表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/42

第35話 旅人から聞いた噂

 リュミはその日、森の奥にある小さな草地で、のんびりとピクニックを楽しんでいた。

 ムスティが編んでくれた布には、焼きたてのパンと色とりどりの果実、そして香り高い薬草のお茶が並んでいる。


 パッロは草の上に寝転び、青空を見上げながらのんびりと尻尾を揺らしている。

 リンコは近くの木の枝にとまり、羽根を膨らませて日向ぼっこ。

 ムスティは静かに糸を操りながら、リュミの肩にかけるためのショールを編んでいた。


 そして気づけば、森の獣や魔獣たちが、いつの間にかリュミのまわりに集まってきている。

 ウサギがリュミの膝にぴったり寄り添い、羽根の透ける(ちょう)の魔物が花の蜜をひとしずく()める。奥からは、好奇心に満ちた獣たちが、そっと様子をうかがっていた。


「わぁ……」


 リュミの唇から、小さな驚きと喜びが漏れる。

 目を細めて微笑(ほほえ)みながら、両手を胸の前でそっと組む。その姿はまるで、森の聖女のようだった。


 リュミはにっこり笑った。

 春の日差しの中、やわらかな風が頬を()でる。


「おともだちが、こんなにいっぱい……! うれしいなぁ」


 その無邪気な声に、そばで見守っていたさんにんが、ふと表情を変える。


「……リュミって、みんなに好かれるよな」


 パッロが苦笑しながら、寝そべったままつぶやく。

 声はやさしく、けれどほんの少しだけ、寂しさがにじんでいる。


「むぅ……リュミは、わたしたちのリュミなのに」


 リンコはくるりと背を向けて、くちばしをぷいっと逸らす。

 その頬がほんのり赤いのを、誰も指摘しなかった。


「リュミ……こっちも見てよ」


 ムスティは音もなくリュミの足元に来て、そっと頭を押し当てる。

 小さいけれど、たしかな主張だ。


 リュミはぱちりとまばたきをして、さんにんの顔を順に見つめる。


「……どうしたの? ピクニック、たのしくない?」


 その問いかけに、さんにんは一瞬、気まずそうに視線を逸らした。

 パッロは照れくさそうに耳を動かしながら言う。


「そ、それは……違う。楽しいに決まってる。だけど、なんというか……ちょっと、な」


「なんでもないのよっ」


 リンコが早口で割って入り、視線を合わせようとせず枝の先を見つめる。

 ムスティは編みかけのショールをきゅっと握りしめたあと、小さな声でつぶやいた。


「僕たち……ちょっと、悔しいだけ」


 その言葉に、リュミはぽかんと口を開けた。

 でもすぐにふわりと笑って、両頬を赤く染める。


「そっか……ごめんね。気づかなかった。みんなのこと、大事に思ってるよ。とっても」


 素直でまっすぐな言葉に、さんにんの顔がふっとやわらぐ。

 エルドは遠くで見守りつつ、控えめに首を振った。


「まるで、年頃のきょうだいみたいだな……」


 森の静けさに、やさしい笑い声が交じる。

 そのときだった。


 草地の端にある茂みが、ざわりと揺れる。

 風ではない、明らかに()()の気配。


 そこから、ひとりの旅人が姿を見せた。

 年配の男性で、背中に大きな荷物を背負い、手には使い込まれた(つえ)。長い旅の疲れを感じさせる服装だが、その表情には不思議な余裕と静けさがある。


「こんにちは。いい天気ですね」


 彼は足元の草花を踏まないように、ゆっくりと気を配りながらこちらへ歩いてくる。

 その一歩一歩が、まるで祈るように丁寧だった。


 リュミは驚きながらも、体を起こしてぺこりとお辞儀する。


「こんにちは」


 その声に、旅人はにこりと笑って、小さく会釈した。


「失礼ながら……少し、お昼を分けていただけませんか?」


 リュミは迷うことなく、にっこりと(うなず)く。


「もちろんです。いっしょにどうぞ」


 旅人はゆっくりと腰を下ろし、布の端に座った。

 その様子を見て、パッロたちはすぐに立ち上がる。

 旅人の荷物の中には、巻物のような絵画、古びた書物、そして見慣れない布地がのぞいていた。


