↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神未亡人の復讐帳簿ー祈りで人が生き返るなら、私なんていりませんー  作者: 紺桔梗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/13

第二話:笑おう、あなたを忘れられるまで





私の人生は、忘れたい記憶で溢れている。

また一つ、また一つと増え、もう抑えきれないほどに。



ーーーーーー




断糸の未亡人。4人もの命を絶った毒婦。

あの日を境に、その言葉は私の代名詞となった。


靴に染み込み、足元に広がる赤黒い血。

何回瞬いても覚めることのない夢。

つまり、私が生きるべき現実である。


結局私には、浮かんだ考えを整理する暇さえ与えられず、翌日はすぐに葬式となった。



「売女!」


「この、死神!」


しとしとと雨が降る中、厳かに執り行われるべき葬儀。だがその最中、神聖な教会に響くのは私への野次ばかり。一部の良識ある参列者も呆気に取られ、祈りの言葉すらまともに聴き入ることが出来ないでいる。


「本性を表したわね! この人殺し!」


騒ぎの中心にいるのは夫の親族だった。警備が止めるのも聞かずに押し入ってきたかと思えば、神父様のお言葉を遮って大声で会話している。


なぜ彼らは、大切な人が亡くなったのに、彼が旅立つまでの時間さえ、静かにしていられないのか。

最愛の恋人を亡くし、その悲しさに浸る間すら私には必要ないとでもいうのか。


追悼の意も冷めやらぬまま、どうして。

分からない。分かりたくもない。


その気もないくせに、私と同じ黒の喪服を着ているその理由も。何もかも。


親族たちは靴についた泥すら払い落とさず、勝手に列を乱して最前列を陣取った。

彼らが歩くたび赤い絨毯にベチャリと黒い足形が刻まれ、それが夫の棺のすぐ側までどんどんと伸びていく。


棺の中を覗き込み、夫の顔を見たかと思えば、濡れてヨレヨレになった花をポイと放り込んだ。


少しずつ、夫のお気に入りだったグレーのスーツが黒く染まっている。何時間もかけてやっと綺麗になった身体がまた、汚された。入れ替わり、立ち替わりにきた人々は笑いながら私を指差し、彼の顔を見ることさえない。


