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死神未亡人の復讐帳簿ー祈りで人が生き返るなら、私なんていりませんー  作者: 紺桔梗


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第十一話:長き冬の終わり

投稿済みの話を大幅に再編し直しています。そのため三月までの更新は既存のエピソードを再編成し、肉付けなど調整したものになります。


色々と変更が多く、ご不便をおかけしていますが、必ずより良い物になっていると確信しておりますので、今後ともよろしくお願いします。




君ならやれる。変われる。誰かを変えられる。

いつだったか、私は君をそうやって説得した。

でもね。本当に変わったのはーー救われたのは、私の方だったんだよ。




――――――――




使用人たちを選別した翌日。私は玄関に、この屋敷にいる全員を集めさせた。


喪服のような私のドレスを知らない新入りは、戸惑いの色を隠せないでいる。

騒ぐ人々。落ち着かない空気。


――パンッ


勢いよく手を打ち合わせて、注意をかっさらう。

気がつけば、静寂だけが広がっているように。


さあ。この空気とも、おさらばだ。


静かになった部屋の中コツリ、と音を響かせ、窓辺に歩み寄る。

曇りきった窓に手をかざし、ガラス越しに外を見つめた。


「ここではよく雪が積もりますね。家の中も、外も両方」


外気によって極限まで冷えたガラスが、私の手から体温を奪っていく。


「その理由は、この屋敷の体たらくが説明していますね。

人が足りず掃除は後回し。温かい血など通うはずもなく、人であったことを忘れ無機物のように振る舞う」


はあ、と温かい呼気を手に吹きかけ、痛いほどの冷たさをどうにかしてやり過ごそうとする。


「あろうどころか、尊ばれるべき北部の支配者は『なり損ない』と呼ばれ、世間では笑いものにされている。

そう。あなた方の大切なご主人様ですわ」


浴びせるのは、私が出来る最大限の侮辱。言い返したくなるような恥辱をもっと。

燃料を足せ。薪はもう十分だ。


「そこにあったはずの繁栄は霧となって消え去り、かつての影も形もない。

残ったのは活気のない街と、余命宣告をされたボロ屋敷だけ」


そう言葉にした瞬間、キッと全員から睨まれた。当然だ。自分たちのプライドを傷つけられ、それでも必死に耐え忍んできた彼らだから。

思い出すのはお祖父様の優しい手。私を救い、立ち上がらせてくれたあの時の。


「悔しいですか?叫びたいですか?そんなことはないと。

この北部は、自分たちの主人は、大切な故郷は。

素晴らしいものであると。誇れるものであると。

自信を持って、いくらでも声高に証明したいですか?」


白く曇る窓ガラスを凍りついた手のひらで拭う。キュキュッと音を立てながら、それはだんだんと私の姿を写し始める。


「ならば変わりなさい。自分たちで変えるのです。その惨めさを武器に変え、いつか相手を刺し返せるように」


輝きを取り戻し透き通った窓に手をかけ、バタンと思いきり開けた。少しずつ、部屋の中の暖気が抜ける。少しずつ、外の冷気が入り込む。


「ねえ皆様。いくら北部といえども、ずっと雪が降っているわけではありませんよね。どんなに長く降り続く雨も、いずれ晴れ、雲間からは太陽が顔を出す」


埃が溜まり切った窓枠を、指でそっとなぞった。

つぅーっと横に一筋。白に茶色の線が引かれ、長く日の目を見ることがなかった元の色が現れる。


「あなたたちには、その役目を担って頂きたいのです。

北部に咲く、新たなる春の芽吹きとなって。閣下を支えてください」


不意に風が吹き、ふわりと私の髪が広がる。

黒いベールがはためき、隙間から光をたたえたピンク色が紅く、チラリと覗いた。

ゴクリと誰かが息を呑む音がした。

小さなゴミたちが、部屋にたまった澱んだ空気が、風に流れて外へ外へ運ばれてゆく。


「埃が降り積もる長き冬はもう終わり。

私が来た以上、絶対に下は向かせない」


力強いその声音に沈んでいた彼らの瞳が瞬き、希望の色を宿し始める。

キラリと露が光る朝。その煌めきの中埃は舞い、踊るように祝福する。


「私に従いなさい。氷を溶かし、凍てついたこの大地に花を咲かせて見せましょう。あなたたちに春を見せて差し上げますわ」


いつの間にか、雪がやんでいる。泣いている。みんな。

温かい涙が凍りついた心を解かし、血が全身を熱く駆け巡っていく。

もう誰も、下を向く人間などいない。

一人の小柄な女性を通し、その先にある晴れた空を拝んでいる。


「クロティル様。いいえ、クロティル公爵夫人。ようこそ、このアイセントールへ。主人となるあなた様を、心から歓迎いたします」


…彼らの目に、私はどのように映っているのだろうか。


