俺が好きなのはラコ
「元気そうで安心したよ」
声は元気そうだったが、いつもの、俺が知ってる山之内と比べると到底元気には見えない。でも病人に向かって元気なさそうだと言うのも酷だろう。
「そうだな」
「うん! そう、そうなんだって! だから大袈裟にしたくなくって、それで言わなかっただけなんだよね! なのに何か、お見舞いなんか来てもらっちゃって逆に申し訳……」
「でも、撫山くんには話すの?」
「え……?」
俺の相槌を待っていたかのように話し出した山之内だったが、ラコに鋭くそう言われて途端に言葉を失った。
ラコはずっと疑ってたんだ。俺は断固認めなかったがきっと確信として持っていた事だと思う。カマをかけられた。
「俺は何も聞いてないよ」
慌ててフォローに入るがもうさっきの山之内のリアクションでラコの中で答えは出てしまったと思う。
「私よりも、仲良いんだもんね、最近」
「違う! 違うよラコ!」
そうだ、違う。ラコは今まったく見当違いな事で心を傷付けている気がする。
「今回の入院の事だけじゃないでしょ……」
「え……」
「もうずっとずっと、私に隠してる事あるでしょっ!」
ラコがらしくもなく声を荒げる。
冷静そうに見えていたのは間違いだった。ラコはもうすぐにでも溢れそうな思いをずっと抑えていたんだ。パジャマ姿の山之内を見て、それはもう到底抑えられなくなってしまったんだと思う。
ラコの切羽詰まったその声を聞いてもうごまかせないと悟ったのか、山之内が布団の端をギュッと握ったのが見えた。
「隠したいならそれでも良い。知らない振りしてあげられる。誰にも知られたくないなら。でもどうして撫山くんにだけ話して私には話してくれないの」
どんどんラコから黒いものが溢れて来る。どうにかしなければと口を開くが、下手な事を言えば逆効果だ。
「たまたまだよ、たまたま具合悪い時に居合わせて流れで聞いちゃっただけ」
「そんな事くらい私ともいくらでもあった!」
逆効果だった……。
「でもその度にリンネはちょっと疲れただけとか、生理痛が重いとか、一切……自分が闘病中だって事教えてくれなかったよね」
「ははは、たぶん俺の事その辺の石ころとでも思ってるからじゃないかな。聞かれても痛くも痒くもないんだろ、な? 山之内」
「今日一緒に来て、そうやって口裏合わせようって計画してた?」
マズいな、もう何を言ってもラコの闇が濃くなっていく様だ。俺は何も喋らない方がマシかも知れない。
「違う……」
「じゃーどうして!」
「ただっ……、ただ……ラコと撫山が一緒に居る時間が増えれば良いって、そう、思っただけ」
「この期に及んで何っ……」
「本当だよ」
弱々しくも、山之内は真っすぐラコにそう告げた。嘘じゃないんだ。ラコにもそれは分かったよな?
これ以上責める気にはなれなかったのだろう。ラコは小さくごめんと謝った。
「ごめんなさい……ごめ……私……リンネが、こんな……大変なのに……自分の気持ちばっかり言って……」
「違う、ごめん、謝るのはあたしの方だから……ごめんね、ラコ。あたし、ラコと楽しい思い出だけ作りたかった。そんなの無理なのに……」
山之内の、管に繋がれた白い手が伸びてラコに触れようとした。でもラコは堪らなくなったのか、おもむろに病室を飛び出してしまった。
「ラコ……!」
「あ……」
俺は思わず、おろおろと山之内とラコを交互に見てしまったのだが……。
「悩む必要ないでしょっ!」
それもそうだ!
山之内にそう叱責されてすぐにラコを追い掛けた。追い掛けられてるのに気付いたラコはこちらを振り返り叫ぶ。
「何でッ?!」
「そりゃそうでしょ!」
「来ないで……!!」
そう言って加速するラコ。速い……!
容姿端麗、頭脳明晰、おまけに足も速いってどんだけチートなんだよ桐生桜子……! 家が貧乏とかじゃなきゃ辻褄が合わない! たぶん絶対違うからそのうち世界の比重が傾いて異世界へ飛ばされるぞ!
「病院内では走らないで下さい!!」
ナイス看護師さん!!
「ご……ごめんなさい!」
だが競歩も半端なく速い!
「止まれラコ! 走らなければ良いってもんじゃない! 十分危険なスピード出てるから!」
「くっ……!」
もっともだと思ったのか、観念したようにラコは止まった。
「ふぅ……、ちょっと……落ち着こう」
ちょうど階段を上り切った所にちょっとしたスペースがあり、角にL字型の硬そうな茶色のソファが置いてある。その横には自販機も置いてあった。
とりえずそこに座る様に促し、俺は自販機でお茶を二本買い、ラコに一つ渡した。ラコはそれを両手で受け取る。そんな丁寧な仕草が好きだ。
「どうして……追い掛けて来たの……。今大変なのはリンネなのに……」
「どうしてって……、俺が好きなのはラコだからさ」
気付いたら……あまり抵抗なく、緊張もせず、とても自然な流れで、俺はラコに想いを告げていた。




