異世界ネットワーク
スキル「検閲官」の効果要約と追記。
1、自身の肉体をデータ化し、解像度を変化させる。
2、AIデータに干渉し、情報処理を遅らせる。
(使用者がプログラムの場合)
敵キャラクター(AI)のデータに干渉し、その存在を削除する。(使用者がプレイヤーの場合)
3、使用者の脳が無事な限り(情報処理が可能か否か)、肉体及びその一部とみなされた装備品(服、武器等)は、欠損してもしばらくすると再生する。
4、プ94イ81ーは95235124437143027321145112.
***
ナタを振り槍を携え、骨兵たちがにじり寄る。
キリンは横目でホウトウを睨み、斧を構えた。
「野郎……!」
敵はおよそ20体。まともに殺り合ったら、確実にお陀仏だ。ならば……。
「叩き切って退路を開く」
骨兵たちの輪が迫る。残る距離は4メートル弱。
ここだ……!
左足で地を蹴り、地面スレスレの低空飛行で距離を詰める。頭の高さが変わらぬ等速直線じみたその挙動に、キリンの進行方向にいた豚の皮を被った骨兵の反応が、コンマ一つ遅れる。
「オラアアア!!」
着地、と同時に必要最小限の所作で敵の頭部に刃を乗せ、斧の柄を絞る。
面。
鋭い打突。軽い音と共に皮の下で頭蓋が破壊される。頭を失った身体はよろめき、引力の理に従い、倒れようとする。しかし──。
「どけ!」
キリンは踏み込んだ右足を軸とし、左足で倒れようとするその身体を力いっぱい蹴り飛ばす。頭部の破片と確部位を形成する骨が、勢いそのまま宙を舞った。ギョッとしたように、他の骨兵たちの動きが一瞬鈍る。その隙を逃すべからず、キリンは即座、空いた隙間を駆け抜ける。
「なんだ坊主、戦わんのか。もしやビビっておるんじゃあないだろうな?」
ホウトウは走るキリンの背を見て、溜息をこぼした。
「仕方ない。儂は子守でもするか」
そう言うと彼は、スガタミを抱えて腕を後ろに大きく振りかぶり、そのまま勢い良くスイングする。スガタミの身体は、見る見るうちに上昇し、やがて風を切って降下する。
「和了、高い高い!」
「てめぇ──!」
彼女を助けなければ。キリンの脳内を再び、スキルデータが駆け巡る。
検閲官。
肉体解像度「低」。
刹那、全身が荒い画素に染まり、綿のごとき軽やかさを帯びた。
間に合え──!
キリンは矢のように弾け跳び、空中で彼女を受け止める。
「ッ!重てぇ」
解像度に比例して身体の質量も変化する。解像度を低く設定したキリンの腕は、落下速度を纏っただけの、たかだか三十数キロの少女の体重に悲鳴を上げた。
不味い、へし折れる──。
肉体解像度「高」。
痛みが脳を刺激した。ほぼ無意識に、頭の中でマニュアルをロードする。瞬時、全身を目の細かな画素が構成し、身体が大きな質量を身につけた。
着地する。土煙が上がり、地面にクレーターができる。それを見たホウトウは、さも愉快そうに笑った。
「なんだ坊主。使いこなすのが早いじゃないか。褒めてやろう」
「ああそうかい、ありがとよ。今ので使い方はだいたいわかった。マニュアルがかってに脳に雪崩れ込んできやがる。
このスキル、プレイヤーが使えばAIを削除できるって話だったよな……。じゃあ、まずはお前から消してやろうか」
あれだけいた骨兵たちが、ホウトウを囲みながら倒れていた。やつはその円陣の中央で、抜き放たれた長い白刃を曲芸のごとく操り、するりと鞘に収める。
「坊主、貴様がその娘を助けたのは『人間』としてさぞ立派なことだろうさ。だがなぁ、貴様は最初、娘を置いて自分だけ逃げようとした。
わかるか?──そいつは偽善だ。良い子ちゃんぶっているだけの、偽物の正義って言うんだよ」
声高らかに笑う。
わかっている、そんなこと……。俺は彼女を抱き抱え、いったいどんな顔をしているのだろうか。きっと苦虫を噛み潰すよりも酷い顔だろう。こいつの言う通り、俺は逃げようとした。……ついさっき人を殺めたときには、この子は後々邪魔になるからと、殺そうとした。
これは矛盾だ。
唇に力を込め、歯を強く噛み合わせる。
「……俺は」
唾の中に、血の味が混じる。
「坊主、自己嫌悪に陥るのは構わんが、まだ終わっとらんぞ」
倒れていたはずの骨兵たちが起き上がる。ホウトウは忍び笑い、肩を揺らしながら言った。
「言っただろう。儂にできることは情報処理を遅らせることだけ。同類たちを、この刀でいくら斬りつけようとも倒すことは叶わない。せいぜいダウンを取ることが限界。……おい、どこへ行く」
俺は両手でスガタミを抱き抱え、走り出す。
