一話 花子さんおいで
私の学校には幽霊が出るという噂がある。それはトイレの花子さんが出るという。
霊の見える私から言えば、トイレのみならず、図書室にいるし、教室に生首が転がっていることもあるのだけれど……。
さて、花子さんと会う方法というものがある。地域によって方法というのは少しずつ異なるのだが、私の学校は特別変わっているようだ。
校舎の四階にいき、個室のドアを四回ノックして「花子さんおいで」と言う。
そうしたら、トイレに入って用を足す。終えたら、流して、外に出る。ドアを開けた時、鈴の音がしたら花子さんがそこにいたということらしい。
「マツリ、トイレ行こう!」
「んーいいけど」
幼馴染のユウハに連れられてトイレに来た。女子のトイレは、友達を連れて行くのが基本。
放課後ということもあって、人も少なく、窓から琥珀色の光がトイレに入って、怪しい雰囲気を醸し出している。
年季の入った校舎ということもあり、怪しさは倍増。
きれいに磨かれた床はゴミや髪の毛一本落ちていない。
花子さんの噂は知っていたが、私はまだ一度も見たことがなく、あまり花子さんについては信じていなかった。
「マツリはトイレ行かなくていいの?」
「そんなにしたくないからね」
「そっか」
残念そうに眉を下げるとユウハは、肩まで伸びた髪をなびかせて、個室に入った。
ユウハは怖がりで、花子さんの噂を聞いてから、一人でトイレにいこうとせず、いつも私を連れて行った。
カラカラカラとトイレットペーパーを出す音と、用をたす音、外からは微かに運動部の声が聞こえた。
「マツリー! いるー? どこにも行かないでよー!」
「いるってばー!」
十七にもなって一人でトイレに行けないとは……。幼馴染ながら将来が心配である。家でも、親や兄妹を連れてトイレに行ってるんじゃないだろうな。
トイレに行きたくないといったものの、やっぱり行きたくなってきた……。我慢して家に帰ってからトイレ行ってもいいけど、今ここにトイレがあるのだから。してしまおう。
キィと音を立ててドアが開き、すっきりした顔のユウハがでてきた。
「ユウハ、やっぱ私トイレするわ」
「わかった、あたし先に外出てるね」
ユウハは手を洗うとパタパタとトイレから出ていった。人を待たせておいて、あんたは待たないのかい。
ため息を漏らして、個室に入った。
スカートの下に履いた体操ズボンとパンツを下げて、便座に座る。太ももの裏が便座の冷たさでひやりとする。トイレットペーパーを手に折ってちぎり、もう一度ため息を吐いた。
体の力を抜いてリラックスした瞬間。どこからか視線を感じた。
尿道をこじ開けて出るおしっこはもう止めようとは思わない。誰かが見ているという羞恥心もありながら、誰かに見られているという苛立ちもあった。
はやくおしっこ終わってくれ。
背中に感じるピリピリとした視線。
微かに息遣いも聞こえてくる。
後ろから視線を感じる時は、上に霊がいると聞いたことがある。
だから私は、恐る恐る上を向いた。
霊。
隣の個室の壁に腕を乗せて、女の子が私を見ていた。
おかっぱで、顔に血が通ってなさそうな女の子。
「見てんじゃねえよ、変態」
「――!」
そう吐き捨てて、壁を拳で殴った。すると女の子は、顔を真っ赤にして頭を引っ込めた。そして、今度は壁をすり抜けて、私の目の前に現れた。噂通り、おかっぱで、赤い服をきた、小学生ぐらいの女の子。
目元は陰で隠れ、表情はよくわからない。
「おいおかっぱ、あんた花子さんなの?」
女の子はこくこくと頷いた。
「あのさ、人がトイレしてるところ覗いて恥ずかしくないの? 変態」
花子さんは顔をばっと上げた。目は潤み、頬は赤らんでいる。
ちょっと言い過ぎたかな……。どうみても私より年下だし……。
いやまて、小学生の見た目とは言えど、私より生きてる時間は長いんだ。
人がトイレしてる時に、幽霊に見られて、しかもその幽霊が花子さんってどういう状況なのこれ。
花子さんは、髪を手で整えると、上目遣いで私を見て、蚊の鳴く声で呟いた。
「わたし、あなたに惚れました。付き合ってくれませんか」
訂正。
人がトイレしている時に、幽霊に見られて、それがしかも花子さんで、その花子さんに告白されたってどういう状況なのこれ。
花子さんは、「ああやだ、言っちゃった」みたいに恥ずかしがって、スカートを揺らしている。
「あの、私のどういうところに惚れたわけ?」
「見た目と……」
「見た目と?」
「おしっこする姿に――」
人生初の告白が、幽霊で、花子さんで、トイレで、惚れた理由が見た目とおしっこする姿って……。そんなのないよ……。
「無理。変態とは付き合えない」
「そんな……」
花子さんの顔に絶望が浮かぶ。
そして、わんわんと声を上げて泣き始めた。あーもうめんどくさい。
私は、拭きたい。パンツを履きたい。外に出たい。なのに、泣くなんて。邪魔だ。
「付き合うのは無理だけど、毎日ここに来るから、そこのいてくれ。私は外に出たいんだ」
仕方なしにそういうと、花子さんは涙を拭いて、にっこりわらうと、すーっとどこかに消えていった。
「マツリ、おそい!」
トイレから出ると、ユウハが頬を膨らませて待っていた。
「ごめん、ちょっとトラブってた」
「トラブってたならしょうがない……」
トイレの前においていたカバンを持って、ユウハと手をつなぎ、階段を降りた。
校舎から出る時、涼しげな鈴の音が耳を霞めた。
翌日の放課後、トイレに行くと、先客がいたらしく、個室のドアが閉まっていて、床に寝そべっていて必死に中を覗く花子さんの姿を見た。
やっぱりこの花子さん変態だ。




