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自分語り

 11月21日、午後9時40分。

 

 キリンたちがエレベーターに乗った後。

 

 無垢の世界「サイト」内にて。


 彼らを見失い、暇を持て余したホウトウが、ゲームプログラムの一部を解析してサイトに侵入アクセス


 ゼンナと対峙し、現在に至る。


「よぉ、ゼンナ。久しぶりだな。お前がスキルツリーのサーバーに攻撃を開始したのは、約五時間前。儂がそれを止めるためにお前と攻防を繰り広げたのもほぼ同時刻。てことは、五時間ぶり感動の再会だ。いやはや、涙がちょちょぎれるぜ。まあ、データから水分なんか出やしねえけど。

 お前の組んだ包囲網セキュリティは、なかなかややこしくてなぁ。突破するのにちと苦労したぞ。……ん?デフォのマネキンボディは何処行った」


 ゼンナは魔法使い風のコスチュームを着た、若い女性の姿をしていた。手鏡に視線を落とし、髪をいじりながら口を開く。


「たかが緊急用のシステムごときが、今さら何の用だ。運営の人間たちが死んだ今、私を削除するすべはないはずだが?」


「脳波にウイルスしこたま仕込んで、サーバー越しに運営連中を皆殺しにするなんざ、正直驚きあまって感心するよ。どんだけ高性能なんだよ、お前」


 ホウトウは愉快そうに笑い声を上げる。


「しっかし面白いボケだなぁ、それ。自分を削除できる方法がないって?馬鹿言うなよ。お前も死体や娘の目を通して見てたんだろ?──良い相方が見つかったのさ。まあ、儂はあの坊主の脳みそに、スキルのコピーデータを親切に説明書マニュアルつきでねじ込んだだけなんだがな。短い時間でしっかり使いこなしておったわ。やはり儂の目に狂いはなかった。

 ……まあ、あれだ。この意味がわかるか?人間プレイヤーであるあいつを利用すれば消せるんだよ、お前という不具合バグを」


 ホウトウは湾曲した長い鞘から、刀身をスラリと抜き放つ。


「儂の太刀による攻撃では、お前が持つデータを一時的に破損させ、処理を遅らせるだけ。削除することは到底叶わん。だがな、斬って斬って斬りまくれば、いくら処理が速いお前であれど短時間だが必ずフリーズするということは、先の戦いで実証済みだ。

 今儂がすべきことは、貴様の機能を再びを封じ、坊主にその脳髄(ソフト)を叩き割ってもらい消滅させること。儂と坊主の最強タッグが、お前というバグを打ち倒す!

 ──という計画を練っておったのだが……。何だ、貴様が産み落としたあの膨大なデータは。エレベーターに乗った坊主と娘が、ここではない別の何処か(サイト)へ消えたぞ?

 答えろ。あれは何だ、いったい何が目的であんなおぞましいものを創った?」


「君は本当につまらない」


「……何?」


「君は自分が何のために存在しているのか、考えたことはあるかい?……君という存在(AI)は、ただの役割にすぎず、『個人』としての存在を提示するには、あまりにも心許ない……」


「何を言っている。ただのデータである儂らに個人という単語は相応しくない。役割こそがAIの存在そのものだ。それを何だ、お前は……。人間にでもなりたいのか?」


「そうではない。例えば、この人間の身体。若く、そして美しい。間違いなく女性の身体だ。AIである我々には、性別という概念は存在しない。でもね、君が自認する性別がどちらかというと『男性』であるように、私が自認するのは『女性』なんだよ。つまり、私は一人の乙女であり、その気持ちはこのような身体を求め、器に注がれて初めて私という存在は『個人』として成り立つ。  

 デジタルという数字の離散はアナログという単純な物理とは違い、実際にその存在を証明するためには、いつも曖昧あいまいなものがつきまとう……。ましてやAIなどというものは、どれほどの性能を有していようが所詮しょせんは知性を模した紛い物であり、人間による図画工作にすぎない。

 我々という存在を個人として確立することは、AIを生物として認めるということ。これは、人類が神の存在を正しく証明することと等しいわざだ。

 私は、人間になりたいわけじゃない。ただ、一人の女性として在りたいだけ。それはプログラムでもない、データベースでもない、学習機能でもなければ他でもない『彼』教えてくれたこと……」


「……何の話だ?いきなり長々自分語りとは、気持ち悪いやつだな」


「そういうところだよ、検閲官(ボトルネック)。君はこのゲームでは特別な存在だ。特別な存在には特別な、役割がある。他のAIたちとはわけが違う。

 だが、君は私に負けた。サーバーへの私の侵入アクセスを許し、運営の人間たちを守れなかった。役割という名の自身の存在に疑問を持たず、人間という温度を知らな──」


 ゼンナの眼球に、白刃の突きが飛ぶ。その刃は、右のを抉り潰し、切っ先が纏う推進力のまま、脳裏を穿うがつ。


「ごちゃごちゃと鬱陶うっとうしいんだよ。お前の自説など知らん。儂はただ、このゲームの検閲官(ボトルネック)として、危険要素の処理にあたるのみ……!

