番外編 2 親友の存在
よろしくお願いします。
王宮の皇太子の執務室の扉が、凄まじい音を立てて開けられた。
「おい、もう勘弁ならん! 俺のルシアが、変な言いがかりをつけられないよう、今すぐお前の権力で協力しろ!」
「……おいシャレルド、入る時くらい最低限の挨拶をしろよ。
俺、一応この国の皇太子なんだけど!?
不敬って言葉を知らんのか?
なんで俺は、お前に当然のように命令されなきゃいけないんだ?」
皇太子イシュトルはため息をつくと、執務室にいて固まっている側近と護衛たちに言った。
「あー、お前ら、ちょっと席を外してくれ。
……いや、もうお前達、今日は帰っていい。
こいつとの話は長くなるだろうからな。護衛だけ外で待機だ」
イシュトルは側近達と護衛を執務室の外へ出した。
シャレルドとイシュトルが2人きりで執務室にこもった。
「話があるんだ。黙って聞け」
「だから、不敬……」
「黙って、聞け」
「……はい」
シャレルドの気迫に皇太子は引き下がった。
「ルシアが傷ついている。
先日の夜は、前からルシアが楽しみにしていた観劇だったんだ!
それを、あの下劣な男のせいで、ぶち壊しになった!許せん!」
シャレルドが叫ぶと、怒りに呼応するように、凄まじい殺気の波動が部屋中に走った。
パキンッ! と激しい音を立てて、執務室に飾られていた花瓶が粉々に破裂した。
壁に掛けられていた額縁、置かれた調度品もガタガタ音を鳴らす。
執務室にかけられている防御魔法結界がビシビシ音を立てて軋み始める。
「ひいいっ、分かった、悪かった! スマン!! だから落ち着け!」
何も悪くない皇太子が何故か謝る。
シャレルドの殺気にあてられ、本気で怯えて机に座ったまま、頭を手で守り突っ伏した。
その姿を見て、シャレルドは怒りを抑えようと、皇太子の隣の椅子にドスッと腰掛けた。
深く呼吸をして息を整えてから、説明を始めた。
「俺が完璧なストーリーを考えてきた。お前はそれを事実として補填しろ」
「ストーリー……?」
シャレルドは計画を口にした。
「ルシアは王妃の姪というだけでなく、実は『何十年も前に滅んだ、亡国の王家の正統なる血筋の姫君だった』というストーリーにする。
身の安全のために、今までずっと親類を頼り、密かに匿われていた、とするんだ。
その親類は王妃様の実家な。どうだ?」
シャレルドはルシアを思い浮かべ、完璧だとばかり、話を続けた。
「ルシアの美貌、品格。正に王女そのものだ。
ルシアにふさわしい、誰もが納得するストーリーだろう?
地方都市の娼館にいた女とは、ただの『他人の空似』で押し通す。今後、ルシアに向かって『似ている』などと少しでも口にする奴がいれば、亡国への侮辱、ひいては王家への不敬罪として極刑に処すという噂を流せ」
シャレルドのあまりにも強引で尊大な計画を聞いて、皇太子はひいた。頬が引きつる。
(ルシアが元娼婦だった経緯を、シャレルドはあらかじめイシュトルには話してあった)
またシャレルドのルシア最愛病が発動したか、とイシュトルは理解した。
(ルシア夫人を侮辱されたシャレルドが、ルシア夫人に『亡国の姫君』という経歴をつけるから、それに協力しろ、か。
なるほど。しかし、壮大すぎないか?)
けれど、イシュトルは、ハッと何かを思いついたように目を見開いた。
「……待てよ。お前のそのストーリー、信憑性を持たせられるかもしれないぞ!」
「あぁ?」
「ほら、以前話した、ルシア夫人に顔立ちがそっくりな何代か前の王弟妃(元侯爵令嬢)のことだ。あの実家を詳しく調べた。
お前も内乱で崩壊し、我が国に併合された『レイシュリア王国』を知ってるだろ?」
「それが?」
「あの王弟妃は、侯爵家に引き取られた、レイシュリア王の身分の高くない側妃腹の姫君だったんだ。寵愛を受けた側妃だったらしいよ。
レイシュリア王は傾きつつある自国から、愛娘を逃がしたんだ。我が国の侯爵家に養女に出された姫君。それを当時の王弟が見初めたらしい」
皇太子は続けた。
「ルシア夫人は『レイシュリア王家の血を引く姫君』。これで行こう!
