16話 幸福な物語
最終話になるはずが、書き足しを繰り返して、長くなったので、半分こしました。
シャレルドがルシアを背にし、庭に入る男を睨んだ。
現れたのは、立派な衣装を纏った黒髪の美青年――この国の皇太子殿下だった。
「久しぶりだな。シャレルド。
そう睨むなって。
初めまして、お嬢さん。
私はイシュトル・ヴァルトリア。ヴァルトリア王国の皇太子だ」
シャレルドは、皇太子をお邪魔虫だと言うように冷たく見つめた。
ルシアは「皇太子???!!」と混乱した。
泰然とイシュトル皇太子は言葉を続ける。
「いやあ、あの偏屈で『女なんて魔術の邪魔だ』と言い切っていたシャレルドを、骨抜きにした女性はどんな人かと思ってね。
わざわざ王宮から見に来てしまったよ。
見にきた甲斐があったな。素晴らしいワンシーンが見れた」
イシュトル皇太子は二人の様子を見て、楽しそうに笑いを堪えている。
「驚いたよ。お前から突然『結婚するから、もう二度と釣り書きを送ってくるな』と、魔方陣を通じて、手紙が王宮に飛び込んできたんだからな。
以前ここに使いにやった者が『心当たりがある』と言うものだから、気になって見に来たんだ。今、王宮じゃお前の結婚の件で凄い騒ぎになってるぞ」
イシュトル皇太子はお忍びで、シャレルドの張った結界を通り抜けてやってきたのだ。
シャレルドは友人である皇太子にだけは、あらかじめ結界を通り抜ける許可を与えていた。
皇太子が「緊急の避難場所が欲しい。暗殺者に襲われた時などに使いたい」と頼み込んできたので、仕方なくこの屋敷にフリーパスで入れる腕輪を渡したのだ。
それだけ、シャレルドも皇太子を信頼しては、いる。
シャレルドは盛大に眉をひそめた。
「……イシュトル殿下。
人の神聖な誓いの儀式に、不法侵入とはいい度胸ですね。
今すぐ爆破魔術で跡形もなく吹き飛ばされたいですか?」
「ははは、相変わらず怖いな! 彼女が噂のルシア嬢だろう?
少し、魔術属性を見させてくれ」
イシュトル皇太子はルシアの前に歩み出ると、彼女に向けてそっと手をかざした。
「ルドリア・カラドレアサス。
この者の魔力を我に示せ」
イシュトルはルシアの身体から放たれる豊かな魔力の波を感じ取り、感嘆の声を上げた。
「ほお……! 素晴らしいな。
シャレルドから話を聞いていたが……。
ルシア嬢、君の聖属性の魔力は、王宮の筆頭神官並みだ。
ぜひ、シャレルドと共に、王宮魔術師として我が国を支えてほしい。
もちろん、臨時でいいから!」
皇太子から、自分の才能を高く評価され、ルシアは誇らしくなった。
「私で良ければ、喜んで。
シャレルド様の隣で力を尽くします」
「シャレルドの隣限定か。ハハハ」
「でなきゃ、貸し出さん」
「わかったよ、全く……。
ところでルシア嬢、どこかで私と会ったことは?」
皇太子がルシアの顔をじっと凝視し始めた。
「見るな。近寄るな」
すかさずシャレルドが、皇太子から引き離すようにルシアを自分のそばに強く引き寄せた。
「全く、極端な奴だな。
女すべてに無関心だったところから、一人の女に執着するって、極振りかよ。
あのな、お前からルシア嬢を取るわけないだろ。
そんな死刑台に自ら登るような恐ろしいことするか。
……あ、あれだ。
思い出した。ルシア嬢は、あの人に似ているんだ」
「はあ?……誰とだよ」
「何代か前の、王弟の妃にルシア嬢の顔立ちが似てる。若葉色の瞳も。
王宮の奥にある、歴代の先祖達――王弟の家族の肖像画にね。
俺好みの美しい女性だったから、肖像画で見たのを覚えていたんだよ」
「はあ?
ーールシアが、お前の好みだと?」
地を這うような、凄まじくドスの利いたシャレルドの声に、皇太子は慌てて後ろに飛び退いた。
「肖像画の話だ!
ルシア嬢が好みだなんて一言も言っていない!
そんな恐ろしい失言は絶対に口にせん!
殺気を向けるな!
俺にはちゃんと婚約者がいるだろうが!
落ち着け!
助けて、ルシア嬢!」
「……シャレルド様、私、皇太子殿下のおっしゃる肖像画のお話をお聞きしたいです」
「そうか?
ではイシュトル殿下、お話をお伺いしましょう」
「………ふぅ、お前、今、完全に辺境の戦場にいた頃の凶悪なツラに戻っていたぞ」
「ふん。俺のルシアに気安く近寄るからだ。
2人きりの時間を邪魔しやがって」
ルシアとの記念となる大切な時間を邪魔されたシャレルド。
これから、さらにプロポーズの言葉を続けるつもりだったのだ。
皇太子に未だに殺気の波動を放っている。
「不敬な発言はすべて許すから、肖像画の説明をさせてくれ。
心当たりはないか?
