番外編 フロランシア
番外編が浮かんだので、追加しました。
よろしくお願いします。
王立劇場でのスタンディングオベーションから、しばらくが経った頃 。
『亡国の姫君』としてのストーリーが完全に国中に定着したルシアと、その夫である魔法伯爵シャレルドは、王宮からの招待を受けていた 。
今回の集まりは、公式な晩餐会ではない。
皇太子イシュトルの婚約者であるフロランシアが、「ルシア夫人とぜひ個人的に親しくなりたい」と望んだことから開かれた、内々のお茶会だった。
二人の結婚式に、フロランシアも参列していたが、当日はルシアとはそれほど言葉を交わす時間がなかったのだ。
イシュトルも、同席するはずだったのだが―― 。
「申し訳ありません、ルシア夫人、シャレルド様。
イシュトル様は急な政務が入ってしまい、少し遅れるそうですの。
ですので……ふふ、まずは私たち三人で、気楽にお茶を始めましょう?」
王宮の美しい庭園が見渡せるテラス席で、にこやかに出迎えてくれたフロランシアは、気品溢れる侯爵令嬢だった。
イシュトルよりもいくつか年上の彼女は、落ち着いた優雅さをまとっており、初対面のルシアに対しても、最初から非常に好意的な笑みを向けてくれていた。
「ありがとうございます、フロランシア様。お招きいただき光栄に存じます」
ルシアが緊張しながらも、しっかりとしたマナーで一礼してソファーに座ると、その隣で、シャレルドが当然の権利のようにルシアの側に自分の椅子を移動させた。
そこからの時間は、フロランシアにとって、非常に『当てられる』ものとなった。
「ルシア、この菓子は少し硬い。お前の口に合うように、俺が小さく切り分けてやる」
シャレルドが出された菓子を、風の刃で切った。それは一瞬だった。
皿の菓子がふわりと浮き、かすかな音がして皿に戻された。菓子は一口サイズになっていた。
「あ、あの、シャレルド様、フロランシア様の前ですから、ひ、控えてください……っ」
「ダメだ。俺はルシアの世話がしたい」
シャレルドは涼しい顔でそう言うと、普段は魔術を繰り出すその手で、ルシアに出された菓子の皿を手に取った。
一口サイズにした菓子をフォークに刺してルシアの口元へと運んでいく。
かつて「氷の魔術師」と恐れられた無愛想な男が、ルシアに首ったけで、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
その若葉色の瞳を見つめるシャレルドの青い瞳には、愛情がこれでもかと溢れていた 。
「まあ……。本当にお噂以上の仲の良さですのね。
シャレルド様がこれほど情熱的なお方だったなんて」
フロランシアが扇を口元に当ててフフっと楽しげに笑うと、シャレルドはフンと鼻を鳴らした。
「フロランシア様。私はルシアにベタ惚れですので」
「もう、シャレルド様……っ!」
顔を真っ赤にして慌てるルシアの姿を、フロランシアはどこか羨ましそうな、少しだけ寂しげな瞳で見つめていた。
「……本当に、羨ましい限りですわ。私から見れば、イシュトル様はまるで……まだまだ手のかかる、可愛い『弟』のようですもの」
「え? 弟、ですか……?」
ルシアが不思議そうに首を傾げると、フロランシアは紅茶に視線を落とし、小さくため息をついた。
「ええ。そう思うことにしたのです。そうでないと、これから先が辛くなりますから」
ルシアはシャレルドをチラリと見た。シャレルドは素知らぬ風に、紅茶を飲んでいる。
フロランシアが話を続けた。
「あの方は、前王妃様の策謀によって、お若い頃に何年も戦地へ行かされていましたでしょう?
だから、王宮に戻って、皇太子となられてから、遅れた時間を取り戻すために、毎日毎日、勉強と政務をなさっていますの。
……私とあの方の婚約は、私の実家の後ろ盾目当てに結ばれた、政略のためのもの。
ですから……あの方の愛情を得る特別な存在には、私にはとてもなれそうにありませんわ」
フロランシアは寂しそうに微笑みながら、ルシアの困惑する顔を見つめた。
「きっと、イシュトル様も……ルシア様のような、守ってあげたくなるような、たおやかで可愛らしい女性が好みなのでしょう。
私には未来の王妃としての働きを望んでおられるだけ。
私は幼い頃から、周囲の者たちに『さかしい(賢すぎる)』『堅苦しい』『可愛げがない』とばかり言われて育ちましたもの。
……きっとあの方にとっても、私はただの表向きの『便利な妻』。政務の手伝いのために、私を望まれたのでしょう。
いずれ、あの方には本当に愛する愛妾(側室)ができるのだろうと、覚悟しておりますの。
……だって、私、未だに一度も、手を握られたことすらありませんのよ?
エスコートとダンスの時も、軽くしか触れてくださいません。熱く見つめられたことも」
「ええっ……!?」
悲しげなフロランシアの口から飛び出した、あまりにも意外な告白に、ルシアは驚きのあまり声を上げた。
あの頭が切れ、どんな敵にも怯まなそうな皇太子イシュトルが、婚約者の手を一度も握ったことがない!?
「そ、そんなこと、ございませんわ、フロランシア様!」
ルシアは思わず、フロランシアの白い手を両手でぎゅっと包み込んだ。
「フロランシア様、一度イシュトル様に、本当の気持ちをお伝えすべきですわ。
一人で思い悩むと、悪いほうへばかり、考えがいってしまうものです」
「イシュトル様は、形式的な花束や、菓子を下さいますけれど。
あなた方のように、見つめあったり、親しく触れたりなさいませんもの」
「絶対に、なにか誤解があると思うのです。フロランシア様、本当の気持ちを、イシュトル様にお伝えして下さい!」
ルシアが若葉色の瞳をうるませて真っ直ぐに訴えると、フロランシアは悲しげに微笑んだ。
「……ルシア様。貴女は本当に、なんて優しくて良い方なのかしら……」
その時──。
「──おい。誰が『便利な妻』だ?誰に『愛妾』ができるだって?」
テラスのカーテンの陰から、凄まじく不機嫌な、聞き覚えのある低い声が響いた。
「「え?」」
ルシアとフロランシアが振り返ると、そこには、いつからそこに隠れて聞いていたのか。
顔を引きつらせて、書類の束を握りしめた皇太子イシュトルが、口元を引きつらせながら立っていた。
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