番外編 イシュトル
よろしくお願いします。
「だいたい、コイツらと俺たちを比べるな!
この二人は、出会ったその日から同居してるんだぞ!」
イシュトルがズカズカとテーブルに近付きながら毒づいた。
突然の皇太子の乱入と、会話を聞かれていたことに、フロランシアは羞恥し、慌てて立ち上がった。
「イシュトル様、その、聞き苦しい話をお聞かせしてしまい、申し訳ございません!」
ルシアも立ち上がる。
恥ずかしくて、慌てて言い訳を始めた。
「フ、フロランシア様、そ、その、同居ですが、私、当時は本当に行く当てもお金もなくて……、シャレルド様の屋敷に居候させてもらったのです!」
「その同居の条件として、俺は身体を要求した。その夜から身体を重ねただろう」
シャレルドが何食わぬ顔で爆弾を投下する。
「シャ、シャレルド様――っ!?何て事を!!」
「大丈夫だ。防音と認識阻害の結界を張ってある。俺たち以外には聞こえていない」
ルシアが慌てて悲鳴を上げる中、シャレルドはしれっとしている。
フロランシアは動揺で震え、手に持っていた扇を落としそうになった。
激しい軽蔑の目をシャレルドに向けた。
「会ったその日に、困っているルシア様の弱みに付け込んで!
……最低です!
下道!下衆!処刑ですわ!」
「その通りだ。
それで、後からルシアを本当に好きになったが……最初に俺が言った侮蔑の言葉のせいで、誤解が重なった。一度は逃げられた」
シャレルドが自嘲気味に言うと、ルシアも頬を紅く染めて言い返した。
「違います!
私もシャレルド様を好きになっていたのですけど……。
初日に『たやすく身体を許すような女とは絶対に結婚しない』とハッキリ言われていたので!
好きになればなるほど辛くなって、お屋敷を出たんです!」
「それから、俺が追いかけて、縋って、屋敷に戻ってもらって結婚したんだ。邪魔なプライドは捨てると決めた。
……俺は、もう二度とルシアに逃げられないよう、ストレートに、愛情を表現することに決めた」
フン、と胸を張るシャレルドを、イシュトルは心底呆れ果てた目で見た。
「コイツはな、極振りなんだよ。何もかもが極端すぎるんだ!
ルシア孃が居なくなっていた間、仕事を頼もうと俺が使者を遣ったら、その使者が『シャレルド様が尋常じゃない事態になっている!』と、大慌てで俺の元へ知らせに来たんだぞ。
様子を見に行ったら、まるで浮浪者だ。
臭くて垢まみれで、痩せて、ブツブツと虚空に向かって一人言を呟いていて……とても仕事を頼める状態じゃなかった。
……発狂したと思ったぞ。
……今だから言うがな!!
俺はあの時、滅茶苦茶に驚いたんだからな!
おかしくなっているお前の胸ぐらを掴んで、頬を叩きながら聞き出したんだ。
それで、ルシア孃に逃げられたと知った。
あの状態のシャレルドを、どうにか出来るのは、ルシア孃だけだろ?
『ルシア嬢の様子を見に行け』と言ったんだ」
「……シャレルド様、本当にそんなことに、なっていたのですか……?」
ルシアが隣の夫を心配そうに見つめた。
シャレルドは自分を気遣ってくれるルシアに、少し嬉しそうに、そして少しきまずそうに視線を彷徨わせた。
「それでも、ルシアを追いかけてはいけないと、自制したんだ。だが……ルシアが心配で、安全の確認をした。
そしたら、会いたくなって」
「そうじゃなくて、そんな状態になっていたなんて……」
「ルシアがいたら、もうあんなことにはならない。だから、俺から離れようとするな」
「……はい」
「俺からも頼むよ。ルシア夫人。
こいつの手綱を取れるのはルシア夫人だけだ」
「ルシア、こいつの頼みは聞かなくていい」
「シャレルド様、私が一番に優先するのは、シャレルド様です。安心して下さいね」
「ああ」
嬉しそうなシャレルドと、ルシアが見つめあう。
「──お前ら、俺たちがいること、忘れてないか?」
「そうだな。邪魔だな。
今日はこれで失礼しよう。
続きは邪魔者の入らない我が家でしようか」
フロランシアが、割って入った。
「あの、ルシア様の安全確認とおっしゃいましたが……シャレルド様は魔術で遠くから覗いていらしたのですか?」
「……いえ、姿を変えて、直接会いに来てくださったんです」
ルシアがフロランシアに返事をした。
「えっ?姿を?」
「ええ。シャレルド様って、可愛い所があるんです。
外見を変えて、毎日私が働いている職場に通ってこられて。仕事が終わるのを待って、私が家に入るまで、ばれないように後ろをそっと歩いて見守ってくださっていたんですよ」
「……それは、……ストーカーなのでは?」
フロランシアがひいた。
「えっと、見守りですね」
恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうなルシア。
「ああ。見守りだ。守っていた。
ルシアの姿を見たら、生きる気力が戻った」
「な、普通じゃないだろ?
