5話 錯乱の夜
よろしくお願いします。
性に関してデリケートな内容となっております。
嫌悪感を感じるかも知れない方は、読むのをお控えください。
ルシアに激しい怒りを抱いたその夜。
「今夜は必ず夜の勤めに来い」
機嫌の悪いシャレルドに、ルシアは黙って従った。
部屋に入ると、シャレルドはベッドにルシアを突き飛ばした。
昼間の苛立ちをぶつけるように、荒々しく、ルシアの焼き印のある手首を掴んで覆いかぶさった。
「……シャレルド様、手首、痛い、です……っ」
「黙れ。
お前は男に媚を売るのが仕事だよな。
……そうだよな、元娼婦だもんな。お前は誰にでも身体を売る娼婦だ。
男をたぶらかすのはお手のものだよな。
……この、娼婦!!
街であの男とやってきたのかよ!薄汚れた娼婦め!」
蔑んだ目で、ルシアに軽蔑を叩きつけた。
シャレルドは、ルシアの娼婦の焼き印がある腕を強く握りしめた。
この焼き印は、ルシアが娼婦だった印。
多くの男と交わった印。
今、歪んだ嫉妬に囚われたシャレルドは、その焼き印が憎くてたまらなかった。
「娼婦」
それは、ルシアを苦しませている言葉であり、過去だ。
娼婦であった自分を、誰よりも恥じ、蔑み、憎んでいたのはルシア自身だった。
そこから必死に這い上がろうと、人生を変えようと、足掻いている最中なのだ。
シャレルドとの穏やかな生活の中で、少しずつ村娘の頃の穏やかさを思い出し、自分を取り戻し始めていたルシア。
シャレルドという不器用な男に、信愛を感じ始めていたルシア。
その、信じかけていたシャレルドから放たれた言葉は、ルシアの心を無惨に引き裂いた。
ルシアの身体が、一瞬で凍りついたように硬直した。
彼女の瞳から光が消え、呼吸が激しく乱れ始める。
「……私は、私は娼婦なんかじゃ……!
私は、私は……娼婦!
汚い!
私は汚い!」
ガタガタと激しく震え出したルシアは、シャレルドを突き飛ばそうと狂ったように暴れ始めた。
「助けて! お母さん! サリー、どうして……! 触らないで! 助けて!!」
涙を流し、完全に錯乱して叫び声を上げるルシア。
普段なら出ないような、信じられない強い力でシャレルドを突き飛ばした。
ベッドから飛び降り、そのまま窓を開けて外へ飛び降りようとした。
シャレルドは驚愕し、慌てて背後からルシアを羽交い締めにした。
それでも暴れるルシア。
「死にたい! 消えたい! 私を殺して!」
ルシアのただならぬ様子に、シャレルドは咄嗟に呪文を唱えた。
「静寂よ、マナを紡げ。ソムル・マナトニクス……っ! 静まれ!」
魔法の力で、ルシアの激しい抵抗は弱まった。
シャレルドがベッドに運ぶと、ルシアはうつろな目で横たわった。
ルシアは、消え入りそうなかすかな声で呟く。
「死にたい⋯⋯もう全部、終わりにしたいの。死なせて⋯⋯」
シャレルドは激しく動揺しながらも、ルシアの心を落ち着かせるために催眠魔術を重ねてかけることにした。
震える声で問いかけた。
「……何があった。なぜそんなことを言うんだ。お前の過去に、一体何があったんだ」
シャレルドはルシアの額にそっと手をかざし、静かに魔力を込めて呟いた。
「お前を苦しませた出来事、全て吐き出せ。
⋯⋯そして、今夜のことは忘れて眠れ。
その心を澱ます苦しみを紡げ。
ルーティクラ・バルテェスラ・エルルーシス」
シャレルドの指から柔らかな金色に光る糸が生まれ、ルシアの胸に吸い込まれた。
催眠下で、ルシアの口からぽつり、ぽつりと、掠れた声で、ルシアは過去にあった出来事が紡ぎ出された。
信頼していた親友のサリーに騙されて連れ出され、人さらいに売り飛ばされたこと。
あの時、笑顔を消したサリーに吐き捨てられた、言葉。
『あんたなんか、昔から大嫌いだったのよ! 本当に邪魔だった!
同じ歳で、家が近くだからってだけで、ずっと友達でいなくちゃならなかった!
あんたと喧嘩したら、私が悪者にされるから、嫌いだってことも言えなかった!
美人だからって皆からちやほやされて、村長の息子から求婚されて⋯⋯あんたの近くにいたら、私はずっと惨めなのよ!
あんたなんか、消えていなくなれ!』
サリーに、そんな風に思われていたこと。
幼い頃から、何も知らずに親友だったはずのサリーを、ずっと傷つけ、惨めにしていたこと。
サリーにここまで深く恨まれていたこと。
その全てを、裏切られるその時まで、何一つ気づけなかった、自分の愚かさ。
それから、高級娼館に売られたこと。
必死で逃げようとして、酷い折檻を受けたこと。
毎日、男たちに身体を貪られ続けたこと。
望まない行為を強いられ、蔑まれる屈辱の日々の連続。
やっと解放されたのに、故郷の家族からは『娼婦に堕ちた娘はいらない』と手紙一枚で捨てられたこと――。
やり直そうと街で働き始めたけれど、手首の娼婦の焼き印が、どこまでも自分を縛り、解放してくれないこと。
そして――やっと、シャレルドの元で少しの平穏を得て、希望を抱き始めていたということ。
すべてを聞き終えた時、シャレルドは激しい罪悪感と後悔で、目の前が真っ暗になった。
(俺は……なんてことを言ったんだ。
傷ついて苦しむルシアに、何て言葉を投げつけたんだ。
俺はルシアを蔑んだあの男たちと同じ行為を強いて、彼女の心に言葉の刃を突き立てたのか……)
シャレルドは、眠るルシアの冷え切った身体を、ただただ強く、壊れ物を扱うように抱きしめた。
「ごめん。俺も、ルシアを娼婦として扱った。ルシアの身体を弄んだ。
⋯⋯俺もあいつらと変わらない、屑だ。ごめん、ルシア……」
ルシアの受けた過酷な屈辱の日々を思えば、実家から放逐された自分の生い立ちや苦しみなど、大したことではないように思えた。
シャレルドは、自分の胸に渦巻き、激しい苦しさをもたらすこの痛みがーー。
ルシアに対する憐憫なのか、それとも愚かな自分に対する悔恨と罪悪感なのか、あるいは、そのどちらでもない別の感情なのか。
ーーまだわからずにいた。
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