11話 元傭兵②
ランスディールと年齢が変わらなそうな顔が赤くて酒臭い若い冒険者は酔っていた。口調ははっきりしているが、目元は眠たそうにしている。酒が入っていた木杯をもったまま腕をぶらんとたらして、カーリージェリーを睨んでいる。
ランスディールの印象は新人でもなく熟練の冒険者でもない。それなりに場数を踏んできた中堅といったところ。
他のテーブル席に座っている冒険者たちは遠巻きに見ながらひそひそと何やら話を始めた。
それをカーリージェリーは目ざとく見つけて苦い顔をする。
顔が赤くて酒臭い若い冒険者と一緒に飲んでいた連れが慌てて駆け寄ってすみませんと謝り、顔が赤くて酒臭い若い冒険者に店を出て飲み直そうと誘導していた。
しかし、顔が赤くて酒臭い若い冒険者は聞き流し、カーリージェリーに突っかかる。
「俺の仲間はあの魔物の暴走で大怪我したんだぞ!」
周囲を気にもせず大声で言う顔が赤くて酒臭い若い冒険者はカーリージェリーを指して、お前のせいでできる仕事の範囲が狭くなったとさらに文句を言う。
ようやく軌道に乗ってきたところを仲間が大怪我をしてこの先の未来が不安定になったのだろうとランスディールは理解した。
「自分の身は自分で守る。冒険者に怪我はつきものだ。罰金もちゃんと払った。参加した冒険者には報酬も支払われただろう。……あれはギルドの掲示板にちゃんと依頼としてあった。あたしが請け負うがあんたには関係ないだろう」
戦歴の長いカーリージェリーにとっては慣れているのか、始めは動揺した気配もなくただ相手を見ていたが、責められたことに少し傷ついたのか、一瞬間があいて感情なく言い返した。
これ以上関わりたくないのだろう、カーリージェリーは顔が赤くて酒臭い若い冒険者に背を向けて急くように残りの香草焼きを平らげた。
「美味かったよ。ごちそうさん。この後はどうする? あたしの部屋が上にあるけど来るかい?」
カーリージェリーは口端に着いた肉の脂を親指で拭って、ランスディールの出方を探る。
この酒場は一階が飲食で二階が宿屋だ。灯りが隠微な色にも見える裏の繫華街。男女が揃って一つの部屋に行くということは、そういうことだ。
「いいですよ」
さらっとランスディールが返事を返すと、カーリージェリーはおっと驚き、そして以外だという顔をする。
ちょっと待って、話は終わってねぇと顔が赤くて酒臭い若い冒険者が怒り交じりに言って、カーリージェリーの腕を掴もうとした、が逆にカーリージェリーに腕を取れて捻り倒された。
顔が赤くて酒臭い若い冒険者が仰向けに倒れたことによって、近くのテーブルが道連れになり一緒に倒れた。
飲みかけの酒壺や食べかけの肉料理とつまみが床に散乱する。
「おい! この野郎!」
「喧嘩なら外でやれ!」
被害にあった冒険者たちがカーリージェリーと顔が赤くて酒臭い若い冒険者に怒りをぶつける。
「あたしはこのお兄さんと上に行く」
悪かったよ、とカーリージェリーは言って、いくらかの硬貨を被害にあった冒険者たちと酒場の主人に迷惑料としてカウンター席に置いて、二階へ続く階段を上がっていった。
「ここがあたしの部屋だよ」
ランスディールが案内されたのは、年季がある寝台に、干し草を適度に詰め込んだだけのシーツと掛け布団と枕がある角部屋。カーリーが持ち込んだ荷物も置かれていた。
寝台から手が届く場所には、首鎧、胸甲、籠手など彼女の命を守る鎧。その鎧には所々小さい傷があって、戦歴が物語っている。
店の造りを考えると宿代は安くていいだろうが、壁は薄くて隣の声が聞こえそうだなというのがランスディールの感想だ。
カーリージェリーの戦歴をみればもう少し良い宿に泊まっていてもおかしくはないと思うが、寝るためだけに借りているなら、雨風がしのげればそれでいいと割り切っているのかもしれない。
カーリージェリーが年季の入った寝台に腰かけると、寝台はカーリージェリーの体重に耐えられず軋んだ。
「さっきは悪かったね」
カーリージェリーはすまなそうに、酒臭い冒険者に代わってランスディールの気分を害したことを謝ってきた。
「いえ。大丈夫ですよ。罰金を支払ったと言っていましたが何か違反でも?」
ランスディールは部屋に入って二歩進んで止まり、予想しつつも知らないふりをした。