この二人を基準にするなよ」
イシュトルはドカッと椅子に腰を下ろすと、正面に座る婚約者──フロランシアの目を真っ直ぐに見据えた。
「だいたい、フロランシア。
俺たちの婚約は、フロランシアの実家目当ての政略なんかじゃない。
……俺が、お前に惚れたから、申し込んだんだ!」
「え……っ?」
フロランシアは、完全に思考が停止したように固まった。
「イ、イシュトル様……?
お言葉ですが、私たちは婚約の顔合わせまで、お会いしたことはありませんわ」
「お前は覚えていないだろうが、俺はちゃんとお前を見ていた!
『素晴らしい才女がいる』と噂に聞いていて、話をする機会をずっと窺っていたんだ。
俺は、着飾るだけの中身が空っぽな女と結婚する気は毛頭なかった。
共に人生を戦う、賢く、尊敬できる女性を妻に望んでいた。
しかし、お前は夜会に滅多に出てこなかった。
……だが、ようやくお前が姿を現した夜会で、お前の言葉を聞いて、俺の妻はこの女しかいないと確信したんだ」
「お会いしておりませんわ」
「会ってはいない。
……夜会で、お前が意地の悪い令嬢たちに囲まれて、嫁き遅れだとからかわれていたのを聞いたんだ」
「あ……よくあることでしたから」
「俺はバルコニーへ出て休んでいた。その窓のすぐ側で、あいつらはお前を囲んで、お前の悪口を言っていたな。
『ドレスも、アクセサリーも、いつも同じものを使い回している』と、からかわれて、毅然として言い返していた」
「ええ……。だって、私には必要ありませんでしたもの」
フロランシアが戸惑いながら答えると、イシュトルは力強く深く頷いた。
「ああ、そうだ。お前はあいつらが馬鹿にする言葉に、こう返していた。
『自分のためのドレスや宝石の費用は、領地の貧しい子供たちのための学校経営に使っている。
子供たちの未来を育てる方が、私にとっては遥かに楽しく、幸せだ』と、嬉しそうに言っていただろう?」
「っ……!」
「俺は、お前のその学校を、こっそり視察しに行った。
……本当に、素晴らしい学校だったよ。
子供たちがみんな生き生きと学んでいた。
あの愚王と前王妃が国を牛耳り、荒れていた時代にだぞ?
だから俺は王宮に戻ってすぐ、お前のことを調べて釣り書きを送ったんだ!
お前の父親である侯爵は、悪人ではないが、お前という有能な存在を領地と弟の補佐として生涯縛り付けるつもりだった。
『娘は王宮へ嫁がせるような器ではございません』と、最初はひどく冷たく断られたんだぞ」
「えええっ……!?」
「それでも俺は諦めきれず、何度も頼み込んだ。
最終的に、侯爵家へ有能な人材を何人も派遣するという条件を突きつけて、ようやくお前との婚約をもぎ取ったんだ!」
「えええっ……!?」
フロランシアは、驚愕のあまり固まってしまった。
周りから「可愛げがない、堅苦しい」と言われて、実家からも都合のいい駒のように扱われていた自分を、皇太子が認め、妻に望んでてくれていた。
「それに……っ、お前に今まで一度も触れなかったのは、お前を軽んじているからなんかじゃない!
……俺自身の歯止めが効かなくなるのが分かっていたからだ!
年下の、盛りのついた下衆にみられたくなかった。
お前に相応しくあろうと、カッコつけてたんだよ!」
「イシュトル、様……」
「俺が毎日、死ぬ気で勉学や政務に必死になっているのも、国のため、自分のためでもあるが。
お前に認められたかった。年下だが頼れる男と思われたかった。
……くそっ、そんな風に思われていたとは!もう限界だ!
予定していた結婚式の日程を、限界まで早めるぞ!
良いか!?
良いよな、フロランシア!」
「――はい……っ!!」
フロランシアの瞳から、今度は嬉し涙がホロリとこぼれ落ちた。
「な、泣くなよ!どうしていいか、わからなくなる!
俺は、女に慣れてないんだ。」
涙を流す婚約者を前にして、イシュトルはうろたえ、焦りだした。
「これは、嬉しいから、です!
女性に、慣れてなくて、構いませんから、……私には、これからは、本当の気持ちを、つ、伝えて下さい!」
「わ、わかった!そうすると約束する」
イシュトルは、どこか恐れおののきながら、おずおずとフロランシアに近づいた。
そして、掌をそっと差し出し、フロランシアの白く柔らかな手を包み込むように握った。
触れ合った瞬間に伝わるお互いの熱に、二人の頬が赤く染まった。
フロランシアも、イシュトルの手をしっかりと握り返した。
二人の様子を隣で見つめながら、ルシアは驚いたり、我がことのように嬉しそうに微笑んだりしながら、二人の会話を優しく見守っていた。
一方のシャレルドは、我関せずと、冷めかけた紅茶を涼しい顔で飲み干していた。
その後、ヴァルトリア王国では、皇太子の結婚式準備が超特急で進められることになった。
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