第十話:審判の声は高らかに
『私たちの血は高貴なものではありません。でも、関係ないでしょう?
受け継がれ、託されてきた人々の記憶が宿っている事に違いはない。
学べば良い。実践すれば良い。態度で示せば、きっといつか証明できます』
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セリアンと話をつけてから、四日後。予想通り、使用人の候補が全て挙がったようだ。
15名の簡単なプロフィールを受け取り、目を通していると、書類を手渡してきた男から不躾な視線を感じる。
「あなたがクロティル様ですか。あの、今王都で有名な…」
「ええ。あなたが思っている通りの人物で、間違いはないわ」
淡々とそう返すと、男は眉をひそめて、私の格好を上から下まで観察し始めた。
「断糸の未亡人。公爵家の夫人にもなるお方が、なぜーー」
「こんな侍女みたいな格好をしているかって?これから面接するためよ。
婚約を発表するまで、正体がバレないこと。閣下との大事な約束ですから」
私の言葉に分かったような分からないような顔をして、グッと押し黙った。
彼の言いたいことは分かっている。
貴婦人とはどんな時でも優雅にあるべし。いつでも綺麗に着飾り、富と権力を誇示し続ける存在でなければならない。
それが貴族としての宿命。常識だ。
だが、私に手段を選んでいるような余裕はない。
それに私はもともと、そんなにご大層な身分ではないのだから。
そんな慣習に、好きに囚われてやる必要などない。
まあ逆に、必要な時はいくらでも利用させてもらうが。
「大丈夫ですよ。見ていてくだされば、きっと分かりますから」
真紅から淡い色に変えた口元の紅で弧を作り、貴婦人らしき微笑みを作る。
手元で書類を整理し、トントンと角を揃えた。
「私の価値を証明してご覧にいれましょう」
まだ不満そうな顔をしている男を引き連れて、応接間へと向かった。
――ここもか。
候補達を招き入れるための準備をしている応接間に入ると、一斉に私に視線が集まり、笑い声のようなものが聞こえてきた。
長年女主人がいなかった弊害か、ここアイセントールの臣下たちは次期公爵夫人に対する敬意が足りない。
特に顕著なのが騎士達だった。
歴史ある公爵家に使え、国境を守り、セリアンの指揮の下戦い続けてきた騎士の中の騎士。王国の盾としての誇り。
その自負があるからか、余計に私への風当たりが強い。
「閣下もなんでこんなのを選んだんだ?いくらでも他に選択肢があったのに」
「噂じゃ夫達を四人も食い殺したんだって?ただの平凡な侍女にしか見えないけど」
「そういえば閣下、また指に傷をつくったらしいな」
私の話から、どうでもいい公爵の会話まで。まったく、教育が足りていないんじゃないか。
はあ、と息を吐いて、前を向く。
「お黙りなさい。それと、これからくだらない会話は慎むことね。あなた方の大切な、公爵閣下の評判に、傷がつくわよ」
ピシャリと下して、冷徹な仮面を被った。
「候補者達を入れなさい。今の私は侍女長だってこと、忘れていないわよね?」
堂々と椅子に座り、足を組んで待ち構える。
――演劇の時間の、始まりだ。
「皆さん、こんにちは。この屋敷で侍女長を務めております、クロエです」
ニコリと笑い、一人一人の名前を読み上げる。背後に強烈な騎士たちの非難を感じながら。
「今日ここにいるのは、この方々で間違いありませんね?」
「「はい!」」
「ではまず、そこのあなたから」
「私は北部の子爵領が一つ、グレース領で働いていました」
「グレース子爵のお話は聞いたことがあります。あそこで働いていた友人とは今でも仲が良くて。グレース子爵の立派なヒゲは、まだ健在ですか?」
「はい、毎日手入れに気を使っていらっしゃいます」
なるほど。不採用。
ニコリと微笑んで、次の男性に目を向ける。
「あなたは?」
「私は経験がありませんが、幼い頃公爵様に憧れておりまして。騎士になることは叶わなかったのですが、使用人を募集していると聞いて応募しました」
「前職は何を?」
「レストランで給仕係として働いていました」
忠義に厚いタイプ。背後の権威を利用する気がない純粋さ。
事前情報との整合性もとれている。彼は採用だ。
「そうですか。では、次の方」
それ以上の追求がなかったのを、少し不安そうにしているのも面白い。
「私は王都のレストランでシェフとして働いていました」
「なるほど、正確にはどこで?」
「マニーニです。路地裏にありますが、隠れた名店なんですよ」
「カンティーナ通りの?」
「はい。よくご存知ですね」
ふ、と私は笑う。
「ええ。王都の路地には、詳しいもので。では、次の方…」
次々と人々が経歴を語り、軽く会話を交わしてゆく。
問題は、この次の二人だ。
「あなたは確か、隣国から来たのよね」
「はい。街でバルテル商会の噂を耳にしまして。これから公爵領は伸びるんじゃないかと」
「その情報、誰かに流しましたか?」
「いいえ。流したら、損になりますから」
そうか。まあ、こちらも舐められたものだ。
「次のあなたは、王都からでしたよね。バルテル商会の名に聞き覚えはありますか?」
「はい。王都で働いていた時に、そのお噂はかねがね」
「では、こちらの名前はどうでしょう?サビア伯爵家」
ヒュッと息を呑む音がする。顔色が変わり、ガタガタと震え始めた。
…当たりだな。
「二人とも不合格にします。即刻、出て行ってください」
「どうしてですか!?彼らは身元も保証されていますし、経歴も素晴らしいものです」
「あなたに一体、何の権利があってーー」
「静かに!」
声を上げる騎士達をキッと目でキツく睨み、黙らせる。
「あなた達こそ、何の権利があって反対しているのですか?
