霊獣が住む森』で、その森には魔獣がいるから護衛が欲しかった」

「そう。ラミィの里はそんなに森深いところではないんだけど、もし遭遇した時のことを考えると戦力はあった方がいい。でも強ければ誰でもいいってわけじゃない。

兎の獣人は人間のように建前と本音を混ぜた会話をほとんどしないというか、苦手なんだ。里で共同生活しているんだけれど、感覚は里のみんなは全員家族っていう感じでね。食事もみんなで食べるし、寝るときもくっついて寝る」

「大家族みたいな生活ってことか」

「ああ、いい例えだね。初対面の時は警戒するけれど、この人は信用しても大丈夫って判断したら、その後は言葉そのままを受け止めてしまう。だから密猟者や質の悪い冒険者に捕まって、売り飛ばされてしまうことが昔は多かった。国々はその被害をなくすために広大な森を『ただの森』と『精霊獣が住む森』に分けて境界線をつくった」

「その話はあたしも聞いたことがある。昔は獣人のその角をすり潰して飲めば不老不死になれるっていう噂を信じた馬鹿な連中が大金をはたいて、闇市場で獣人を買っていたんだろう」


 人間は森の外に住み、獣人は森の中に住む。お互いの存在を尊著して生きていくために人間側が作った法律だ。

 そしてそれは少しずつ獣人側にも情報が広まって被害は少なくなっている。


「そう。だから裏表が少ない『付き合いやすい人』で戦力的にも問題ない人を探していたんだ」


 ラミィは二人のやり取りが続いている今も警戒してカーリーをじっと見ていた。


「ラミィ。カーリーは悪い人ではないから、気にせず食べてていいよ」


 カーリージェリーを警戒し続けていたラミィの頭をランスディールはなでる。契約主からランスディールのお守りを任されていることもあって、ずっと観察していた。

 ランスディールはラミィが食べ終えた果物の芯などの残骸をお皿の端によけてやる。その姿は妹の世話をする兄のようだ。

 ラミィはランスディールを見て頷き、警戒心を解いて青い皮の果実を手にとって美味しそうにむしゃむしゃ食べ始める。


「……なるほどね」


 カーリージェリーはラミィのころっと変わった態度を見て納得した。

 動物はみな警戒心が強い。

 ランスディールもそれをわかっていて、カーリージェリーに勧めた席はラミィから少し離れている。


「で? どっちだい?」


 カーリージェリーから結果を求められた。


「合格だよ。食事代と宿代、前金つきでどうだろう。期限は一年。一年後の成功報酬は前金を差し引いた分で」


 具体的にいくら、とカーリージェリーが目で問うとランスディールは、前金はカーリージェリーの生活費三ヶ月分、成功報酬は金貨四枚でどうだろうかと言った。

 民の生活圏で主に扱われているのは銅貨と銀貨で、ランスディールの国では一ヶ月分の生活費は銀貨十五枚から二十枚が平均。

 金貨は主に商人、貴族、王族の間で出回る硬貨で金貨一枚は銀貨百枚と同等の価値として扱われる。


「おっ! 気前いいねえ」


 予想を上回る金額だったようで、カーリージェリーは眉を上げて驚く。


「私の身元を明かさない。ラミィの存在をできる限り内密に扱うこと。さらに今後、追加で求められた規制分も含めて」


 ランスディールは真剣な表情で指を三本立てて、カーリージェリーに契約条件の同意を求める。

 傭兵を生業にしていた割にはカーリージェリーの人柄は良い方だと思っている。女性だからというのもあるのかもしれない。


(ラミィが特に言ってこないからこのまま暫定でいい。性格の相性はどうしてもお金では解決できないし。少し色をつけてでも成立させたいんだけど、反応的には了承かな)


 ランスディールが返事を待っていると、カーリージェリーは笑って握手を求めて手を出してきた。


「わかった。よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ランスディールも笑ってカーリージェリーの手を掴んだ。これで契約は成立した。

 成立して良かったと、ランスディールは胸をなでおろす。商売や誰かを雇うという経験がないランスディールは相場が詳しくなかった。

 宿屋の店主のネネクに聞いて相場を教えてもらい、ぶっつけ本番の交渉だった。


「ラミィ。カーリーが仲間になってくれたよ」


 ランスディールが嬉しそうにラミィに声をかけると、ラミィは食べるのを止めて、カーリージェリーをじっと見た後、額に生えている金色の一角を光らせた。


『よろしく!』

「! ……よろしく」


 ラミィから送られた、脳内に直接響いた念話にカーリージェリーは驚いたが、すぐ平常を取り戻し笑う。

 店主は空気を読んでいたらしく、会話にひと段落ついた二人に注文した料理を持ってきた。全て注文した料理がテーブルに並んで、ランスディールとカーリージェリーは食事を始める。