「ありがとうございます。では、いただきます」


 パンをひとくちかじって、旅人はぽつりと話し始めた。


「そういえば……たしかこの森でしたな」


 リュミが顔を上げる。隣にいたエルドも、ぴくりと眉を動かした。


「ここが……どうかされたのですか?」


 エルドの問いに、旅人は淡々と答える。


「旅の途中で聞いたのです。森の中に、特別なスキルを授かった少女がいると。森の獣をなだめ、災いを鎮める――そんな奇跡のような話をね」


 リュミは息を()んだ。思わずパッロの背中に身を隠すように寄る。


「その話、どこで……?」


「村でも、街道でも。(うわさ)は広がっています……王都にある大神殿の者たちも、どうやらその力に目をつけているようですよ」


 空気がすっと冷たくなったような気がする。

 旅人は微笑んだままだけれど、その瞳の奥にある光は、まるで真実を測ろうとしているようだった。


「そうですか。しかし、まぁ……しょせん噂は噂ですからな……」


 エルドの言葉に旅人は微笑み、静かに頷いた。


「噂は、光だけでなく影も連れてくる。どうかご自愛を」


 そう言い残して、旅人は静かに立ち上がり、荷物を背負い直して歩き去っていった。


 風が吹き、木々を揺らす。

 その揺れがまるでなにかの予兆のようで、リュミは胸の奥がじんわりと冷たくなるのを感じた。


 エルドがそっと肩に手を置いた。


「……やはり、おまえの力は、森だけに閉じ込めておけないかもしれない」


 リュミは下唇を()む。


「でも……《ふわふわ》は森を守るために女神さまがくれたものだもん。リュミは、そのために使いたい」


 その言葉に、エルドはゆっくりと頷いた。


「ああ、ワシもそう思う……だがな、リュミ。人の世には、()()()()()()もいる」


 その声には、年輪を重ねた者だけが知る現実の重みがあった。


「権力を握る者たちは、森よりも国を見ている。おまえの力がどれほど神聖でも……利用できるなら、森を犠牲にしてでも奪いに来るだろう」


 リュミは息を呑んだ。

 頭の中に浮かぶのは、旅人の穏やかな微笑み。その奥に、見えない思惑の影がちらりと見えた気がした。


「そんなの、いや……リュミは、森を、みんなを守りたいのに……」


 震える声に応えるように、パッロがそっと寄り添い、彼女の背中を大きな尻尾でやさしく(たた)く。


「大丈夫、オレたちがいる。リュミの力を奪おうとするやつがいたら、オレが全部、追い払ってやる」


「そ、そうよ! リュミはわたしたちの、森の大事な子なんだから!」


 リンコがぷいっと顔を背けながら言うが、その羽は落ち着かず、彼女なりの不安を隠せていない。


「だいたい……ちょっと、泣かないでよリュミ! なによぉ、こっちまで泣きたくなるでしょ⁉」


 羽をバタバタさせながら、リンコが必死で誤魔化(ごまか)す。

 ムスティは黙って編みかけのショールをきゅっと握りしめ、そっと頷いた。


 リュミは目を伏せて、涙を拭う。


「ありがとう……みんな、本当にありがとう」


 エルドは、そんな彼らの姿を黙って見守っていた。

 やがて深く息を吐いて、ぽつりとつぶやく。


「ワシたちはおまえの味方だ。たとえ、それが大神殿を敵に回すことになってもな」


 リュミは小さく頷いた。

 春の光が頬を照らし、涙を透かして輝く。


(この森は、リュミが守る。みんなと、ずっといっしょにいたいから)


 風が枝を揺らし、小鳥がさえずる。

 その声はまるで大丈夫とささやいているように、リュミの胸にやさしく響いた。



最後まで読んでくれてありがとうございます!


実はこのお話、全部で42話でもう完結まで書き上がってます。

毎日18:30にきっちり更新していくので、最後まで安心して付き合ってもらえると嬉しいです!


「リュミがんばれー!」とか「続き楽しみ!」と思ってくれたら、下の評価(☆☆☆☆☆)やブクマで応援してもらえると、すごく励みになります。よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