王宮にある肖像画も実際のものだから、見せれば貴族どもへの信憑性は一気に跳ね上がる。
レイシュリア王国の姫であった王弟妃とルシア夫人は、血縁だから似ていると噂も流せる。
おい、そっちの棚にレイシュリア王国の王族資料がある。
完璧な『亡国の姫君』ストーリーを作ろうぜ、親友」
さらに皇太子は、悪戯っぽく笑って提案を重ねた。
「ついでに、俺が子供の頃から、ルシア夫人とは母上の実家で何度も会って交流があったということにしよう。
夜会や社交界のあちこちで、俺がさりげなく触れ回っておいてやる。
その縁があって、俺の親友である魔術師シャレルドとルシア夫人が知り合い、恋に落ちた……というのはどうだ?社交界の女性達が好むストーリーになる。
シャレルドならルシア夫人を守れるから、2人の結婚を許し、表に出すことにした、ともな。どうだ?」
「ふん……上出来だ。お前にしては冴えているな」
「お褒めに預かり、光栄だよ」
「そうだな。あと一押し、欲しい。
劇場前で侮辱されたからな。やり返す。
歌劇が良い。お前、王立劇場を動かせるよな?」
「まーな。
お前は忘れてるかと思ったよ。
俺、皇太子だよ!」
シャレルドと皇太子は、頭を突き合わせ完璧な『亡国の正当な血を引くために、我が国に預けられ、隠されて育てられた姫の成長ストーリー』を作り上げた。
レイシュリア王家の系譜の中に、王弟妃の血縁者として、いても可笑しくない姫のストーリーを。
イシュトルとシャレルドは、お互いに今後の発言で誤りや食い違いがないよう、細かく書面に書き上げた。
完璧に練り上げ完成させた『亡国の姫の経歴』の書面を前に、イシュトルは「ふぅ……」と大きなため息をついた。
椅子の背もたれに体を預ける。
「大仕事が終わったな。茶くらい飲んでいかないか?すぐに用意させるが」
「そうだな。少し喉が渇いた」
イシュトルが外の扉に向かって「茶を持て!」と命じると、少しして淹れたての温かい茶と、甘さを抑えた焼き菓子が運ばれてきた。
少しの間、静寂が訪れる。
おとなしく茶菓子を摘まむシャレルド。
イシュトルはそのシャレルドの横顔を、しみじみと観察するようにジロジロと見つめた。
「なんだ? 人の顔をジロジロ見るな」
「いや、お前、本当に変わったなと思ってさ。……なんだか感慨深いんだよ」
イシュトルは遠い目をして、出会った頃のシャレルドを思い出していた。
血みどろの戦場を共に戦い、背を預け生き延びた親友。心が存在しない、魔人かと思うほど、感情の無かった、親友。
「……前のお前はさ、まるで『鞘の無い、剥き出しの研ぎ澄まされた刃』だった。
ピリピリしていて、そのくせ何にも執着が無くて。
自分の命すらどうでもいいように雑に扱っていた。
……それが、守るものが出来たら人間こうも変わるもんかとさ、考えてたわけ。
鞘の無い刀かぁ、……ププッ……。
ルシア夫人が、お前の荒ぶる刃を収める『鞘』になってくれたんだなー。いやあ、言い得て妙だ」
「お前、皇太子のくせに言葉が下品なんだよ」
シャレルドは呆れたように笑った。
だが、その青い瞳には、以前のような鋭い光はどこにもなかった。
「……だが、そっちの下世話な意味じゃなく、確かにルシアは俺の唯一の『鞘』だ。無くてはならない居場所。――俺が、帰るべき場所だ」
「ほー、大真面目なノロケで返されたな。ハハッ、羨ましい限りだよ」
「……急に怒鳴り込んできて悪かったな。邪魔をした。
……アーサーたち側近にも、驚かせて悪かったと謝っておいてくれ」
「え……?」
イシュトルが驚いて目を見開く中、シャレルドは立ち上がり、先ほど怒りの波動で粉々に粉砕してしまった花瓶の破片へと手を向けた。
「――元の姿に還れ、ザカリア・カナルテン」
短く呪文を唱えると、まばゆい光の粒子が空中に舞い、散らばっていた陶器の破片が瞬時に元通り、傷一つない美しい花瓶へと復元された。
「じゃあな、親友の皇太子。
この件で貸しは全回収だ」
それだけ言い残し、シャレルドは優雅に執務室を出ていった。
バタン、と静かに扉が閉められる。一人残された静かな執務室で、イシュトルは元の姿に戻った花瓶を見つめながら、ポツリと呟いた。
「バカヤロー。これくらいで、借りがゼロになるはず無いだろ……。
んん??……これからは貸し借り無しの親友になろう、って言ったのか?アイツ。
はぁ……本当に変わったな。
……ルシア夫人に感謝しなきゃな。
あいつを、血の通った人間に戻してくれて。
抜き身の危うい刃が、帰るべき居場所を得ると――あそこまで優しく、強くなれるものなんだな」
ーー親友は良い方へ向かっている。
親友の幸福を確信した未来の賢帝は、嬉しそうに残りの茶を飲んだ。
ぬるくなった茶が、気持ちよく喉を潤した。
頑張って書きました。
皇太子イシュトルは、お気に入りキャラです。イシュトルの場面はタッチペンが進みます。
お星さまやブックマーク、頂けたら嬉しいです。




