番外編 3 愛する君に贈るストーリー
よろしくお願いします。
シャレルドが屋敷に帰宅した時、ルシアは自室の勉強机に本を広げたまま、ぼんやりと虚空を見つめていた。
ずっと落ち込んでいてはいけない。
シャレルド様にこれ以上恥をかかせないために、淑女になるための勉強をしよう。
ーーそう前を向いて教本を開いたものの、どうしても娼婦時代の客の暴言が頭をよぎった。
元侯爵の振るった言葉の刃は、ルシアの胸を深く抉っていた。
「ルシア、入るよ」
静かに扉を開けて入ってきたシャレルドを見て、ルシアは微笑みを作った。
「お帰りなさい。シャレルド様」
広げられた教本をチラリと見て、シャレルドは優しく目を細めた。
「また勉強してたのか。ルシアは努力家だな」
「シャレルド様に、恥をかかせたくありませんから」
「そうか、じゃあ、次はこれを全部、次のパーティーまでに暗記しておいて」
ルシアは文章がぎっしり書かれた書類の束を渡された。
「……シャレルド様、これ、新しい劇のあらすじですか?物語?」
「読んでみろ」
(??物語みたいだけど。
観劇へ行くから、その劇のあらすじを覚えておくってことかしら?でも、次のパーティーまでに??)
ルシアは気楽に読み始めた。
その書類に書かれていたのは、数十年前に滅んだという『レイシュリア王国』の歴史物語だった。
ーー♢
傾いていく国、それを止められない王の苦悩。王に寄り添う、身分の低い側妃との悲しい恋。
激化する内戦と醜い権力闘争の果てに、最愛の王女を守る為、ヴァルトリア王国へ逃がした経緯。
その王女(姉)はヴァルトリア王国王弟に見初められて結婚する。
後に、その側妃が残した末息子(弟)がレイシュリア王国の最後の王となる。そして、その妻子もまた、時代の波に飲まれて悲しい最後を遂げる。
ーー♢
ルシアは涙ぐんで物語を読み進めた。
しかし、その後に続いた文章に、ルシアは驚愕のあまり凍りついた。
『ーー亡国となったレイシュリア王国。途絶えたと思われていた王家には、唯一生き延びた姫がいた。その姫は後に、ヴァルトリア王国の魔術師シャレルドの最愛の妻となる』
「な、なんですか!これ!」
ルシアは混乱のあまり、ガタガタと書類を持った手を震わせた。
表情を変えたルシアに、シャレルドは涼しい顔で言った。
「それは、お前の新しい経歴ストーリーだ」
ルシアは青くなりつつ、続きを読み進める。
そこにはとんでもない内容が書き連ねられていた。
『――ルシア夫人は、数十年前に滅んだレイシュリア王国の正統なる血筋の姫君であり、身の安全のためヴァルトリア王妃の実家で密かに匿われていた。
イシュトル王子の無二の親友である魔術師シャレルドにその類稀なる美貌と品格を見初められ、彼からの熱烈な求婚を受けて二人は結ばれた』
読み終えた瞬間、ルシアは書類を握りしめたままシャレルドに詰め寄る。
「む、無理です! シャレルド様、このストーリー、私には大きすぎます! 設定が高貴すぎます!!」
「そんなことはない。お前の若葉色の瞳、気品ある顔立ち、完璧に王女の品格がある。誰もが納得する完璧なストーリーだ」
シャレルドはにこやかに言う。
「納得しませんよ! だいたい何ですか、この『熱烈な求婚を受けて』って恥ずかしい下りは!? これじゃあ、まるでシャレルド様が私にベタ惚れみたいです!」
「お前な、わかってないのか。ベタ惚れだよ。事実の補強だ。
……こうしておけば、お前の過去を穿くり返そうとする不届きな貴族どもを、黙らせる事が出来る。お前を守るためだ、大人しく覚えろ」
「でも、でも、こんなの恥ずかしいです!