この公爵家に堂々と、ネズミを入れろとでも?」
「どういう、ことですか?」
「先日、私は街に出てある噂を広めました。
そう。バルテル商会が来る、という噂です」
重なった書類の中。レチナから送られてきた報告書を指先で叩いた。
下から上にゆっくりと、すうーっと紙の表面を撫でていく。
「この世の中、紙より口で伝わる速度のほうが何倍も速い。
たどった先を追えば、自ずと答えも出てくるものです」
あくまでも、にこやかに。でも少しだけいつもより低い声で。
空気を震わせろ。部屋の中に存在しない風を吹かせて。
「あなた方の雇い主にお伝えください。
バルテル商会は、不確かな方々とは取引できません」
堂々と自信を持って話すことで、説得力は何倍にも膨れ上がる。
「望むモノがあるのであれば、正々堂々商談で迎え討ちます。
私たちはお客様に物を売る、商人なのですから」
カタリ、と誰かが身じろぐ音がする。
触ってもいない紙が揺れてページをめくった。
「そう、バルテル商会が言っていたと。
新提携先であるアイセントール公爵家が証言したことを」
ずりずりと壁まで後ずさって、扉を開けて逃げてゆく。
「飲んでしまった甘い蜜。その責任は、取らなきゃね?」
二人の男たちが出て行った後。私は立ち上がって、一人一人に結果を言い渡す。
「一番目のあなたは不採用で。グレース子爵はヒゲがコンプレックスでして。あそこで働いていた使用人には、きつく口止めされているはずですが」
――元勤め先の機密情報の口外。
「三番目。単純な理由です。王都路地に、カンティーナという名の通りは存在しません。マニーニは確かに隠れた名店ですが、面しているのはカンティルネ通りです」
――経歴の詐称。
「後の方々。もう言わなくても、自分自身がよく分かっていますよね?」
コツリコツリと音を立てて歩く。
騎士たちの瞳が、大きく見開かれているのが分かる。
「私が見ていたのは、主に三つ。分かりやすいように教えて差し上げます」
三人目の後ろに立って、静かに告げる。
「第一段階。
事前に上がっていたプロフィールと口頭の自己紹介。そして、裏で集めた情報と取れない整合性」
次は一人目と二人目の間に立って、ゆっくりと一人目の顔を覗き込んだ。
「第二段階。
勤め先への忠誠心と、唐突な質問への返し方。そして私の言動への反応」
もういない、立ち去った二人がさっきまでいた場所で、歩みを止める。
「第三段階。
バルテル商会の噂――私が用意した甘い蜜の罠に、ハマるかどうか」
その場でくるりと身をひるがえし、皆の顔を見渡す。
青ざめる者。感激したように、目を輝かせる者。反応はさまざまだ。
案の定、騎士たちは呆気に取られて微動だに出来ない。
「では皆様。心当たりのある方々は、どうぞお帰りください。
後の方はここに残って下さいね」
候補者の半数が去り、部屋に騎士たちと六人だけが残った後。
私は背筋を整え、指の爪先までピンとまっすぐに伸ばす。
ふわ、と愛嬌のある笑みを浮かべて、綺麗なカーテシーを披露した。
「皆様、初めまして。
この屋敷の女主人になる、クロティル・ヴィル・アイセントールですわ」
あくまで貴族に見えるように、優雅に。あの人が教えてくれたことを証明するのだ。
私を着飾る宝石など、必要ないと示せるように。
――本物は、行動だけで分からせる。
「これから、よろしくお願いするわね」
もう誰も、反論する人などいなかった。