おい、シャレルド、頼むからその殺気を納めてくれ」
「シャレルド様、私、皇太子様のお話に興味があります。
2人きりの時間は後でゆっくり過ごしましょう?」
シャレルドがようやく、不承不承といった様子で殺気を消した。
「……何代も前の話だ。病弱で、社交界にもろくに出られなかったある侯爵令嬢に、当時の王弟が惚れ抜いて結婚したんだ。
一人息子が生まれたが、その息子も二十歳くらいで病死してしまってね。
それを深く嘆いた妃も、ほどなくして後を追うように亡くなってしまった。
最愛の家族をすべて失った王弟は、そのまま神殿に入り生涯を終えた。
今でも社交界で、細々と語り継がれている悲しい王家のとある一家の物語だ。
その、病弱だった妃――元侯爵令嬢の肖像画に、ルシア嬢の顔立ちがそっくりだと思っただけだ。
何代も前の、ただの昔話だよ。ルシア嬢は、平民だと聞いていたが……」
皇太子がシャレルドの表情を読み取ろうとじっと見た。
「……ふーん。
それ、俺のルシアには何の関係もない話だから。
ややこしくなるから、誰にも言うなよ」
シャレルドは興味なさげに言うと、ルシアの肩を優しく抱き寄せた。
「了解したよ」
皇太子はそれ以上、藪をつついて怒れるドラゴンを出すような真似をするのを止めた。
「それから、もう一つ。いるかと思って、あらかじめこちらで用意しておいたものがあるんだ。
受け取って欲しい。
シャレルド、お前は今、一応は貴族籍だろう?」
「いらんのに、お前が俺を王宮魔術師の役職に縛り付けるために、無理やり貴族籍に入れたんだろうが。
あの家を放逐されたら、俺は平民として街の片隅で悠々自適に過ごすはずだったんだ」
ふんっ、とシャレルドが不満そうに言った。
「ハハハッ! そりゃそうだろ。シャレルドのような国家最高戦力となる優秀な魔術師を市井へ手放すなんて、国の大損失だからな。
全く、お前には『魔法伯爵』の爵位をやりたいのに、一向に受け取らんから、俺は困っているんだよ」
皇太子は呆れたように笑い、最後の方はルシアの顔をチラリと見て言った。
「その貴族籍も、近いうちに抜ける。
ルシアは平民だ。
俺はルシアと正式に結婚するんだから、余計な貴族籍なんて邪魔なだけだ」
シャレルドが冷淡に言い放つと、皇太子は「やっぱりな」と嬉しそうにニヤリと笑った。
「そう言うと思ってな。
だから、ルシア嬢には――俺の母上(王妃)の実家の養女になってもらう」
「ええっ!?」
ルシアが驚愕の声を上げるのと同時に、シャレルドが間髪入れずに拒絶した。
「いらん!」
「しかし、王宮魔術師としてこれからルシア嬢に働いてもらうなら、貴族籍の方が圧倒的に便利だぞ?
これなら、貴族の連中からのくだらない命令を、合法的に無視して突っぱねることができる。
貴族には、身分を傘に着た奴らが本当に多いからな」
「お前が今すぐ取り締まれ」
「俺が王へ即位したら、必ずやる。
だからこそ、お前も、癒やしの魔力を持つルシア嬢も、これからの私には必要不可欠なんだ。
だ・か・ら、これは俺からの特大の結婚プレゼントだ」
皇太子はシャレルドを逃がさんぞ、と目に力を込めた笑顔のまま、懐から書類を取り出して広げた。
「シャレルドには魔法伯爵位だ。これが書類。
今のところ、位だけなんだが、そのうち領地もつける。
そして、ルシア嬢は、俺の母上の姪、俺の従姉妹だ。
これが王家公認の養子縁組の書類。
それから、こっちがお前たちの婚姻証明書だ。
私が証人として、サインをしよう」
あまりにも話の規模が大きすぎて、当事者であるルシアは完全に置いてけぼりにされ、呆然とするしかなかった。
(……ええっ? 王妃様の姪……?
貴族令嬢ってこと……?
私、ただの平民なのに、一体何が起きているの……?)
一方のシャレルドは、差し出された何枚もの書類を睨みつけながら、しばらくの間、激しく逡巡していた。
腕を組み、今後の起こるだろう出来事に考えを巡らせる。
王宮の面倒な付き合いに巻き込まれるのは、死ぬほど嫌だ。
だが、これさえあれば、ルシアの過去をほじくり返そうとする不届きな貴族どもを、王家の権力で押さえ込むことができる。
自分も魔法伯爵位を得れば、ルシアを守るのに役立つ。
「……いいだろう。その提案に乗ってやる」
「ハハハッ、賢明な判断だ!」
こうしてルシアは、『侯爵家の養女となった王妃の姪』という高貴な貴族令嬢として、魔法伯爵シャレルドと正式に結婚することになった。
長くお付き合い頂き、ありがとうございます。
あと少しです。
つたない物語を最後のほうまでお読み頂き、感謝いたします。
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