「じゃあ、契約が成立したところで続きの話をしよう。ラミィの契約者は私ではなく、母上なんだ。

『精霊獣が住む森』に入るには役所に申請書をだして受理してもらわないといけない。私は事前に手続きして受理してもらっている」

「あたし、やっとこないぞ」

「各項目に名前や住所などを書いて、身分が証明できるものを提示すればいい。そんなに難しくはないよ。一緒に行くから大丈夫。あと念のための確認だけど、ラミィの里は行って帰って七日から十日はかかる。請け負っている仕事、今はないよね?」

「ああ、ない。昨日あんたと会った日に終わった。ってなんで知っているんだ?」

「ちょっと知り合いに情報通がいて。そこから。そういえば店に入って来た時、機嫌が悪かったね」


 ランスディールはネネクのことを深入りされたくなかったので話題を変えた。


「ああ。あれは仕事じゃなくて、久しぶりに会った知り合いとね……」


 カーリージェリーはばつが悪そうに視線をはずす。

 昨日の今日だ。出会ったばかりのランスディールに、どうしたなどと友人のように詮索はしないでほしいのだろう。

ふった話題はまずかったようだ。ランスディールは答えやすい話に変える。


「カーリーは冒険者として主にどういった仕事を?」

「魔獣の討伐だね」

「その仕事だけで生活できる?」

「まあ、大物を何体か倒せば……ってあんた、冒険者になりたいのか?」

「興味はあるけれど、今は私自身の身分を隠したいから隠れ蓑に使わせてもらう。この後、冒険者ギルドに登録をしに行くよ」


 自分がどの程度冒険者としてやっていけるか試したい気持ちがないわけではない。意外と楽しければ冒険者という世界にのめり込んで、何年も家に帰ってこない事態になるかもしれない。


(いや、そうなる前にラミィが家に帰りたがるか)


 ラミィが『帰る――!』と騒ぐ姿が想像できた。

 ランスディールが隣に座っているラミィを見ると、果物に飽きたらしく今は木の実をぼりぼりと食べている。


「いや、本気だったらやめなって言おうと思って。本気で冒険者に夢見て飛び込んでくるやつがいるからさ。この世界は確かに夢と自由がある。剣一本でのしあがれば、周りからは称賛と羨望。学や教養がなくても実力があれば、富も名声も手に入れられる。けどその反面、己の身を己で守れないと命を落とす。学がなくて仕方なく冒険者やって生活しているやつも少なくはないし、生き残るために、弱い冒険者が強いパーティーに入ってこき使われる所も見たことがあるからさ……」


 目撃した時を思い出してカーリージェリーは、何とも言えない表情になる。

 弱い冒険者にも平然とこき使う強い冒険者にも他者がどうこう言っていい問題ではない。それが嫌だと言うのならカーリージェリーがその弱い冒険者を育てるか、面倒を見る覚悟をしなければならない。

 皆が皆、強いというわけではないとカーリージェリーは言う。その世界で生活している者だから見える裏の事情だった。


「私のいた世界でも似たようなことはあるよ。蹴落としたり、蹴落とされたり、取り巻きになって保身する人もいる」


 話を進めたいランスディールはカーリージェリーに問う。


「冒険者を登録するときに偽名って使える?」

「いや、それは無理じゃないか。冒険者ギルドだって役所の一部だろ。あ、でも名前の欄の下にもう一つ名前を書ける欄があったような気がする……」


 カーリージェリーは通り名で呼ばれているやつがいると言った。


「わかった、聞いてみるよ。ありがとう。でも一応店を出る前に名前を決めたいんだ。身元が知れるのは都合が悪いから」

 カーリージェリーはうーんと唸りながらランスディールを見る。


「アイザック」

「私の友人の名前」

「じゃあ、エミリオ」

「弟の友人の名前」

「じゃあ、何がいいんだ? ヘンリック、アレクセイ、キース、レオナルド……」

「ラミィに呼び方を変えろと言っても、いつかぼろが出ると思うから略してランスと呼べる名前がいいんだけど」


 ランスディールが一所懸命考えているところ悪いんだけど、と言葉は悪びれているが、顔は悪びれていない――カーリージェリーにはそう見えて、それを早く言えと突っ込む。

 カーリージェリーは前菜を平らげて、メイン料理の肉料理にナイフとフォークを入れる。


「単独で仕事をしているって聞いたから、人付き合いが苦手なのかなって思ったんだけど」


 ランスディールは宿屋の店主のネネクが調べてくれたカーリージェリーの個人情報を思い出す。出会ってからのカーリージェリーの印象は姉御肌寄りだ。打てば響くような会話ができることから、人嫌いというタイプではない。


