第33話 お家に帰ろう
「――リュミ!」
その声に、リュミは振り返った。
そこに立っていたのは、服が破れ、血に濡れたエルド。彼の体はひどく傷ついていたけれど、その瞳には、まだたしかな光が宿っている。
「おまえ……無事で、よかった」
弱々しくもどこかホッとしたようなその声に、リュミの胸が一気に熱くなる。
「エルドさん……! ごめんなさい、リュミのせいで……!」
涙があふれて止まらない。
そのままエルドに駆け寄って、しがみつく。
エルドは少し困ったように笑ってから、。そっと手を伸ばしてリュミの頭を撫でた。
「おまえのせいじゃない。それに……あの古龍の顔、最後は安らかだった」
その言葉に、リュミの胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
泣きながら、何度も何度も頷いた。
ふと空を見上げると、金色の粒がふわふわと舞っていた。
まるで、森全体が息を吐いているかのように、やさしい風が頬を撫でていく。
その風の中に――たしかに、声が聞こえた気がした。
『ありがとう』
それは、たしかに古龍の声だった。
リュミは胸に手を当てて、そっと心の中で返す。
(ううん。リュミのほうこそ、ありがとう)
足元に目を落とすと、焦げた地面のひび割れがほんのわずかに揺れていた。
地面の下で、なにかがゆっくりと動いている。
「……ムスティ?」
小さくつぶやいたリュミの声に応えるように、土の中から脚がのぞく。
もそもそと這い出してきたのは、ムスティだ。
体中が土と煤で真っ黒だったけれど、その目はしっかりと生きている。
「……みんな、生きてる?」
辺りを見回すと、焦げた羽根をまとったリンコが、ゆっくりと羽ばたきながらこちらに向かってくる。
「ちょっと焦げたけど、まだ飛べるわよ」
そう言って、くるりと空中で回ってみせるその姿に、リュミは思わず笑みをこぼした。
パッロは尻尾をぱたぱたと揺らしながら近づいてきて、その煤けた背中を見せた。
リュミはそっと手を伸ばして、みんなのぬくもりを確かめるように撫でていく。
「……よかった……本当に、よかった……」
涙がまた、ぽろりとこぼれた。
エルドが苦笑しながら、ぽつりとつぶやく。
「まったく……おまえには心臓がいくつあっても足りん」
すると、ムスティがボソリとつぶやいた。
誰もなにも言わなかった。
ただ静かに頷き合って、家へと続く道を歩き出す。
森は、信じられないほど静かだった。いつものざわめきが、どこかへ消えてしまったかのように。
でもその静けさは、冷たさではなく、あたたかさを感じさせる。
枝の合間から差し込む光はやわらかく、焦げた大地には、ところどころに小さな芽が顔をのぞかせている。
「ねぇ……見て。芽が、出てる」
リュミが足を止めて、小さな声でつぶやいた。
エルドも立ち止まり、その芽を見つめる。しばらく無言のまま、じっとそこに立っていた。
「……古龍は、最後まで森を守っていたのだな」
「うん。瘴気を吸って、みんなを守ってくれてたんだよ」
リュミはそっと両手を胸に当てて、目を閉じる。
「痛かったと思う。苦しかったと思う。でも……それでも、守りたかったんだね……」
風がふわりと吹き抜け、リュミの髪が静かに揺れた。
そのやさしい風は、まるで古龍の心そのもののよう。
パッロとリンコ、ムスティは、少し疲れた様子で先を歩いた。
ときどきうしろを振り返っては、早く帰ろうと言いたげに見てくる。
リュミとエルドは、そのあとをゆっくりと歩いていた。
リュミはスカートの裾を握りしめて、なにか言いたそうにしていたけれど、言葉が見つからないまま沈黙が続く。
その沈黙の中、エルドがふいに口を開いた。
「……おまえ、フォルステア家の生まれだったんだな」
リュミは少し驚いて顔を上げる。
こもれびの中、エルドの横顔がやさしく照らされていた。
いつもよりほんの少しだけ穏やかなその表情に、リュミは緊張が少しだけほどけた。
「うん。でもリュミ、家のことはあんまり知らないの」
「……は。あの家の連中が、まともになにかを教えるとは思えんな」
エルドは鼻で笑ったけれど、その声には棘がなかった。
リュミは少し考えてから、小さく口を開く。
「みんないやしの力を持ってて、すごいって言われてたけど……リュミには、なかったの」
「……それで、追い出されたのか」
「リュミが、自分で出てきたの」
「……そうか」
それ以上、エルドはなにも言わなかった。
ただ、森の静けさの中で、足音だけがやさしく響く。
空は夕暮れの色に染まり始め、森の影が少しずつ長くなる。
「むかし、王城の禁書庫で読んだことがある」
静けさを破るように、エルドがまた話始めた。
「フォルステアは、女神の祝福を宿す森の守り手だと」
「うん。古龍さんもそう言ってた」
リュミの声は、どこか誇らしげだった。
「ああ。おまえの一族は、代々このヴィルダの森を守ってきた。見返りとして、森は癒やしの力を与えた。だがそれは、ごほうびじゃない。あくまで、見返りだ」
「もらえるものじゃないの?」
リュミの質問に、エルドは前を向いたまま、静かに頷いた。
「そう。ほしがって得られるようなものじゃない」
その声には、どこか重みがあった。
「癒やしのスキルは、女神の祝福を宿す特別な一人が、命がけで森を守った結果……そのあとに続く者たちが、恩恵として受け取っているだけだ」
リュミは足を止めて、その言葉を噛み締めるように、そっと目を閉じた。
小さな手が、胸の前でぎゅっと握られている。
「じゃあ……リュミは、特別ってこと?」
「ああ、そうだ」
エルドの声は少し低くて、でもどこかやさしい。
「おまえは、フォルステアの癒やしの力の源泉。おまえが森を守らなければ、やがてあの一族は癒やしのスキルを失うだろう」
リュミの瞳が揺れる。
「リュミは……癒やしのスキルがもらえなくて、家を出たのに……」
小さく震える声に、エルドはゆっくりと首を振る。
「……なぁ、リュミ。もし、おまえがフォルステアに復讐したいなら、森なんて守らなきゃいい。そうすれば、あいつらはじわじわ干からびていくだろう。だが――」
エルドはリュミのほうを見つめる。
「どうする? おまえは、どうしたい?」
リュミはしばらく考えてから、まっすぐ前を見た。
「リュミ……フォルステアのことなんて、もう知らない。でも……森も、森のみんなも、大好き。これからもずっと……リュミは、森のみんなを守っていくよ」
その答えに、エルドはほんのわずかに口元を緩めた。
笑みというにはささやかすぎるけれど、そこにはたしかな誇りが宿っている。
「言うと思った」
ふたりは顔を見合わせて、ふっと笑い合う。
その背後で、森がそっとざわめいた。
まるでリュミの答えを、心から喜んでいるかのように。
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実はこのお話、全部で42話でもう完結まで書き上がってます。
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