番外編 4 伝説のフィナーレ
この番外編の、最終話です。
よろしくお願いします。
王都の美術館にて。
夜会の席で挨拶を交わした公爵夫人が、扇を片手に、いたわりの笑みを浮かべてルシアにそっと話しかけてきた。
「ごきげんよう、魔法伯爵の奥様――ルシア夫人。
いえ、元を正せば亡国の姫君であらせられましたわね。
少し前ですけど、大変なお辛い思いをなさったとお聞きしましたわ。
ただの他人の空似のせいで、不届きな男からとんでもない侮辱を受けられたとか……」
「え、あ、はい……」
曖昧に微笑むルシア。
「本当にお気の毒に。
ですが、その無礼を働いた元侯爵の家、息子の現当主の不祥事によって『伯爵位』へと格下げ処分になったと伺いましたわ。
……不正を暴かれて爵位をまともなご親族に譲らされたそうですの。
本当、小気味の良いことですわね。天罰ですわ」
公爵夫人の言葉を聞きながら、ルシアは顔を引きつらせ、心の中で(……シャレルド様、こんな無茶苦茶な設定、私には無理です……!)と、背中に大量の冷や汗を流していた。
「お可愛らしい清純な奥様。お控えめなご性質ですのね。
ふふっ。魔法伯爵様が溺愛なさるのもわかりますわ。
では、また。ごきげんよう」
公爵夫人がにこやかに去っていった。
♢♢
シャレルドの執念は、ルシアの想像を超えていた。
『あの老いぼれだけは絶対に許さん。
現当主である今の侯爵も同罪だ。あんな害悪な父親を野放しにしてルシアを傷つけた罰だ。
ついでに身辺を徹底的に調べ上げたら、父親に似て女好きの、救いようのない無能だと分かった。自慢の爵位を格下げし、親類のまともな奴に家督を譲らせてやった』
そう言って、昨夜、涼しい顔で自分に紅茶を淹れてくれた夫の姿が脳裏をよぎる。
愛する夫から贈られた経歴が、あまりにも高貴で、あまりにもスケールが大きすぎて、ルシアは烏滸がましさに震えるしかなかった。
♢♢
気づけば、どこのパーティーに出席してもルシアは『レイシュリア王国の高貴な忘れ形見』として扱われ、上流階級の令嬢や夫人たちから羨望の眼差しを向けられている。
あまりの後ろめたさに、ルシアはただ申し訳なさそうな、複雑な微笑みを浮かべることしかできなかった。
すると、その様子を見た夫人たちは、さらに深く感動したように声を潜めた。
「ええ、ええ、分かりますわルシア夫人。公に肯定するわけにはいかないデリケートな事情ですものね。
うかつに認めれば、亡国の残党に担ぎ上げられたり、命を狙われることになりかねませんもの。
表向きはただの『他人の空似の噂』という枠に収めておかなくてはなりませんものね。
ええ、私達、重々理解しておりますわ」
「でもね、ルシア夫人。きっともう大丈夫ですよ。
貴女のためなら何者をもいとわない、頼れる強い旦那様がおられますもの」
にこやかに「愛されてお幸せですわね」と微笑ましく揶揄われるルシア。
その時、そっとルシアの腰を抱き寄せ、隣に並び立ったシャレルドが優雅に口を開いた。
「皆様の温かいご理解に感謝いたします。妻もさぞ心強いことでしょう。
……くれぐれも、ただの『噂』としてお収めください。
そうそう、実は皇太子殿下が、私達の結婚を祝福して下さり、ルシアの系譜に繋がる物語を原作とした、素晴らしい歌劇をご注文なさったのですよ。
近いうちに王立劇場で公演されますので、ぜひ見てやって下さい」
「まぁ、素敵!
