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10話 元傭兵①

 三日月の夜。

 灯が隠微な色にも見える、昼間とは違う一面を見せる街の裏の繫華街。

 ある者は裏路地に建てられた賭博場で硬貨を積んで、勝敗に一喜一憂して騒ぐ。ある者は稼いだ金で馴染みの娼館婦がいる娼館に入る。

 暇を持て余している娼館婦は店から豊満な胸をちらつかせて客引きをしている。


(男二人組の戦士、剣は二。あそこは領民の娘、だろう。金の釦、商人……繫華街の雰囲気はどこも似ているな)


 目立たないよう外套を着たランスディールは早くもなく遅くもない速度で繫華街を歩き、人とすれ違うたびに身なりと歩き方を観察する。顔はまっすぐだが目は左右上下に、時には円を描くように動かして視界に入る情報を処理していく。

 すっかり癖がついてしまった路上観察をしながら、ネネクから教えてもらった酒場へ向かう。隠微な繫華街の通りにある酒と濃い味付けの肉料理が評判の店だ。

 店に入ると客のほとんどは冒険者たちで、野太い男たちの声ががやがやして騒がしい。店に連れて行ったら行ったで、その喧騒にうるさいと言って両手で長い耳を押さえつけていたかもしれないな、と宿でふてくされて待っているラミィを思い出してこっそり笑う。

 ランスディールは一人でも飲めるように設けられカウンター席に座る。

 カウンターでは酒場の主人が黙々と仕事をしていた。


「葡萄酒を」


 酒場の主人に酒を頼んでランスディールは冒険者たちの声を拾う。

 冒険者たちはまず、仲間同士で今日無事に生きて帰れたことを酒で乾杯して祝う。そして酒を飲みながら今日の成果を語り合っていた。話を盛りすぎると横のテーブル席から突っ込みがきて、言い合いの合戦が始まる。

 別の席ではどこかのパーティが解散しただの、遺跡に潜って痛い目にあった罠の話など情報交換もおこなっている。彼らは、自ら危険と隣り合わせの世界で生きることを選んだとはいえ、命が惜しくないわけではない。

 こうして日々、情報交換をして明日に挑む。

 酒場の主人がランスディールの前に葡萄酒を注いだ木杯を置く。

 ランスディールは受け取って一口飲んだ。甘みと酸味が口の中に残り、舌が上等ではないという。

 商売相手は冒険者たちだ。彼らに上等な葡萄酒を用意しても、踏み倒される可能性が高いだろう。

 また一口飲んで、彼らは凄いな、とランスディールは騎士を辞める前の自分と反対側にいる彼らに感心した。

 そこまで人生を賭けられるその生き方に、だ。

 ランスディールの家は代々武家として国を支えてきた。そういう家に生まれたから、当然のこととして疑問に思ったことは去年まではなかった。


『冒険者を始めるなら、最低限の装備は揃えろよ。剣は必ず予備で一本余分に持っていけ。短剣でもいい。剣士は剣がなきゃ裸同然だ。情けなくて笑えねえから。あと、魔獣の中には強い毒や酸をもつやつがいる。保存食と防寒具、縄、火種と薬草……ああ、毒消しは絶対に持っていけよ』


 ランスディールが退団届を出したことを聞きつけた先輩騎士が飯に付き合えと半ば無理やり連れて行かれた飲食店で話していたことを思い出した。

 竜退治を成し遂げた勇者アベルアークスを祖先にもつ先輩騎士は一時期冒険者をしていた。俺は経験豊富な元冒険者だったと言ってうんちくを聞かされた。


(あの時はそんな予定はないですよって笑って返したけど……)


 ランスディールが棚に並べられたお酒をぼんやりと眺めながら飲んでいると、椅子を雑に引いて座った音が店に響いた。

 ランスディールの座っている席一つ分を空けて座った人は機嫌が悪いようで、酒場の店主を雑に呼ぶ。


「店主! 高い酒ちょうだい!」


 ランスディールが飲みながら盗み見ると、声の主はシャツとズボンを履いていて、腰に帯剣を下げている。桃色の髪色で刈り上げたような髪型、額に古傷がある筋肉隆々の女性剣士だった。

 腕も太腿もランスディールより太い。声を聞かなかったら男だと勘違いしていた。


(いや、あえてそういう風にしているのだろう)


 第一印象で相手の出方も変わってくる。自分をできるだけ強く見せるためには容姿も意識するのは当然だ。

 楽しげに飲んでいた冒険者たちから避難の視線がいくつか向けられていたが、気にする様子もなく女剣士は頼んだばかりの高い酒を一気に飲み干して空にした。


「なんだ?」


 女剣士は盗み見る視線に気がつき、不機嫌そのままにランスディールを一瞥する。


「失礼いたしました。高いお酒をそんな風に飲む人がいるんだなと思いまして」

「酒は飲まれるためにつくられてる。どんな飲み方だろうと美味いと感じながら飲めばいいじゃないか」


 女剣士の返事は素っ気ない。高い酒を飲んでも機嫌は治らなかったようだ。


「そうですね。私はランスディールといいます。店主、彼女に鶏肉の香草焼きと同じお酒をもう一杯」


 ランスディールは女剣士の機嫌をとるため注文した。もちろん支払いはこちら側がもつと一言添えて。


「あたしはカーリージェリー。性はない。カーリーでいい」


 女剣士はランスディールが店主に頼んだ酒をすぐ受け取って、今度は味わうようにゆっくりと飲む。


「カーリーさんはこの仕事長いんですか?」


カーリージェリーは、さん付けはいらないと言って手を振る。


「あたしは元傭兵で、剣を握って二十四年になる。冒険者になったのは二年前だよ」


(自分の歳と戦歴が同じ⁉)


 ランスディールは驚いて一瞬言葉に詰まる。彼女は何歳から傭兵をやっていたのか。少なくとも十代から始めないと言えない。


「失礼しました。ずっと冒険者をされている方だと思っていました」


 傭兵と冒険者を一緒にする人がいるが、それは失礼な話だ。

 この大陸では傭兵業は国や領主に雇われて、雇い主が敵対する者達と戦う。相手は主に人間だ。平時には商人や貴族に雇われて護衛をしたり、日銭稼ぎで土木作業など力仕事をしたりする。

 それに対して冒険者はギルドから張り出される依頼を自ら選んで、仕事を受けて報酬を得ることを生業にする。魔獣討伐や薬草収集などだ。

 どちらも騎士のように誰かに忠誠を誓って戦う人種ではないが、その道のプロであり、自己責任の業種であり、己の腕で成り上がる世界だ。


「別にいいよ。今はギルドから仕事を受けて飯を食べているからね」


 ランスディールが頼んだ鶏肉の香草焼きがカウンターに置かれ、カーリージェリーは美味そうだと言って、ナイフとフォークで一口サイズに切って、火傷しないよう息を吹きかけてから口の中に運ぶ。


「景気いいですか?」

「まあまあかな。高い酒を一気飲みできるくらいには」


 剣を握って二十四年ならそれなりに稼いでいるだろう。先ほどまでの機嫌の悪さはなくなって、カーリージェリーの口調は普通になった。


「そっちは?」


 冒険者って面じゃないよね、とカーリージェリーが言うとランスディールは認める。


「ついこの間まで王都で騎士を――」

「おい、よくここに面だせたな!」


 ランスディールとカーリージェリーが同時に上半身ごと振り向くと、顔が赤くて酒臭い若い冒険者が立っていた。




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