表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/42

第36話 招かれざる客人

 風がやわらかく森を抜け、木々はすっかり春の装いに包まれていた。

 若葉のにおいが辺りを満たし、こもれびが地面にキラキラとした模様を描いている。


 庭先では、リュミが鼻歌を歌いながら薬草の仕分けをしていた。

 カゴの中には、朝露をたっぷり含んだ新芽たち。リュミの指先は慣れた手つきで、丁寧に選り分けていく。


 その髪に、光の粒がふわりと落ちた。

 あたたかい春のにおいが風に乗り、くすぐるように頬を()でていく。


 すぐそばの草の上では、パッロが気持ちよさそうに寝転んでいた。

 ふわふわの尻尾をゆったりと揺らしながら、彼は片目だけを開ける。


「今日はずいぶん調子がよさそうだな、リュミ」


「うん。森の空気がすっきりしてるからかな。吸い込むと、胸がふわっとするの」


「そうか……もう、瘴気(しょうき)のにおいはしないな」


 パッロの低く落ち着いた声は、春の日差しのように穏やかだった。

 その声に、上の枝にとまっていたリンコが、片羽をくちばしでつつきながら言う。


「リュミ、最近モテすぎじゃない?」


「えっ? モテ……?」


 思わず聞き返すリュミに、リンコはくちばしで枝をつつきながら、ぴしゃりと言った。


「見なさいよ、足元!」


 リュミが慌てて視線を下げると、そこには、ポコポコと小さな土の山がいくつもできていた。

 じっと見つめていると、土の中から小さな鼻が、次々と地面を突き破って顔を出してくる。


 現れたのは、モグラのような姿をした魔物たちだった。

 鋭い爪に、トゲトゲと逆立つ毛並み。ひと目で、瘴気をその身に抱えているとわかる。


「《ふわふわ》してほしいんだろう」


 パッロが、どこかおかしそうに鼻を鳴らした。

 リンコはむっとしたように羽をバサバサ広げて、文句を言う。


「まったく、どいつもこいつも。《ふわふわ》なんて口実で、リュミと遊びたいだけじゃないの?」


「そんなことないよ、リンコ。ね?」


 リュミがにっこり微笑(ほほえ)むと、魔物たちは「ギッ」と短く鳴いた。まるで「そうだ、そうだ」と同意しているかのように。


「……じゃあ、《ふわふわ》してみようか」


 リュミはそっとしゃがみ込み、やさしく両手を広げた。

 その手のひらから、あたたかな光が静かに生まれる。

 金色の粒子がふわふわと舞い上がり、魔物たちを包み込む。


 モグラの魔物たちはうっとりと目を細め、やがて満ち足りたように小さく体を震わせて、ゆっくりと森の奥へと帰っていった。


「……きれいだな」


 パッロの声が、胸に染み入るように静かに響いた。

 リンコはわざとらしく小さく咳払(せきばら)いをして、「ま、悪くないわね」とそっぽを向く。

 草の上を歩いていたムスティが、器用に枝へと糸を伸ばしながら、ぽつりとつぶやいた。


「……安心、してる。みんな」


「うん。森が……喜んでるみたい」


 その様子を、少し離れた木陰で見ていたエルドが、口の端を上げた。


「まったく。おまえが来てから、森の魔物どもが増えた気がするぞ」


「えっと……ごめんなさい?」


「謝るな。別に悪いことではない。隠れて瘴気に狂うより、ずっと、ずっといいことだ」


 リュミは小さく笑い、パッロも安心したように目を細める。

 リンコは照れ隠しのように小さなため息を()いた。


 そんなやわらかな時間を、硬い靴音が切り裂く。

 乾いた音が、春風に紛れて近づいてくる。


 リュミたちが振り返ると、木々の間から見慣れない人影が現れた。

 白い外套(コート)に銀糸の刺繍(ししゅう)。胸元には女神の大樹が描かれた神殿の紋章がきらめいている。


 紋章の枝の多さから見て、彼はおそらく中級神官だろう。

 (りん)とした姿勢で立つ彼は、低く、よく通る声で言った。


「ここに、リュミという娘がいると聞きました」


 その声には、どこか祈りにも似た静けさがあった。

 エルドが一歩前に出て、(つえ)を軽く打ち鳴らす。


「なんの用だ」


「脅かすつもりはありません。ただ、確認をしたいだけです」


 神官のまなざしがリュミに向けられる。

 その目は、やさしさも厳しさも持たず、ただ冷たく透き通っていた。

 まるで目の前の存在を測るような、観察者のまなざし。


「魔物を使役する少女の(うわさ)が王都に届いていましてね。大神殿では、その力が女神の祝福と関わるものではないかと見ています」


 パッロが静かに立ち上がり、リュミの前に出る。

 背中の毛を逆立てて、喉の奥で低くうなった。


 リンコは翼を広げて威嚇の構えを取り、ムスティはリュミの肩にするりとよじ登る。

 エルドの杖に、光が(とも)った。


「これ以上、無礼を働くなら――」


「だめ!」


 リュミが思わず声を上げた。

 エルドの腕をぎゅっと(つか)み、真剣な目で見上げる。


「ここで戦うのはだめ……。誰も、ケガしてほしくないもん」


 その言葉に、重い沈黙が落ちた。

 春風が枝葉を揺らし、こもれびが揺れ動く。


 エルドは小さく息を吐き、杖をゆっくりと下ろした。


「……リュミがそう言うなら」


 神官はその様子を静かに見つめていた。

 そして淡々と、けれど丁寧に言葉を重ねる。


「大神殿としては、強制はしません。ただ……あなたの力を正しく調べる機会を――」


「リュミを大神殿に連れていくつもりか?」


 エルドがぴしゃりと遮った。

 神官は微笑を浮かべるが、その笑みに温度はない。


「ええ。王都の大神殿には古の聖具と記録があります。真実を知るには、そこが最も適しているのです」


 リュミは少し(うつむ)き、両手をぎゅっと握りしめた。

 視界の端で、小さな魔物と小動物たちが不安そうに顔をのぞかせている。

 春風がそっと髪を揺らした。


「……ごめんなさい。リュミは行けません」


「理由を、聞いても?」


「ここが好きだから。森のみんなと離れたくないんです」


 その答えに、神官の瞳がかすかに揺れた。

 けれどすぐに、それを覆い隠すように微笑みを整える。


「そうですか。……では、近いうちに改めてお伺いしましょう」


 そう言い残し、神官は森を去っていった。


 風が通り抜け、鳥のさえずりが戻ってくる。

 リュミはそっと息を吐き、肩の力を抜いた。


「……怖くなかったのか?」


 パッロが低く尋ねる。


「うん、こわかった。でも……逃げたくなかったの。ちゃんと、みんなの前で、言いたかったから」


 リンコがそっぽを向いて、「……生意気になったじゃない」とつぶやく。

 ムスティは短く、「……強く、なった」とつぶやいた。


 エルドはしばらく黙っていたが、やがてふっと笑う。


「言うようになったな。……ワシは、誇らしいぞ」


「えへへ……ありがとう、エルドさん」


 春の風がふわりと吹き抜け、リュミの髪を揺らす。

 握りしめた手は、まだ小さく震えていた。


お読みいただきありがとうございました!


おかげさまで、少しずつ読んでくださる方が増えていて嬉しいです。

本作は全42話、すでに最後まで書き上がっております。


毎日18:30に更新していきます。

ぜひ評価やブックマークで、リュミの冒険を一緒に見守っていただけると幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