「金でもめるのは嫌いなんだよ」


 ランスディールは、ああと納得する。


「色々なやつがいるからね。金でもめると本当に後味が悪い」

「経験済みってこと?」

「傭兵やっていたころにね」


 食事を進めながらランスディールは、唐突に名前を発表した。


「ライナス・リック・メラニーで」


 愛称をランスにしてラミィに呼ばせる設定にすると決めた。


「あたしはもう考えるの、諦めてた。ライナス・リック・メラニーだね」


 カーリージェリーは復唱して、肉料理の最後の一切れを口に放り込む。

 食べ終えて空になった皿がどんどん積み重ねられていく。カーリージェリーもランスディールも職業柄、体力と筋力を必要とするため、食べる量は普通の人より多い。

 店に入ってから二回目の鐘が鳴ったころには注文した料理は全て完食。皿は店主によって下げられ、二人は紅茶を飲んでいた。



 ◇◇◇◇◇◇



「へえ。これが通行証ねえ」


 役所で『精霊獣が住む森』へ入るための手続き済ませたカーリージェリーは、手のひらに収まる大きさの鉄製で作られた通行証を首にかける。


「思ったほど難しくはなかったでしょう」

「それはライナスがいたからだと思うけどね。窓口にいた役人はすげえ疑いの目をしていたぞ」


 それはカーリージェリーの容姿の問題だった。

 精霊獣の密猟は少なくなったといっても、高値で取引先されるので後を絶たない。

 密猟者はあの手この手を使ってくるので、カーリージェリーは疑われたのだ。


「カーリーに疑惑が浮上したら私も道連れだ。そこは大丈夫だよ」


 ランスディールはその足で冒険者登録ができるギルドへと向かった。

 朝は冒険者たちが一番多くいる時間帯。少しでも報酬がよく、かつ身の丈にあった依頼を受けるためにごった返すが、今は昼過ぎで落ち着いている時間帯だった。


(ここがギルドか)


 扉を開けて中に入ったランスディールは、物珍しさでつい周囲を見回してしまった。

 冒険者が集う街だけあってギルドは大きかった。石造りの建物で、入口付近には壁一面に難易度別に依頼の張り紙が張られていた。その奥にはそれぞれ登録、依頼の受理、報酬の受け渡し専用の窓口がある。

 空いた場所には待合スペースとして、冒険者のためにテーブルと椅子も設けられていた。


「すみません」

「あ、はい! なんでしょうか」


 待合スペースにラミィとカーリーを待たせて、ランスディールはカウンター越しに声をかける。反応した若い女性の受付嬢が処理中の書類から顔を上げて固まった。

 白金髪で青灰の瞳をもつ若い青年。柔らかい笑顔と気品ある空気は、物語に登場する白馬の王子様を彷彿させた。


「登録の手続きをしたいのですが」

「……あ、はい!」


 若い受付嬢はランスディールの容姿に見惚れていた。しかし、すぐに己の職務を思い出して、慌てて書類をランスディールに渡す。


「ありがとうございます」


 ランスディールはお礼を言って、書類をざっと上から下まで読んだ。


(本名と出身地、年齢、学歴、職歴か……)


 ランスディールは各項目に記載した後に、余白に偽名を使いたい旨を書いて返した。

 受け取った受付嬢は記載漏れがないか確認した後に、少々お待ちくださいと言って席を立ち、奥の部屋に行ってしまった。

 ランスディールは受付嬢が戻ってくるまでラミィとカーリーがいるテーブル席に戻った。


「どうした?」

「偽名を使いたいって余白に書いたら待ってくださいって言われて。受付の人はたぶん私のことは知らない。けど上の人は……私が本人かどうか本家に連絡を取るかもしれない。私みたいな人が突然、冒険者登録をしに来ることなんてあまりないだろうから」


 身分隠しもそうだが、今後の生活も考えて冒険者登録をしたかった。ラミィが大量にジャムを消費したことで資金調達が必要になった時、直ぐに仕事ができる体制を整えておきたい。


「本人確認のため?ライナスのような身分のやつは事前に連絡でもしないといけないのか?」

「任務とかで偽名が必要になったときとかは。王城には本部があるから事前に依頼する。今回は完全に私情だから」


 今ごろ、ここの責任者は侯爵家の息子が突然冒険者登録に来て驚いているかもしれない。

 ランスディールが無事に通ればいいなと祈っていると、受付嬢が戻ってきてランスディールを呼ぶ。


「あの、こちらに書かれていることですが。上司に確認したましたところ、申し訳ありませんが、いかなる理由でも偽名登録の受理は難しいとのことです」


 受付嬢はランスディール自身の確認ではなく、余白に書いた内容について相談しに行っていた。


「出来れば公にしたくないんです」


 ランスディールが困った顔をすれば、受付嬢は本名を書く欄の下を指した。


「こちらの、略名登録はいかがでしょうか。別名通り名といいます。こちらに名前の略称を記載していただければ、窓口などでお呼びするときは、本名ではなく略名で呼ばせていただきます」

「わかりました。それでお願いします」


 ランスディールはほっとして、略名の枠に先ほど決めた偽名を書いた。

 登録をしてきますので少々お待ちくださいと言って、また受付嬢は奥の部屋に行った。

 夕日が街を照らすころになって、やっとランスディールの手に冒険者の認定証が渡された。




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