第6章 虹 ⑥
竜の台座の心臓部に、竜守であった少年と少女だけが残った。
二人だけの静かな空間がある。
「ごめん、ティテ」
「ううん。私がそうしたいと思ったんだから、良いんだ」
ティテはサンカリの手を取った。サンカリもティテの手を強く握り返した。
「私、トゥスクの竜守になれて良かった」
「僕もシーヴェンに会えて良かったよ」
サンカリの頭の中を、シーヴェンに出会ってからの十年間の記憶が駆け巡った。自然と笑みがこぼれた。ティテも笑っている。きっと彼女も同じことを想っているのだろう。
「僕もだよ」
シーヴェンの声が木霊した。
「君に会えて良かった」
光が生まれた。小さな光の粒が、一つ、二つ、やがてそれは無数に現れ、一つに集まって、竜の姿を象った。短い首と太い胴と大きな翼を持つ、金色の、サンカリの友の姿を。
「シーヴェン!」
「君たちの先祖は、僕たちに、竜の台座が再び目覚めるようなことがあれば、絶対に阻止しろと命じた。だけど、そのとき同時に、もう一つだけ、言葉を残した。竜の台座が目覚めたときに自分たちの子孫が守るに値しない存在だと思ったら、見捨てても構わない、と」
シーヴェンの声は彼の口から聞こえるのではなく、室内の至るところから響いていた。彼の姿はずっと光の粒の集まりのままで、赤い瞳や豊かな毛が形づくられることはなかった。彼はすでに竜ではない別のものになりかけていた。
「それは命令じゃなくて、提案だった。ただの兵器だった僕たちを、初めて対等に、友として扱ってくれたんだ」
サンカリとティテが緑色の光に包まれた。
「きゃっ」
ティテが小さな悲鳴を上げる。二人を包み込んだ緑色の光は竜の優しさのような柔らかさで満たされていて、鳥の羽のようにふわふわと浮かんだ。金色の光と緑の光、二つの光で室内がいっぱいになる。
「サンカリ、さっき言ってくれたよね、一緒に生きてきたのは友達だからだって。僕たちは友達だ。だから僕は、君と、君の生きる世界を守るよ」
「うん……。うん」
そうだ。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
竜の台座の封印が暴かれるのを阻止することは、確かにサンカリたちの先祖との約束だったのかもしれない。しかし、それ以上に、サンカリが今、生きているからだったのだ。
サンカリが生きる世界を守るために、シーヴェンは命を懸けたのだ。
もしサンカリがシーヴェンの立場だったら、同じことをした。だって、竜とともに生きる世界を守りたいと願うのは、サンカリにとって当然のことだから。
「お別れなの、シーヴェン?」
「大丈夫、僕は死ぬわけじゃない。僕たちはエネルギー体だから、ちょっと形を変えるだけだよ」
シーヴェンが笑った。今の彼は光の寄せ集めで、どこが瞼なのかほとんど見分けがつかない。しかしサンカリには、目を細めて竜守を見つめる友の顔がはっきりと分かった。
「会いに行くよ、シーヴェン。どこにいても、どんな姿になっていても、僕は必ずシーヴェンに会いに行く」
「うん、待ってるよ。この空の下で。僕はずっと待ってる」
シーヴェンは初めて会ったときと同じ涼やかな声で、こう言った。
「また会おう」
黄金色の光は輝きを増し、やがてその光は室内を真っ白な世界に塗り替えていった。
「シーヴェン──!」
金色の竜が光の中に消えていった。
◇ ◆ ◇ ◆
「二人とも、大丈夫か!?」
聞き覚えのある声が耳に飛び込んできて、サンカリは目を覚ました。ソティラスがサンカリの顔を覗き込んでいた。
「ここは……?」
サンカリは上半身を起こして、辺りを見回した。すぐ隣でティテが同じように目を覚ましたところだった。
二人はアルデア・アルバの甲板に横たわっていた。
「驚いたぞ、竜の台座から光が飛んできたと思ったら、お前たちだったんだからな」
「シーヴェンが送り届けてくれたんだわ」
ティテの言葉にサンカリは頷いた。
「……そうだ、竜の台座は!」
サンカリは跳ね起きた。ティテも立とうとしたが、右足の痛みに座り込んでしまった。サンカリはティテに肩を貸し、二人で甲板の柵まで駆け寄った。
空には撃墜を免れた飛行艇の姿があった。数はかなり減っているし、黒煙を吹き出して半壊状態のものもあるが、全滅は避けることができたようだ。
竜の姿は一匹も見当たらなかった。
そして。
アルデア・アルバの正面に、竜の台座が──正確には竜の台座だったものがあった。
逆円錐形という独特の形の面影は既になく、竜の台座は、支えを失った砂の城のように風に吹かれて脆くも崩れていく。過去の遺物と、脱走兵の野望と、多数の死者たちの墓とその管理人と、サンカリの友と、竜の命の源を包み込んで消えていった。
「私たち、トゥスクとシーヴェンの願いをちゃんと引き継げたよね?」
ティテが竜の台座を見つめたまま問いかけた。
「うん」
サンカリは短く答えた。ティテの問いはサンカリに向けたものではなく、今はもういない彼女の竜に向けたものなのだろうということは分かっていた。でも、彼女の竜もきっと「うん」と答えてくれるだろうと思った。
崩壊する竜の台座を背に巨大な虹がかかった。砕けたコアが空に散らばり、光を反射して虹を形づくっているのだった。サンカリには、何故かそれがシーヴェンの言葉に思えた。
虹が映ったのは一瞬だけで、すぐに消えてしまった。消えてしまうと、サンカリの目から涙がこぼれた。
雲一つないまっさらな空を幾筋もの光が伝う。粉々になったコアが太陽の光を受けて煌めきながら降っている。まるで涙のように。




