2話 這い上がる決意と魔術師の屋敷
よろしくお願いします。
家族からの手紙に絶望したルシア。
行く場所のないルシアは、生きるためにその街の大衆食堂で住み込みで働き始めた。
すぐにルシアの美貌は評判となった。
昼間は大衆食堂でも、夜は酒場になる店だ。
ルシアに付けられた、手首の内側にある「娼婦の焼き印」。
それは娼婦である印であり、持ち主だった娼館のマークも重ねられているものだ。
ブレスレットで隠しても、包帯を巻いても、目ざとく見つける男がいる。
そういう男は、ルシアを軽く誘っては「黙っててやるから」と身体を安く要求した。
結局、ルシアは夜には酌婦をしながら、時折客を取る荒んだ生活を送るようになった。
(このまま、歳をとって、酒場の娼婦として死んでいくのね……。
……老婆になったら、客も取れず野垂れ死になんだわ)
ルシアに惚れた男であっても、手首の焼き印を見つけると、サッと顔色を悪くした。
途端にルシアに興醒めし、ただの娼婦として見るようになる。
やがて、ルシアが娼婦だという噂は客達の間に知れ渡った。
ルシアはこの街を出る決意をした。
このままでは、ずるずると娼婦に堕ちる。いや、もう半分堕ちている。
そんな時、かつて娼館の貴族客が言った言葉を思い出した。
『君、魔力があるね。僕は他人の魔力がわかるんだよ。
……いちおう、下級の魔術師だから。
珍しいな。本当に貴族の令嬢だったんだね。
これ程魔力があるなら、魔術師になれるんじゃないか?』
ルシアの心に、その言葉が黎明のような輝きで、光りを放った。
♢♢
それは、ルシアが娼館にいた頃、旅路の途中で寄ったという、一見の客だった。
「噂通り、ホントに美人だね。
運が良かったよ。
丁度、君の常連客からキャンセルが出たらしくてね。君を指名出来た。
この街を通るなら、ぜひ君を買うと良いって、友人や知り合いの何人もが君を勧めるもでね。
上品な元貴族令嬢を安く買えるって。
皆、君を誉めていたよ。最高の夜を過ごせたってね。
期待してるよ」
貴族の青年だった。
貴族の徴兵である辺境への懲役に就いて、傷を負った人だった。
顔に魔物の爪痕が残り、片目を失っていた。指も数本、欠けていた。
『本家の坊っちゃんの代わりに行かされたんだ。
それで、このざまだ。醜いだろう?』
『そんなことはありませんわ。勇敢に戦った証です。
辺境へのお勤めに感謝致します。尊敬いたしますわ』
ルシアは青年の傷痕を優しく撫でた。
『優しいね。ありがとう』
そうしてベッドを共にした後に、その人がルシアに魔力があると言い出したのだ。
『私に魔力なんて』
『いいや、ある。
交わった時に魔力を感じた。
ほら、僕の掌と合わせてごらん。
僕の魔力を流したら、反応があるはずだ』
ルシアは言われた通り、青年の掌に自分の掌を合わせた。
『流すよ』
青年が言うと。
ーグワンー
掌に熱い熱が溜まり、ルシアの頭に殴られた様な衝撃が来た。
青年も同じように感じたらしい。
『うわっ!思った通り、いや、それ以上だよ。
……惜しいな。
娼婦になってなきゃ、プロポーズしたのに』
青年が冗談を言った。
「まあ、ふふふっ」
ニッコリ微笑んで見せたルシアだったが、ルシアは傷ついた。
青年は褒めたつもりだったのだろうけれど。
『娼婦に堕ちた女など、結婚するに値しない』
そう言われた気がした。
♢♢♢
貴族の容姿と共に、自分は魔力も受け継いでいたのだ。
(もう、娼婦なんて嫌だ。私は、娼婦じゃない……!
さらわれて、売られて……。
魔術師になれたら、一人で生きていける。
もう、身体を男にいいようにされたくない)
客から噂に聞いた、王都近くの街の話。
街外れの森のそばに建つという「偏屈魔術師の住むお化け屋敷」を訪ねると決めた。
食堂兼酒場を辞め、ルシアはささやかな給金を握りしめて馬車に乗った。
人に聞きながらたどり着いたそこは、本当にお化け屋敷のような外観の、荒れ果てた屋敷だった。
しかも、結界があるのか、中に入れない。呼び鈴すら無い。
ルシアは困り果ててしまった。
その時ちょうど、荷物を届けに業者がやってきた。
ルシアは無理を言って、強引に業者と一緒に門の中へと滑り込んだ。
扉を開けた人物に、ルシアは必死に頼み込んだ。
それは、中年の禿げて太った男だった。
「私、魔術師になりたいんです! ご主人様にお取り次ぎをお願いします!」
「はぁ? なに言ってるんだ。
おい、変な子を入れないでくれ。仕事が終わったら、さっさと出ていけ。女もな」
男は興味無さげに、ルシアを手で追い払う仕草をした。
業者はペコペコと謝りながら、ルシアを残して逃げるように出ていってしまった。
けれど、ルシアは扉から離れない。
「お願いします。行く所もないんです。ここに置いてください。
家事は得意です。魔力もあります。
弟子にしてください!」
「あのさぁ。うちは、家事は魔術で足りる。
弟子も取らない。諦めて帰りな」
男は酷く冷淡な目で、ルシアを見下ろした。
「お願いします! 働かせて下さい! なんでもします!」
「ふーん。なんでもねぇ。
……俺が家主のシャレルド。いいのか? ここに住むって?
若い女がさぁ?
俺みたいなオッサンと。
……そうだな、じゃあ、脱いでみな。
夜の生活込みなら、置いてやってもいいかな。
娼婦を買いに街へ行く手間が省ける。
どうせ、こんなオッサンとは出来ないだろ? 出てけ」
男が扉を強引に閉めようとした。
ルシアも強引に屋敷に踏み込み、何も言わず、ただ静かに衣服のボタンを外した。
「……身体を差し上げます。
好きにしてください。
だから、ここに置いて、魔法を教えてください」
感情の失せた瞳で自分を見つめるルシアに、シャレルドは少し興味を持った。
ルシアの顔、姿を、じろじろと吟味するように眺める。
「ふーん。まあ、それならいいよ。
だけど、たやすく身体を売る女とは結婚は絶対しない。期待するなよ。
文句も受け付けない。
必要な事以外、話すなよ。
俺は静かに暮らしたいんだ」
シャレルドは貴族の婚外子として生まれ、その家から放逐された孤独な魔術師だった。
シャレルドが変身魔法を解いた。
禿げた中年の姿がかき消え――そこには、銀の髪と青い瞳の端正な美貌の青年が立っていた。
ルシアは驚いて、シャレルドをポカンと見つめた。
(この人が、偏屈魔術師……。王都の貴族。すごい美形……)
これが、二人の同居生活の始まりだった。
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