「あたしは広大な森の向こう側の国の生まれなんだけれど、訳あってこっちに来てね。傭兵をやっていたから、単独で魔獣の討伐をしていたんだ。先月、あるパーティーに臨時で入ってくれないかと誘われてね。感じのいいパーティーだったから、二つ返事でしたらさ、自分たちの力とみあってない魔獣の討伐依頼を受けたんだよ。なんでだって聞いたら、お金がどうしても必要だからって言って。冒険者は命あっての物種だって言っても聞かなくてさ。しかも、リーダーが騒ぎの原因になったあの変なお香を持っててさ。気づいたときには今更引けなくてね……」
「協力したということですか」
「そう。で、罰金を支払う目にあったわけ」
カーリージェリーは肩を上げて両腕を曲げ、降参した仕草を見せる。
「それは、大変でしたね」
「さすがにあの数は、一パーティーだけじゃ対処しきれない。あの時街にいた冒険者たちには悪かったと思ってる」
ランスディールが同情すると、カーリージェリーは反省した顔を見せた。
正式なパーティーではないのに片棒を担がされたカーリージェリーは不運と言える。まだ、先月の出来事なので、先ほどのように絡まれたら罪悪感が出てくるのだろう。
人柄は良さそうだ。腕力も反応もいいとランスディールは思った。カーリージェリーから視線が外れたのを機に、太い首や太い腕、肌が露出している部分を観察する。
「なんだい?」
カーリージェリーは視線を戻した。ランスディールを警戒している様子はない。観察されていたのはわかっていたようで、そんなに見られると恥ずかしいねと思ってもないことを笑いながら言ってきた。
「失礼しました。初対面の人に対して少し無防備だなと。もし、私が何かの事情であなたの敵だったらどう動くかなとか想像していました」
信頼している護衛騎士がいても、第二王子は移動中、気を抜いて廊下を歩く姿を見せたりはしなかったからだ。お飾りの王族になる気はない第二王子は剣術も習っていた。
最近まで第二王子の護衛騎士をしていたランスディールなりの肌で得た感覚だ。
この部屋は狭い。カーリージェリーの帯剣している両刃の大剣では存分に発揮できないだろう。
「敵ねえ」
カーリージェリーはまた笑って膝に肘を乗せて、手のひらに顔を乗せる。
「その前にあんたを食う」
カーリージェリーの目が獲物を捉えた肉食動物のようにぎらりと光って、口角が吊り上がった。今までなかった重圧の気配がランスディールの横を駆け抜けた。その瞬間、ランスディールの背中にざわりと何かが走る。
「これからお互いに見せあうんだ。朝までゆっくりと話そうじゃないか」
あんたみたいな美男子は大歓迎だよとカーリージェリーはさらに笑みを深くする。
猛者って感じだ。実力も申し分ないだろうと、ざわつく背中が警報を鳴らしている中、ランスディールは冷静にもそんな感想をもった。
宿屋の店主ネネクから得た情報は間違ってはいなかった。確認できたのは良かったが、今、ランスディールは身の危機に迫っていた。
王宮の舞踏会で寄ってくる令嬢たちとは違った、肉食動物のような視線にランスディールは顔が引きつりそうになるのを耐える。
傭兵業の戦歴がそうさせるのか、カーリージェリーの目には猛禽類のような力強さがあった。
男は追われるより追いかけたい生き物。一秒でも早く退散すべく、ランスディールは申し訳なさそうな雰囲気でよく使っている台詞を、カーリージェリーの矜持が気づかないよう流暢に返す。
「あなたのような女性との出会いは月夜の女神がくれた奇跡。ここで別れてしまうのは湖畔の女神が住む湖が溢れてしまうほどの落涙と悲しみが伴いますが、申し訳ありません。可愛い連れが宿で待っているのです」
『退屈!』と不機嫌な顔をして、宿で文句を言っていそうなラミィの姿が浮かんだ。
「は?」
突然、流暢に演劇のような台詞を言いだしたランスディールにカーリージェリーは素で驚く。
「あなたとは仕事の話をしたいんです。明日の昼の鐘がなるころにこちらのお店で待っています」
ランスディールは店の地図が書いてある小さいメモ用紙を近くのテーブルにそっと置いた。
ネネクにはカーリージェリーの今後の予定もきっちり調べてもらった。
「…………」
自分が期待した展開にはならないと察したカーリージェリーは半眼になった。先ほどまであった猛禽類を思わせるような力強い目は消えていた。
裏の繫華街には合わない爽やかな笑顔で言ったランスディールは、カーリージェリーの部屋を退出した。
ランスディールが待っていますと言ってから扉が閉まるまでかかった時間はほんの数秒。
華麗に逃げられたカーリージェリーがそう気がついたときには扉が閉まりきっていて、部屋はしんと静まり返っていた。
「――期待させるなぁ!!」
カーリージェリーは扉に向かって怒りを込めた声をぶつけた。