クソ野郎の話が本当なら、この検閲官とやらの力を使えば元凶の存在を削除することができるかもしれない……。この殺し合いはゼンナが組んだプログラム。ならば、今俺がすべきことは、この子を安全な場所に避難させ、ヤツがいるであろうレベル50へ向かうこと。
……いや、いないということもあり得る。ゼンナは自我を持っている。ゲーム上のボスキャラクターとして、大人しくステージに縛られている可能性は低い。プレイヤーたちを最初に呼び出した真っ白い空間、確か「サイト」と言ったか。ヤツが自分で創ったと言っていた。あそこに引きこもられていては、手の打ちようがない。
不確定要素が多すぎる。しかも、ゼンナを消したところで元の世界に帰れるとは限らない。しかし、それでも、俺は……。
もう人殺しなど、したくなかった。
ステージ最南端にあるエレベーター。それに乗れば他のステージに行ける。
廃墟の街並みを、駆ける、駆ける、ただひたすらに駆ける。
「あった……」
七百メートルほど走ったところに、荒廃がテーマであるこのステージには似つかわしくないほど、小綺麗な白い扉が浮き出るように佇んでいた。
「▲」ボタンを押す。
そのとき、風切り音と共に長い槍がキリンの喉を貫いた。白い扉が細かな飛沫に塗れる。
回らない首で目線だけ動かす。追って来たのか、骨兵たちが残り数十メートルの距離まで迫っていた。
「──!」
扉がキュルキュルと鳴いて開く。視界がグラつく。キリンは揺れる頭で、エレベーターの中に身を投げ込んだ。そのまま倒れ込み、衝撃でスガタミと抱えていた斧が転げ落ちる。拾おうとして前かがみになり、首に刺さった槍の先が床と触れ、さらに深く刺さる。
息ができない、立ち上がれない。
骨兵たちがすぐそこまで迫っていた。キリンは斧を引っ掴み、壁にずらりと並ぶ50個のボタンに目線を向け、見当つける暇なく力の限り腕を振る。
「ッぁ──!!」
斧の刃が叩きつけられた。ボタンが砕け、扉が閉まる。と同時に、扉がナタや槍で打たれ、不協和音を響かせた。
駄目だ……、意識が……。
薄れゆく視界の端で、「50」の隣にあるボタンが点滅していた。
「51」。斧が当たるまで存在しなかったボタンである。
***
ブラインドの隙間から朝日が差し込む。キリンは自室で目を覚ました。
……なんだ?今、すごく怖い夢を見ていた気がする。
腕を組み、まだ働かない頭でしばらく考えてみる。
「駄目だ、何も思い出せん。……まあ、夢ってそんなもんだよな」
今何時だ。とスマホで確認しようとするが、どこにも見当たらない。
「あれ、どこいきやがった?」
毛布をめくり、ベッドの下を除き込むが何もない。まだ眠いが仕方なく部屋の電気をつけ、眩しさに目を細めながら壁かけ時計を見た。
8時40分。
ああ、なんだ。ただの遅刻か。
悟りを開き二度寝しようとしたが、思いとどまる。もう少しでテストだ。授業は聴いておいた方が身のためだろう。
「……しゃあねー。起きるか……ん?」
キリンは学ランを着ていた。思わず眉をひそめる。
「制服のまま寝たっけ?よく寝れたな……。やべえ、昨日の記憶が全くねぇんだけど」
11月の肌寒い朝に着替える手間が省けた。と、ポジティブに捉え、キリンはリビングへ向かった。
電気ヒーターがついた部屋で、祖母がニュース番組を見ていた。
「あら、おはよう。今朝も寒いね〜。ところで、兄ちゃんどちらさんや」
「おはよう。それな、クソさみぃよな。じいちゃん知らない?」
「さあ〜。庭の掃除でもしとるんやろ。朝ご飯もつくらずに何やっとるんや、じいさんは。わたしまだ何も食べとらんのよ〜」
そう言った祖母の前には、空になった食器が並んでいた。
そんなやり取りをしていたら、扉をあけて祖父が入ってきた。俺は声をかける。
「おはよ。なぁ、仏壇に供えてあるみかんって昨日のだろ。持って行ってもいいか?」
しかし、返答はない。祖父はまるで俺のことなど見えていないかのように、祖母の前の食器を回収し、シンクでそれを洗い始める。
「もしかして寝坊したこと怒ってんのか?大丈夫だ、間に合うって。今すぐ行くからさ。じゃ、行ってきます」
俺はリビングを後にし、仏壇でみかんを回収。どうせ遅刻を免れることはできまいと、ゆったりとした足取りで家を出た。
11月21日、インターネット記念日。スキルツリーの架空データ「サイト」を震源とし、世界は分裂を始めた。
異世界の誕生である。
世界は枝分かれし、自由に伸び、コードのように捻れ合って、ネットワークを形成する。
11月22日。隣の世界で雨が降っている。
11月22日。別の世界では少し早い雪が降っていた。
11月22日。この世界は確かに、晴天であった。
速筆のスキルが欲しくなります。




