二話 花子さんとおはなし
正攻法を試してみようと思う。
放課後、ユウハを部活に送り出したあと、トイレの前に立っていた。
四階トイレの個室前。深呼吸して、ドアに腕を伸ばす。指を軽く曲げてから、手首をくいっと動かして、指の第二関節でドアを軽く叩いた。
コンコンコンコン。
ノックの音だけが静かなトイレに響いた。今日は外から部活している人たちの声も聞こえない。
鼻で小さく息を吸って、
「花子さんおいで」
ドアを押し開けて中に入った。
きれいに磨かれた便器と、三角に折られているトイレットペーパーがあるだけで、花子さんはここにはまだいないようだ。
体操ズボンとパンツを順番に下ろして、スカートを捲りあげた。ひんやりとした便座に座って、息を吐く。
さあでてこい。
体を力を抜きながらも、霊が――花子さんがいないか気配を探る。
トイレのときぐらい、落ち着いてしたいけど。
一瞬の快感とともに放出されるおしっこは音をたたせている。花子さんはどこかで耳を澄ませているのだろう、そう考えるとやっぱり恥ずかしい。そして、花子さんはやっぱり変態だ。
ああ、視線を感じる。ドアに向けていた目線を下に下にずらしていった。ドアと床の間から覗く眼球。
「変態」
「わたしは変態じゃないです。あなたのおしっこをする姿に見惚れ、興奮をしているだけです」
「それを変態っていうんだよ」
花子さんは床から顔を離すと、壁をすり抜けて、床に体操座りで座った。
「なにしてんだあんた」
「むっちりとして肌触りの良さそうな太ももの隙間から覗く秘めたる所から滴り落ちる雫の観察で――」
花子さんが言い終わる前に、私の足は横から蹴りを入れていた。
花子さんの体がぐらりと揺れて、目を剥く。脇腹を押さえ、体をプルプル震わせて、目をうるませている。
「な、なにするんですか……痛いじゃないですか! 幼気な女の子に蹴るなんて、鬼ですかあなたは!」
トイレットペーパーをちぎって、折りたたむ。
「幼気? 私のほうが年下だろーが! それに、鬼じゃない、人間だ」
「見た目は幼女に近いんです、もうすこしわたしをいたわってくださらないと困ります」
「ああ、そうかい」
「それより、もっとよく足の間をみせてください!」
次の瞬間、花子さんは壁をすり抜けて隣の個室まで飛んでいった。
あのド変態がっ!
拭き終え、パンツを履いた時、伸びてきた手に足首を掴まれた。壁から、顔を真赤にした花子さんがぬぅっと姿を現す。口角が釣り上がり、目もギラギラと輝いている。
「黒と白のストライプ、黒いレース付きなんですね。とてもえっちです。ますます惚れました」
「その目、二度とパンツを見れないように潰してやろうか……」
足首を掴んだ手を、もう片方の足で踏みつけた。
花子さんの顔から笑みが消えて、痛みで歪む。手が離れると、私はズボンを履いて、おしっこを流した。
個室から出る時、鈴の音が聞こえた。
どうやら、あの噂は本当のようだ。
「花子さんさ、普段ずっとトイレにいるの?」
「はい、そうですよ」
「トイレで何してんの」
花子さんはもう痛みなんて感じていないのか、花のような可愛らしい笑みを浮かべる。腕を後ろで組み、赤いスカートを揺らした。
「女の子のお話を盗み聞きしたり、女の子の放尿姿をながめてますっ」
聞いた私が馬鹿だった。
聞かなかったことにして、上履きに足を通した。
洗面台の鏡越しに映る花子さんは、私が蹴った所や踏んだところが半分透けているが、にっこり笑っていた。
「明日もまた来てくださいね、待ってます!」
トイレの花子さんと恐れられている人がこんな変態だけれど、笑った顔は女の子らしく可愛かった。




