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第6章 虹 ④

「竜になんてことを……」

 ティテは惨劇から顔を背けた。後ろ手に縛られているので顔を覆うことは出来なかった。周囲どころか床下までも空を見渡せるこの空間では、どこを見ても残酷な光景が繰り広げられていた。ティテはきつく目を閉じることしか出来なかった。

「竜はもともと、こういったことをさせるための兵器だ。竜は所詮エネルギーの塊に過ぎない。そのことを理解したまえ。そうだ、なんなら君の竜と同じ姿かたちの竜を創ってあげようか。コアの力を使えば何匹だろうと創り放題だぞ」

 デゼルターは、さも名案を思いついたという風に不快な笑い声を響かせた。

 ティテの中で何かが弾けた。不安定な姿勢のまま、デゼルター目がけて飛びかかった。手も足も縛られていて使えない。せめて、首元に噛みついてやる。そう思ったが、出来なかった。

 轟音が炸裂し、ティテは床の上に倒れ伏した。右腿が焼けるように熱かった。空が赤く染まっていく。血だ。ティテの右腿から鮮血が流れていた。

「う……うぅ……」

「大人しくしていてくれないか。お前には私の子どもを産んでもらわなければならないのだからな」

 デゼルターの手に握られている拳銃の銃口から煙が上がっていた。

「子、ども……?」

「新たに国を築くには跡取りが必要だ。竜守同士の子どもこそ後継者に相応しいじゃないか」

 この男は何を言っているんだ。理解できない。デゼルターの口から発せられている言葉が、別の生き物のもののように聞こえた。右腿の耐え難い痛みと相まって、猛烈な吐き気に襲われた。

 外では新たな動きがあった。一隻の飛行艇が雷を撃った。飛行艇の底面に機械仕掛けの砲塔が取りつけられており、そこから雷撃を放ったのだ。何隻かの飛行艇が同様の装備で射撃を始めた。その攻撃はただの大砲よりも多くの竜を消滅させることに成功していた。しかし、撃ち落とした以上の竜が生まれ続けていることに変わりはなかった。

「ははは、私の研究結果をさっそく量産したか。しかし、私が長年かけて作り上げた成果品に、ただの模造品がどこまで追いつけるかな」

 デゼルターの言葉を聞いて、ティテに悪寒が走った。竜を殺す機械。その名前の由来は何なのか。

「あんた、自分の竜はどうしたの?」

 当たっていてほしくないと願いつつ尋ねた。

「実験台になってもらったよ。竜殺しの機械は、その名のとおり私の竜のおかげで完成したんだよ!」

 ティテは、もはや言葉では表現しようのないほど様々な感情に一度に襲いかかられて、目の前が真っ暗になった。

「ははははは! ははははははは!」

 竜守だった男の笑いが竜の台座の心臓部に響き渡った。そのとき、デゼルターの真上に影が差した。



 ◇     ◆     ◇     ◆



「うぐっ」

 デゼルターは苦しそうに呻いた。サンカリはデゼルターを押し倒し、諸共に空の映りこんだ床に倒れ込んだ。

「サンカリ!」

 ティテが自分の名前を呼ぶ声が聞こえたが、構っている余裕はなかった。膂力で劣るサンカリは体重を乗せ銃を持つデゼルターの手を必死に押さえ込んだ。

「貴様、どこから!」

「シーヴェンが案内してくれたんだ!」

 墓地で光の渦に飛び込んだサンカリをシーヴェンがここまで連れてきてくれた。デゼルターからしたら何もない空間から突然サンカリが現れたように見えたことだろう。

「お前は自分の竜を、その手で殺したのか!」

「だったらどうだと言うんだ!」

「竜をなんだと思ってるんだ!」

「エネルギーの塊だ! 人間が使役すべきエネルギー体を有効活用して何が悪い!」

 サンカリは、押し返そうとするデゼルターに死に物狂いで組みついた。拳銃のグリップの底で頭を殴られ、膝で腹を蹴り上げられても離れなかった。デゼルターは拳銃を右手に持っている。相手の右手を拳銃ごと押さえつけ、左手に腕を伸ばした。

「それが竜守の言うことか! 竜とともに生きよの言葉を忘れたか!」

「そんなに竜が怖いのか! 竜の奴隷め!」

「違う!」

 竜は戦争の道具でも、竜の台座を止めるために先祖が残したものでもない。

「僕がシーヴェンと生きてきたのは……」

 お前は知らないだろう。竜の背中の温もりを。竜の優しい微笑みを。竜の大きな翼を。

 お前に竜を語る資格はない。

「友達だったからだ!」

 サンカリは目の前の顔に思いきり頭突きをお見舞いした。デゼルターがわずかに怯んだ。奴の左手を掴んだ。

「餓鬼が!」

 デゼルターの靴の底がサンカリの鳩尾に入った。蹴り飛ばされた。サンカリは宙を舞い、背中から思い切り床に叩きつけられた。

「舐めた真似を!」

 立ち上がったデゼルターが銃口をサンカリに向けた。

「イラピタヤ!」

「はい」

 サンカリの声にイラピタヤが応えた。バイオリンを構え、弾き始めた。途端に、デゼルターが苦しみだした。

「なんだ!? なんだ、この音は!」

 それは不思議な曲だった。享楽的で破壊的で、そして何よりも悲痛だった。

「私がここに残されたのは、いつかあなたのような子孫が戻ってきたときのためのカウンターとしてだったのですよ」

 イラピタヤは演奏したまま流暢に語った。

「止めろ! 演奏を止めろ! 私の言うことが聞けないのか!」

「聞けません。私は竜の台座の管理システム。マスターの命令に従う義務があります。虹の石を持たないあなたは既にマスターではありません」

 デゼルターが己の左手を見た。そこに虹の石はない。

 虹の石はサンカリの手の中にあった。デゼルターに組みついたのは、これを奪うためだった。イラピタヤは竜の台座を甦らせようとする者へのカウンターだが、同時に竜の台座のマスターに従わなければならないという矛盾を抱えていた。だから、デゼルターの手から虹の石を奪い、マスターの権限を剥奪する必要があった。サンカリはそのことをシーヴェンから教えられていた。体格でも体力でも劣るサンカリが、拳銃まで持つデゼルターを倒す最適な、そしておそらく唯一の方法だった。

 デゼルターがイラピタヤに向けて発砲した。しかし、弾丸は彼の体をすり抜けていった。

「立体映像に弾丸は当たりません」

 イラピタヤは演奏の手を止めず、視線だけをデゼルターに向けた。

 デゼルターは耳を押さえて、うずくまった。たとえ耳を塞いでいても、イラピタヤの音楽はデゼルターの中に入り込んでいった。両手両足の筋肉が強張り、口から泡が溢れた。

「あなたたちの祖先は二度とコアが使われないことを望みました。道具ではなく、友人として竜とともに在りたいと」

「ぐうう……! うううううう…………」

 喉の奥から地獄のような声を出して、それきりデゼルターは動かなくなった。

「あなたはそれを忘れてしまったようです。残念です」

 演奏が終わった。イラピタヤは目を閉じていた。彼が感情らしいものを見せたのは、それが最初で最後だった。

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