それに、レイシュリア王国の亡き方々の歴史を利用してるみたいで、申し訳無いじゃないですか!」
「誰も傷つかん。それに、このストーリーは既に発動している。じきに社交界に噂が出回る。
それから、レイシュリア王国の最後の王と王妃達の物語を、一流劇作家に依頼した。実話を元にした本格的な歌劇として書き上げさせる」
「は?」
「劇のフィナーレは、残された希望として、生まれたばかりの姫をヴァルトリアに逃がし、その姫が天才魔術師と結婚するというナレーションで締める。
半年後には王立劇場で公演だ。既に王家が公式に後援する手筈が整えられた。この物語は『王家公認』の歴史事実となる。
楽しみだな。
初公演を特等席で見に行こう」
「ひぃっ」
アワアワ混乱するルシア。
あまりのスケールに、内心は激しい悲鳴が吹き荒れていた。
「大丈夫だ。ルシアは曖昧に笑っているだけでいい」
愛する夫が作った度肝を抜くストーリー。それをアピールする手腕。
亡国の姫君という大それた嘘の経歴を背負う自分に、ルシアは身震いした。
♢♢
ほどなくして。
普段は王宮の、あまり人の通らない静かな奥廊下にひっそりと飾られていた、王家代々の古い肖像画を一堂に集めた――大展覧会『ヴァルトリア王家肖像画展』が、王都の特設会場で華々しく開催された。
「貴族家の血筋が、いかに王家と深く結びついているか一目でわかる」と評された肖像画展覧会。
名門貴族たちが続々とこの展覧会へと足を運んだ。
展示された数々の肖像画の横には、描かれた人物たちの名前や出身の貴族家名が記されている。
さらに、詳細な系譜図と、その一家が辿った『家族のストーリー』が丁寧に添えられていた。
その膨大な展示の中で、ひときわ多くの人々の涙を誘い、注目を集めた肖像画があった。
それこそが――例の、若葉色の瞳をした元侯爵令嬢、あの悲劇の王弟家の肖像画とストーリーだった。
「非常に素晴らしい歴史の勉強になる」と、王都の貴族たちはこぞって幼い子どもたちの手を引き、一族連れ立って会場を訪れた。
その噂は瞬く間に王都中へと広がり、熱狂的な話題となった。
それを受けて、『市民公開日』が数日間設けられた。
押し寄せる膨大な一般民衆で会場が埋め尽くされるほどの盛況ぶりを見せたという。
大展覧会の開催中から、「王弟妃にそっくりな、王弟妃の姪にあたる、亡国の血を引く姫君」の噂が流れ始めた。
そう、こちらでも、皇太子イシュトルがストーリーの補填に協力していた。
王都で開かれた夜会の中心で、少し酔った風の皇太子イシュトルはグラスを片手に、熱心に耳を傾ける高位貴族の令嬢や夫人たちに囲まれていた。
「――殿下、本当なのですか? 魔法伯爵様のルシア夫人が、あの滅びたレイシュリア王国の……」
一人の公爵夫人が扇を口元に当てて声を潜めると、イシュトルはさも哀愁を帯びたような完璧な貴族の微笑みを浮かべた。
「噂が広がってしまったのか。
だが、ルシア嬢、いや、ルシア夫人にはもうシャレルドという最強の護り手がいるから、少しなら話しちゃおうかな。
……母上の実家、私のお祖父様がずっと極秘裏に守ってきたんだよ。
ルシア夫人は幼い頃から、俺の母上の実家で密かに匿われていたんだ。昔、レイシュリア王から恩を受けたらしくてね。その縁で協力したらしい。
何しろ亡国の正統なる姫君だからね、残党に担ぎ上げられないよう、平民の娘として息を潜めて育てるしかなかった。
私も子供の頃、母上の実家へ行くたびに彼女と何度も会って、共に遊んだよ。とても優しい子でね」
「まあ……! では、シャレルド様とはどのような馴れ初めがございましたの?」
令嬢たちが頬を染めて身を乗り出す。
イシュトルは「くくっ」と悪戯っぽく笑い、声を一段と潜めた。
「ある日、私が母上の実家に滞在中にね、急用で私を訪ねてきたシャレルドが、偶然、庭園で本を読んでいたルシア嬢を見かけてね。
……一目惚れだったそうだ。あの冷徹で、女に一切興味のなかったシャレルドが、文字通り雷に打たれたように動けなくなっていてね。あれは傑作だったよ」
「まぁ!あの氷の魔術師様が一目惚れだなんて!」
「そこからは凄かったぞ。
シャレルドの奴、あの鉄面皮な男が毎日のように熱烈なアプローチを重ね、ルシア嬢に会いに通い詰めたんだ。
最初はルシア嬢も彼の強引さに戸惑っていたが、シャレルドが『国家最高魔術師であるこの俺の命に代えても、生涯を賭けて貴女をすべての敵から守り抜く』と誓ってな。
お祖父様達も、シャレルドなら任せられると結婚を許されたんだ」
「なんてロマンチックな……!」
「まるで本物のおとぎ話のようですわ!」
ため息をつく夫人たちを前に、イシュトルは心の中で、(よし、完璧に食いついたな。シャレルド、後で盛大に俺に感謝しろよ)とガッツポーズをした。
イシュトルの広報によって、貴族夫人・令嬢たちの脳内には『天才魔術師と亡国の姫の情熱的恋愛ストーリー』が100%の真実として刻み込まれた。
魔法伯爵シャレルドの最愛の妻ルシア夫人は、悲しい亡国『レイシュリア王国』の、正統なる血統を引く本物の姫君である、と貴族社会で認識された。
この番外編は、あと1話で終わります。
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レイシュリア王の側妃が産んだ姉のほうの、曾孫くらいにルシアは当たります。
シャレルド達が作ったストーリーの『亡国の姫君』は、側妃が40歳くらいで産んだ弟(実在)のほうの娘です。
有力貴族腹の兄達が策謀で落とし合いし、居なくなった後。傀儡の王として即位させられ、国の滅亡と共に亡くなりました。(史実)
『亡国の姫君』は、その王が40歳か50歳くらいの時に、産まれた、いう設定です。
存在を知られないうちに、ヴァルトリアへ逃がしたとしました。実在無しです。
亡国の王様は、(会ったこと無い)姉の、曾孫のルシアのためなら、その嘘っぱちストーリー、オッケーだそうです。(天国から)