私は知っている。人を変え、望んだ未来を作ってやれば、信頼など簡単に勝ち取ることが出来ることを。


復讐のためとはいえ、関係もないだろう人々を利用するのは気が引ける。でも、そんな事に構ってはいられない。心の中で、ごめんなさいと独りごちた。


そんな心情などお首にも出さず、私はゆっくりと柔らかに微笑んで手を合わせた。


「ええ。よろしく頼むわね。給料も以前の三倍を出すから。では早速、お掃除から始めましょうか」




――――――




パチパチと薪が燃える音の中、俺は一人、深夜の執務室で空を見つめていた。

一体全体、俺がここにこもっている間に何が起きていたのだろうか。


思えば、最初からおかしかった。

差し出した手を掴まず、不気味な格好で笑う女。

ただの頭のおかしい毒婦かと思えば、口から飛び出す理知的な言葉に宿る、妙な説得力が胸に引っかかる。

無理だとタカを括っていたのに、ドアの外は日毎に騒がしくなっていく。


「あの方が来てから、どうしてか願ってしまうのです。

もしかしたら本当に、この家に春が訪れるのではないかと」


「私たちが変わる時が。変われる時が、ついにやってきたのではないかと」


業務外で久々に口を開いた俺の臣下。

そんな戯けたことを使用人たちが言っていたと思えば、翌日には一人の女の元で泣き笑い、一心不乱に掃除に取り組んでいる。


昨日まで魔女だとか貶していた我が騎士たちは、口々に女を褒め称えた。

数名、まだ絆されていない者がいるものの、「認めたくない。認めたくない…が、このの暖かさを知ってしまうと抗えない」などとほざいている。


ただ金で殴るだけなら、彼らの心を溶かすことなどできなかっただろう。

完全に、取り込まれる一歩手前ではないか。


「はっはっはは。あぁ、はっはっはっはっ」


笑いが止まらない。こんな愉快な気分になったのは、初めてだ。

いやそもそも、最後に笑ったのは、いつだったか。

あの毒婦が来てから、世界の全てが変わって見える。


屋敷のどこに行っても、赤い暖炉が空気を暖かく保ち、蝋燭全てに火が灯されたシャンデリアが目に入る。

破れていた壁紙は、春を感じさせるような薄緑に綺麗に貼り替えられていた。


もうどこを触っても埃が手につくことはない。

昼間の間窓は開放的に開けられ、カーテンは風にそよいでいる。

たった、二週間。正確にはたった、十日。1ヶ月も経たずあの数日だけで、あの女は全てを変えてしまった。


停滞して澱んだ空気。人形のような使用人たち。

この家が抱えていた悲しみが。何十年もの間冷たすぎて、誰にも触ることのできなかった、北部の氷が。

なすすべもなく、あの女の色に染められ、アイスクリームのように簡単に溶けてゆく。


これを笑わずに、いられるか。


王都に向かわせた情報屋が彼女の情報を必死に探している間に、俺の領域を粉々に壊し、平穏を奪った女。

喪服を模ったドレスに身を包み、その瞳さえベールに隠す女。

白く輝くプラチナブロンドを、黒き闇で覆い隠して。


その姿を思い浮かべ、昨日やっと届いたばかりの報告書に指を這わせる。


『クロティル。元クロティル・ヴェルディスタ伯爵夫人。

商人の家に産まれ、一家没落後は裏路地で生活。

幼女趣味の老男爵に見初められて最初の結婚をし、夫の死ごとに次々と乗り換え、計四回も結婚を繰り返した生粋の成り上がり。


その過去から乞食と呼ばれる。


小規模な商会を運営していたが、3人目の夫、フィデルス・バルテルと結婚した際に商会を統合。

元々一地方の弱小商会でしかなかったバルテル商会は、たったの四年で王国一の大商会へと躍進した。

その裏では、彼女が糸を引いていたという噂がささやかれる。


またその献身性は有名で、よく孤児院でパンを子供達に配っていたことから、一部では聖女と讃える声まであったという。』


本当に笑えてくる。


「間違いないな。全部、あの毒婦の功績だろう。

まさかこの俺に、金の卵が転がり込んでくるとは」


こんなに面白いことはない。


もう我が家の忠実な家臣たちはあの女狐に取り込まれ、勝手に主人と崇めている始末。まるで知らないうちに外堀を埋められている気分だ。


きっと、あの女が「愛する旦那様のことをもっと知りたい」とでも言えば、俺の一挙手一投足まで伝わってしまうだろう。


この俺の様子も、数時間後には耳に入る。どう曲解されて伝わるかは知らんが。


「パンを配る聖女と、夫たちに毒を盛る死神。

一体、どちらが本当のお前なのだろうな」


良いだろう。まだしばらくは、あいつの手のひらの上で踊ってやるか。


気がついたらまた、ククッと笑い声が漏れていた。


「明日の食事会が楽しみだ」






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