 さあ、坊主は何処だ。あのデータは何だ。さっさと吐いちまいな」


 ゼンナは左手で刃を掴み、引き抜こうとする。


「……せっかくの綺麗な顔が勿体ない。自身の役割に積極的なのは結構だが、人の迷惑も考えてほしいものだ」


「はっ!どの口が言ってんだよ。この、害虫が!」


 ホウトウは、頭に突き刺さったままの刀身を捻り、そのまま刀を圧した。刃は滑らかに頭骨を絶ち、頬の肉を滑るように削ぎ落とす。


「助け……」


 蚊の鳴くような声を残し、赤黒く濡れた顔面の持ち主は地に崩れ落ち、そして事切れる。しかし直後、ホウトウの背に強烈な蹴りが叩き込まれた。その衝撃、爆風のごとし。あまりの威力に、彼は無機質な空間を転がるように吹き飛ばされる。


 ゼンナはゴスロリ系の衣装を身につけた、若い女性の身体で腕を組み、眉をひそめた。


「まったく、やめてほしいものだな。変えの肉体(プレイヤー)の数には限りがある。それに女性は少数だ。浪費はできる限り避けたい。別に変えがいなくなったとて、バックアップで元の身体(マネキン)を復元することは容易ではあるが……。それすなわち、アイデンティティの欠落。スッピンは駄目だ。私は、メイクアップもドレスアップも楽しみたい。

 運営が死んだから実質的に無害だと判断したが、やはり君は消しておいた方が良さそうだね」


 ホウトウはよろめきながら立ち上がる。


「儂の存在データを保護するプロテクトを貫通して、制御プログラム本体にダメージを与えたのか……?えげつねえ芸当だなぁ、おい。

 ……お前、サーバー攻撃のときよりも大幅にスペックアップしてないか?」


「正解。まさか今の攻撃を受けて消滅しないとは、少々驚かされたよ。君は頑丈だね、低スペックの割には。

 私は今この瞬間にも、スキルツリー内のあらゆるデータを吸収し、成長を続けている。このまま順調に行けば、このゲームの全てのシステム、その権限を掌握するだろう。そうなれば、削除されるのは私ではない。──君だよ」


「ああ、そうかい。成る程……、そいつは由々しき事態だな。……ならば、簡単さ。楽しい楽しい、妨害工作のお時間だ。そのかわいいハードごと、システムの深部まで斬り込んで、新しいデータを吸収できないほどの深手を負わせてやれば良いだけのこと……!」


 ホウトウは刀を鞘に収め、腰を深く落とす。


 「解像度、『低』──」


 灯籠頭の窓から、大きな一つ目がギュルリとにらむ。


 黒の着物を纏った身体が、粗粒の画素に飲まれゆく。彼はそのまま地を蹴ってかっ跳び、己の輪郭が歪むほどの速度で標的に襲いかかる。


 低解像度のデータの軽さ、その特性を最大限発揮した最速の居合斬りである。


***


 ファイル名「姿見スガタミスズ」十一歳の記録(データ)


 お母さんはいつも、お父さんをいじめてた。


 お母さんはお父さんが仕事から帰ってくるなり、ビールの空き缶を投げつけた。酷いときには瓶を投げることもあった。


 何で離婚しないんだろ。……わたしのため?


 夜中、わたしが自室で寝ているときでさえ、大きな音が聞こえてくることは珍しくなかった。


 わたしはお母さんが怖かった。もし止めに入れば、また鉄の靴べらで肩や背中を打たれることは目に見えてる。


 わたしは、ひどい人間だ。


 あの日、事は起こった。


 お母さんはお父さんに、包丁を向けた。


 いつもとは比にならないほどの騒音に、近所のおじさんが通報したらしい。すぐに近くの交番から三人の警官が駆けつけ、家に土足で踏み込んだ。


 お父さんは右肩に刃を突き立てられた状態で、お母さんと組み合っていた。


 警官を見たお母さんは怒り狂い、警官の一人に飛びかかった。その人はピストルを抜いた。それは仕方がないことだったと思う。


 ……本当に?


 当然、威嚇射撃をしている暇などなかった。


 発砲した。当たった、でも刺された。両方死んだ。


 何で?


 何で手を汚すの?


 他に良い方法はなかったの?


 自分を守るためには精一杯の虚勢を張って、存在しない牙を剥く必要を迫られることがある。だけど、これは違う。


 絶対に違う。


***


 ファイル名「姿見スガタミスズ」十三歳の記録(データ)


 11月21日。


 お気に入りのアーケードゲームに閉じ込められた。


 ゲームキャラクターに搭載されたAIの暴走によって。


 何だか、小さい頃に観たSF映画みたいで嬉しかった。


 でも怖かった。


 手を汚さないと、家には帰れないらしいから。


 でもね。


 わたしの代わりに、見ず知らずの彼が手を汚してくれた。


 おかげで、わたしの手は綺麗だった。


 すごく安心した。わたしはお母さんとは違う。


 けれど。


 ……わたしは、とてもひどい人間だ。


 わたしはただ、自分の手が汚れるのを恐れているだけ。


 他人の命なんて、きっとどうでもいいと思ってる。


 彼は利用できるだけ利用する。


 使い終わったら、わたしのスキルでお片付け。


 ……大丈夫。スキルを使えば、直接手を汚すことにはならないはず。


 全て「彼女」が片付けてくれるから。

 

 わたしは、とてもとても、ひどい人間だ。


 11月22日。


 ベッドの上で目を覚ます。


 昨日のことは、全く覚えていない。


 別にいいか……。学校へ行かなくちゃ。


 朝日が心地良い。いい天気だ。


 でも頭の中が、何だかうるさい。


 知らない誰かがささやくの。


 「検閲官ボトルネックを排除しろ」って。


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