12話 ジャム
身の危機を脱したランスディールは、裏表のなさそうなカーリージェリーに護衛を頼もうと決めた。
ネネクから勧められた店に入った瞬間は、本当にこんなところにいるのかと思ったが行ってよかった。
心の中でネネク感謝して気分よく宿の部屋の扉を開けると、空になった果実のジャム瓶がいくつも寝台の上に転がっていた。
「ラミィ……」
『ランス! 遅い!』
ラミィは頬を膨らませて金色の角を光らせ念話を飛ばし、不機嫌さを全面に押しだしてランスディールを睨む。
ラミィは自分で自分の機嫌を直そうと、ランスディールの背負い鞄を漁って、好物の果実のジャム瓶を取り出して、指ですくっては食べ、指ですくっては食べを繰り返しながらランスディールの帰りを待っていた。今は瓶の内側についているジャムを食べようと舌を伸ばしてぺろぺろ舐めている。
「…………」
ランスディールは盗賊に荷物を荒らされたのではと疑いたくなるほどの、酷い散らかりように言葉が出ず、肩を落とした。そして、転がっている自分の備品を一つ一つ拾い上げて背負い鞄にしまう。
「ジャムは一日一瓶って言ったよね? 言っておくけど、この街にジャムは売ってないからね」
『⁉』
空になった瓶を数えて、よくこれだけの量を食べたなとランスディールは呆れた。そのまま諭すように言うと、ラミィの耳がぴんと張って、驚愕の事実を知ったかのような顔を見せる。
「限りがあるって言っただろう。王都を出る前に言ったじゃないか」
果実のジャムは王侯貴族に果実を消費させるためまたは果実を長期保存するために作られたもの。ジャム作りに欠かせない白砂糖は高級品。それを大量に使用して作られた果実のジャムが、荒れくれ者たちが集う街に置いてあるなんてなぜ思うのだろう。
『やだ! もっと食べたい!』
ラミィは勢いよく寝台に寝転がり、手足をばたつかせる。その振動で空になったジャム瓶が一つ、寝台から転がって落ちた。
人間よりも長寿でランスディールよりも長生きしているのに、精神年齢はランスディールより幼い。半分はこの獣人を甘やかしている、ここにいない母親のせいだと恨むようにため息をまたこぼす。
どっちがお守りなんだか、と心の中で呟いて、ランスディールは落ちたジャム瓶をだるそうに拾上げて丸いテーブルに置いた。
「ジャムはあと十個しかない。明日は我慢の日だね」
『やだああああああああ――――!』
ラミィは金色の角を連打で光らせて、幼児のように駄々をこねる。
契約主である母親とラミィの間には、一日一瓶のジャムをラミィにあげるという契約に近い約束がある。
背負い鞄の中に入っていたジャムはランスディールが母親の代わりにその約束を果たすために用意したものだ。
『む! 誰かくる!』
駄々をこねていたラミィが急に起き上がって耳をぴんと張った。
ランスディールは剣の柄を握って扉を注視すると、私ですと扉越しにネネクの声が聞こえた。
「どうしましか?」
「夜分遅くに失礼いたします。いや、気になりまして」
ランスディールが扉を開けて尋ねると、ネネクがしゅると舌を出した。
「ああ。ありがとうございました。彼女にしようと思います」
「そうですか! いや、キンスイ草のボッチャンのお眼鏡にかなって良かったです!」
ネネクが嬉しそうに口の端をあげた。
「では、夫人へは私からお手紙で」
ネネクはでは失礼いたします、と言ってランスディールに背を向ける。
ランスディールは嫌な予感がよぎってネネクを呼び止めた。
「あの、どういう意味ですか?」
「キンスイ草の貴婦人からは女性を紹介したら連絡をするようにと……」
「しなくていいです! そういう関係にはなりませんから!」
ランスディールは余計なことはしなくていいという言葉を飲み込んで、必死に止める。
ランスディールは双子の姉妹をだしにして今まで貴族令嬢との交流を避けていた。
普通に相対しても、向こうは付け入る機会だと言葉巧みに誘導してくる。強調された胸元、濃い目の化粧、上目遣い、匂いの強い香水。ランスディールはどうも今の令嬢たちの姿に好感が抱けずにいた。
それが裏目に出てしまった。
「わかりますが、いや、しかしですね……」
よほど強く言われているのか、ネネクが引かない。
「自分から言うので大丈夫です! それに契約できるかどうかわかりませんし!」
ランスディールは気が早いと言って、何度も念を押してネネクを説得した。
何とか回避したランスディールは、はあ、とため息交じりに扉を閉める。
気疲れを感じつつ振り返ると、ラミィが鞄に手を突っ込んでいるのが視界に入って、慌てて駆け出す。
「あ!ラミィ!」
ラミィが焦って取り出して口にしたのは林檎の干物。飛び跳ねて寝台へ逃げた。
「ラミィ!」
『ランス! ジャム少ない! 明日ジャム買って!!』
仕方がないからこれで我慢すると言いたげな顔でラミィはもぐもぐ食べ始める。
「明日は護衛を連れて森に行く予定だからね」
その顔が憎たらしくてランスディールは素っ気ない態度で言った。
ランスディールは鞄の口をぎゅっと縛りながらげんなりした。
この調子でいられたら、ジャムのせいで資金が底をついてしまいそうだ。
そんな情けない理由で旅を終わらせたくはないと思うランスディールだった。