もちろんでしてよ。本当に楽しみですわ!」
そう言って、満足そうに去っていく夫人たちの背中を2人は見送った。
「……フン。だから言っただろう、完璧なストーリーだと。ルシアには王女の品格があると」
「⋯⋯皆様、本気で信じておられますね」
戸惑いながら言うルシアをシャレルドは引き寄せた。
「王家が後援する歌劇が始まれば、貴族にも民衆にもそれが『真実』となる。
誰もがルシアを本物の姫君扱いするよ。今でもそうだが。
本当は、俺だけの姫で良かったんだけどな」
「……私も、シャレルド様だけがいてくださったら、それだけで一生幸福であり続けられます」
「ルシア⋯⋯」
シャレルドがルシアに贈ったストーリー。
愛する妻への特別なストーリー。
都合よく作り上げた嘘っぱちのストーリーだ。
けれど、それはルシアを誰からも、二度と侮辱させないための、シャレルドからの魔法の守護ストーリーだ。
ルシアは、腰に回された夫の大きな手の温もりを、自らの小さな手でぎゅっと握り返した。
(ちょっと不器用で、少しひねくれて、そのくせ優しい人。
世界で一番私を愛してくれる、私の旦那様。ーー素敵すぎます。大好きです)
ルシアは、これからの未来をシャレルドと共に歩んでいける幸福を、胸の奥深くで、愛おしく抱き締めた。
♢♢♢
半年後。
王立劇場にて。
歌劇『散りにし王家の物語ーーレイシュリアン王家の最後』が満を持して華々しく初公演を迎えた。
実在のレイシュリア王国を『レイシュリアン』という架空の国としたその歌劇は、王都中の話題となった。
大ヒットを記録。連日満員御礼、公演続行の声が上がり、記録的なロングラン作品となった。
のちに、王都中の人々語り草にした、この歌劇にまつわる忘れられない出来事があった。
それは、初演のカーテンコールで起きた出来事だ。
その劇のフィナーレ。美しく切ないナレーションが劇場中に響き渡る。
燃え盛る王宮。儚く散った王家の最後。
『せめて、産まれたばかりの姫君だけは――王と王妃の最後の希望、願いーー。
姫君は王妃が命を助けた少年の手により、隣国ヴァルトリアへと逃された。
姫君は自分の出生を知らず、隠されて育てられ、美しく成長した。
ーーやがて彼女を愛する天才魔術師と結ばれ、末永く幸せに暮らしたという』
盛大な拍手喝采の中、歌劇は幕を下ろした。
割れんばかりの歓声の中、カーテンコールが始まった。
緞帳が上がり、舞台俳優と女優たちが次々と舞台上に並んで挨拶をしていく。
最後に、中央に立った主演俳優が、満面の笑みで両手を広げて客席へと大声で呼びかけた。
「皆様に、この上ない奇跡のお知らせをいたします!
我がレイシュリアン王国の気高き姫君が、今、この劇場におられます!
私たちの舞台を、最愛の旦那様と共に見届けてくださったのです!
さあ、我らレイシュリアンの姫君へ、盛大な拍手を――!!」
その声を合図に、劇場の照明が一斉に動き、二人が座るバルコニー席へと、スポットライトの光が照射された。
「――っ!?」
劇場中に、地鳴りのような大きなどよめきが起こった。
舞台上の俳優や女優たちはもちろん、客席を埋め尽くしていた高位貴族から一般民衆にいたるすべての観客たちが、一斉に、弾かれたように立ち上がった。
そして、光の中に佇むルシアとシャレルドの姿を仰ぎ見る。
突然の出来事に頭が真っ白になり、あわあわと固まってしまうルシア。
そんな愛おしい妻の手を優しく握り、シャレルドは
「大丈夫だ、立て」
と、余裕に満ちた笑みを浮かべてルシアを促した。
シャレルドに優しく背中を押され、ルシアは深く息を吸い込むと、光の中で完璧に、優雅で美しい笑みを浮かべ、カーテシーを披露した。
その瞬間。
劇場全体を激しく揺るがすほどの、凄まじいスタンディングオベーションが巻き起こった。
ルシアへの割れんばかりの大歓声と、惜しみない拍手の嵐。
あまりの感動と恥ずかしさで顔を真っ赤に染めるルシア。
シャレルドは我が姫君を愛おしそうに引き寄せると、数千人の観客たちの目の前で、彼女の白い額へと、深く、誓いを重ねるようなキスを落とした。
王立劇場に、さらに地鳴りのような拍手喝采と、羨望の悲鳴が鳴り響いた。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
頑張って書き上げました。
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