いつの間にか、親族連中が集まって声高にそれぞれの相続権を主張していた。

待っていましたとばかりに、脂ぎった顔を歪ませ、取り分を指折り数えている。


「シェイラムを育てたのは私たちよ! この屋敷をもらう権利ぐらいあるでしょう」


「育てた?娘を婚約者にしようと押し付けて、煙たがられていたじゃないか。だからこんな毒婦と結婚したんだろう」


「笑わせるよな。後継者教育すら受けさせなかったくせに。俺は外れの領地で良いぞ」


「俺たちはあいつの事業に投資してたんだ。事業は俺が貰っていく」


爵位と屋敷。もちろん、財産のほとんどは彼の弟に継がせると既に決めた。

私には必要もないものだからだ。それに彼が大切にしていた弟とは、揉めたくない。


だというのに、なぜ夫の遺産の話で、何の関係もない外野が吠えるのか。

これまで彼が苦しんでいても、何一つ手を差し伸べなかったくせに。

血の繋がりがあろうが、どんなご大層な家柄だろうが、シェイラムに祈りすら捧げなかったくせに。


「自業自得だな。曰くつきと結婚するなんて。まあ、おかげでこっちは儲けものだ」


「隠し持っていた金があるだろう。上手くいけば、屋敷も手に入るかもな」


まったく。あんな蝿どもに渡すお金も構っている暇もないというのに。


ただ、少しだけ。彼と一緒にいられる時間が欲しい。彼の頬を撫でて、楽しかった時を語り、最後にお別れのキスをしたい。

いや、その時間すら今、こんな奴らに奪われかけていることが許せなかった。


「静かにしてください。それが出来ないのならば、ここから出ていってください。これは私からの警告です」


痛くなるこめかみを押さえて、聞いてくれるよう願う。これが通らないなら、強硬手段に出るしかないかもしれない。


「何言ってるのよ!あなたが出て行きなさいよ!」


「そもそも、お前みたいな乞食なんかと結婚した、シェイラムが間違っている。

ヴェルディスタ伯爵家の恥だな」


はあ、と息を吐く。これだったのか。夫がいつも親族に会いたがらない理由は。

話には聞いて分かっているつもりだったが、少々今の私は怒っている。


「シェイラムがあなた方に会いたがらなかった理由が、今よく分かりましたわ。

だって、これほどまでに費用対効果の悪い親族など、関わるだけ時間の無駄ですもの」


…ああ、そう。彼にかけらの興味もない貴方たちは、私が『死神』であることすら忘れているのね。


取り消そう。少々ではない。相当だ。

精一杯、顔を作れ。


微笑むのだ。唇を歪めて眉を上げろ。邪悪さなど、作ってやれ。

あの新聞に書いてあった、毒婦に見えるように。


「あなたたちも、毒を飲んでーー呪われたいのかしら?」


ざわり、と動揺が広がる。

反撃もしない大人しい小娘だと思われていたのだろう。


結婚前の挨拶だって何を言われても我慢した。

乞食?まあ間違ってはいない。私の過去は、確かに伯爵家には見合わないものだと思う。


それも全て飲み込んだ。彼と一緒にいるためだったから。


でももう、彼はいない。


冥府の毒杯。夫たちを無惨にも食い殺した、稀代の悪女。死神未亡人。

神聖であるはずの場に怒号が響く。私をなじる、屈辱の言葉の数々が。


「お前こそ死んでしまえ!呪われてしまえ!」


良いだろう。その言葉、その印象。いくらでも使ってやる。

好きに言えば良い。私のことなど。


――ただ一つ。シェイラム(私の夫)を悪く言うことだけは、許さない。


「本当に、どうしようもない方々ですわね」


シャラリ、と扇子を勢いよく広げ、騒々しい空間を切り裂いた。堂々たれ。ひるむな。怯えてはならない。

うるさい蝿は、ここで叩き潰す。


「そんなにこの遺産が欲しいのであれば、良いですよ。差し上げますわ。

――ただし、私の夫たちと同じ、冥府への片道切符もご一緒になりますけれど。

さあ、杯を飲みたい方は並んで下さる?」


ようやくしんと静まり返った場にカツンカツンとヒールの音を強く立て、一人一人の前を順にゆっくりと歩く。


「どうされました?先ほどまでの威勢はどこに行ったのです?」


不思議に思う体を装いながら顔を覗き込んでやると、ヒイッと情けない声を上げて面白いように腰を抜かした。


「さすが、人の物を取ろうとする方々は、格が違いますわね。一緒の空気を吸っているのが恥ずかしくなりますわ」


「何をっ、高貴な血筋でもないあなたが格を語るなんて!」


私を人殺し呼ばわりした上突っかかってきた女には、その首に扇子を当ててスーッと横に引いてやる。


「……あら。私、知っていますのよ。貴女、旦那様の商売敵と不倫して……失礼、言葉が過ぎましたわ。『不貞』という負債を抱えていらっしゃいますわよね」


私は左手で口元を隠し、怯える女の耳元でとっておきを囁いた。


「しかも、遊びのお金の出どころは、あちらの商会の横領金だとか。三番目の愛人に相応しいですわね。明日の朝刊の一面を飾るのに、これ以上の商品価値があるネタも珍しいわ」


欲しがっている男たちには、反論すら許さぬ事実を突きつける。


「それから、あなた方。確か商会の経営に失敗して、首が回らない状態でしたわよね?  何度もシェイラムに金をせびりに来ていた記録が、私の手元にございますの。確か、今月だけで12回も」


たらりと、親族たちの顔を一筋の汗が流れ、首を伝って喪服を汚していく。


「『殺された新郎の親族、金欲しさに殺人か?』……。いい見出しだと思いません? それとも、これは単なる憶測ではなく、これから暴かれる真実かしら?」


たっぷりと時間をとって、彼らが自分たちの破滅への道筋を、計算できるまで追い詰めた後。

私はタン、と急に立ち止まり、その場をくるりと見渡して微笑んだ。


「あなた達など、私はどうにでも出来るのですよ。慈悲で生かして差し上げていることを、お忘れなく」


本当に無様な人たち。小娘一人言い返せないくせに、亡くなった人を貶めるなんて。


「皆様。ご存知の通り、この屋敷の3分の1の所有権は法的に私にあります。

つまり、私が出て行けと言った瞬間、あなた方は不法侵入者ですね」


静かに、しかし大きく。場にはっきりと通る声で処刑を宣告する。


「憲兵を呼ぶまで三秒待ちましょうか。……三、二――」


もう、誰も私に口答えは出来ない。一人、また一人と後ずさりながら一目散に逃げようとする。

場の空気に当てられたのか、面白がって見ていた野次馬も蜘蛛の子を散らすように去っていく。


シェイラムを笑ったあの男なんか、人の波に押されて無様に転び、膝を抱えていた。


「分かったなら散りなさい。

ああ、お望み通りーーあなた達はもう杯を呷っているかも、しれないわね」


高らかに、けれどあくまで優雅に、笑え。


「…ははっ」


もう笑えない、彼の分まで。


「ハハッ、アハハハハ」


目の奥でチカチカと彼の微笑みがまたたく。


「アハハハ、ハハハハハハハ」


「…クロティル」


どこからか彼の甘い声が聞こえてきたかと思えば、いつの間にか私は彼の胸の中にいた。


「クロティル。またあのアイスクリームを食べに行こうね。でも、今度は別の味も試してみたいかな。ほら、いつも同じのだからさ」


「そうだな、来週末にでも行こうか。僕たちが出会った、あのカフェに」


私はグレーのスーツを着た彼の背に手を回して、ギュッときつく抱きしめ返す。大きなあなたの身体から、ふわっと新緑のような香りがして、思いきり吸い込んだ。


「行きましょう、何度だって。明日も明後日も、その次も。行きたい時に行きたい場所へ」


私が緑色に光る彼の瞳を見つめると、手を離してゆっくりと屈んでくれる。


「ああ。僕と君、ずっと一緒だ」


重なり合った目線。身長の低い私でも届くよう、顔の高さを合わせてくれる彼に、私から唇を重ね合わせた。


…まだ、あれから四日しか経っていないのに。


「ハハハ、ハハハハ、アハハハハ」


広げた腕でかき抱こうとしても、彼はもうそこにいない。汚れのないエメラルドの指輪をつけたまま、棺の中で静かに微笑んでいる。

もう二度と、違う味のアイスクリームを試すことすら叶わず。


「アハハ、ハハハ、んぐっ」


滲む視界も、痛む胸も。詰まったことに気付かないふりをして笑い続ける。

空を切る手を伸ばして、届くはずもない温かさを必死に探した。

狂ったように。壊れたように。

最後に見た彼の顔を、焼き付けて永遠に忘れないため。


喉が枯れて、今度こそ吐息しか出なくなるまで、ずっと。

まだ彼の香水の匂いが残るハンカチを、痛いほど握りしめながら。


――もし彼が生きていてくれるなら、本当に私の命なんていらなかったのに。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。