10-2 TS美少女とお泊まり会
「あれ? そういえば桜ちゃんは?」
まだ玄関で和也にぴったりくっついていたのだが、いつもならちゃんと顔を見せてくれる桜ちゃんの気配がない。
「んー? ああ、もう帰ってくると思うけど。なんかアイス買ってくるってさ」
和也は私に絡み付かれたままぼんやりと言うが、これはたぶん、桜ちゃんがちょっと私たちに気を使ってくれたに違いない。
だってもうすぐ私が来るということは、さっきスマホで桜ちゃんにもメッセージを送っておいたのだし。
今日はもちろん、お泊まりで桜ちゃんとも仲良く過ごすのが楽しみの一つではあるが、桜ちゃんの目の前でモロなイチャつきは難しいから、先に少し二人っきりになれる時間をくれたのだろう。
和也はもうちょっと、自分の妹に感謝する気持ちを持つべきだ。
あの子、ほんとにいい子だと思うよ。
優しい桜ちゃんの気遣いに感謝しつつ、私は和也にもたれかかるようにして、上目遣いでかわいさをアピールしていく。
「ふへへ、それならもうちょっとだけ、イチャイチャできるね?」
両腕を和也の首に回すと、その少し照れたような、でも絶対喜んでいるにちがいない顔が目の前に映って、またキスをしないと耐えられなくなってしまう。
ほんのこの前までチェリーくんだったくせに、和也とのキスはびっくりするほど気持ちがいい。
テクニックなんて、正直よくわからない。
だって私も男性時代から、元々経験は少なかったし。
だけど、軽く唇を当てるようなキスも、よだれが滴るくらいに舌を絡めたキスも、頭がおかしくなりそうなくらい気持ちがいいのだ。
あらかじめキスの前に、危ないお薬を仕込まれているのではないかという疑惑すらある。
じゃなければ、ちょっと気持ちよすぎるし、中毒性がありすぎるし、頭がふわふわしすぎるから。
たぶん3分くらいはそのままキスを続けて、だいぶ精神的に満たされてきた私は、ようやく居間に移動して、和也の太ももを枕代わりにゴロゴロとしはじめた。
「そういえば、和也はちゃんと今日、宿題はやったの?」
ためらいなく私の髪を撫でてくれる和也の大きな手が気持ちいい。
もっと甘やかせ。私をそのままもっと甘やかすんだ。
「おう、紬が来てくれてるあいだは、なるべく勉強したくないしな」
和也の童貞とは思えないほど女心をよくわかった発言に、私はもう叫びだしそうなくらい嬉しくなってしまって。
慌ただしく起き上がって、座ったままの和也の膝に馬乗りになり、また自分からキスをせがむ。
軽いキス一回だけで、もう頭がとろんとしてきた。
やばいなあ、これ。
もうこれがないと、私はだめかもしれない。
「ねえ和也、好き……大好き……!」
どんどん濃厚なキスが欲しくなって、ほとんど和也を押し倒すようにそれを繰り返していく。
もう、夜まで我慢するの、やめちゃおうかな。
「ただいまー! 紬ちゃん来た? ……あーごめんなんかわたし、やっぱりお邪魔だよね?」
玄関からバタバタと音がして、私は全力で和也の上から飛び退いていた。
でも桜ちゃんは、和也のデレッデレの顔を見て、さすがに雰囲気を察したようだ。
いやデレッデレ顔は私の方か。
危なかった。
あと少し遅ければ、私は和也を襲ってしまっていた可能性が高い。
私を正気に戻してくれた桜ちゃんへの感謝を込めて、彼女の手をとり、ちゃんとこちらへ連れてきてあげる。
「邪魔なわけないじゃん! 桜ちゃんがいなかったら私、絶対我慢できないもん! 血だらけの初体験とか嫌だし、ちゃんと私を見張っててよ桜ちゃん!」
だってまだ今日は、色々やりたいこともあるんだよ。
ちゃんと夜ご飯も作ってあげて、喜ぶ和也の顔が見たいし。
お風呂上がりでほかほかの、私のかわいすぎるすっぴんを見せて、どきっとさせてやりたいし。
「いや、それ女の子の方が言うことじゃないよ……」
呆れたように言う桜ちゃんとも、お茶でも飲みながら、たくさんお話ししたいことだってあるんだから。
しかし夕食後。
私は桜ちゃんと並んでお皿を片付けながら、少し焦りを感じていた。
本日私が夕飯に用意したパスタなどについて。
正直、味も見た目もいまいちだったのだ。
デザートにプリンまで作ったのに。ほんとにいまいちだった。
パスタもプリンも、キャンプで作ると美味しいメニューで、かなり自信もあったはずなのだが、まさか家で食べるとこんなに微妙だとは。
今思うと、なんでキャンプ飯なんてチョイスにしたんだ私は。
テンション上がりすぎてたんじゃないか?
和也はめちゃくちゃ嬉しそうにはしてくれていたが、たぶん底抜けに優しい和也のことだから、多少は気を使ってくれたに違いない。
事実、桜ちゃんの表情は本当に微妙だった。
ありがとう、私の浮かれた考えを引き締めさせてくれて。
私はかつて男だったころの独身生活の経験で、一通りの家事はこなせる自信はあるが、ごはんなんてしょせんは男の独りメシのテクニック。
味はまあ、そこそこでしかないのである。
改めて今後は、もっと和也に喜んでもらえるように、味付けとかも一から特訓しなおしてみようかな。
胃袋を掴むのが大事だというのは、よく聞く話だし。
かわいさだけで一生愛してもらえると思うほど、私は楽観的なタイプではないのだ。
「さて紬ちゃん、お皿洗ったら一緒にお風呂入らない?」
桜ちゃんの魅力的なお誘いに、私ははっと頭を切り替える。
未来の義妹候補と一緒にお風呂なんて、ぜひこちらからお願いしたいくらいだ。
いかんいかん。とにかく今日はまだまだこれから。
いくらでも挽回はできるはずだしね。
「うん、もちろんいいけど。あ、でもほら、私生理中だって……」
「いやいや、私も実は今日から生理きちゃって。汚いもの同士、仲良く入ろう?」
リアリティーのありすぎる女子トークに、使い終わった食器を運んできてくれていた和也が、後ろからため息をつく。
「お前ら、男がいる前でそういう発言やめてくれない? 居心地悪いんだが……」