第24話 はじめてのスープ作り
リュミはキッチンの中央で立ち尽くしながら、エプロンの端をきゅっと握りしめ、小さく息を吐いた。
「えっと……お肉を切って、野菜を入れて、ぐつぐつ煮るんだよね」
料理なんてしたことがないから、緊張する。
心臓が緊張でドキドキしているのが、自分でもわかる。エプロンの生地にじんわりと汗がにじんでいるのも、その証拠だ。
目の前のカッティングボード。そこに置かれた、大きな肉の塊。
(まずは……これを切らなくちゃ)
ナイフをぎゅっと握り直して、リュミは真剣なまなざしで肉を見つめた。
つるりとした表面。生々しい感触を想像すると、緊張が高まる。
(だいじょうぶ、だいじょうぶ……見よう見まねだけど、できるはず)
今日、どうしてもスープを作りたかった。
これはただの料理じゃない。エルドへの感謝の気持ちを、言葉ではなく形にして伝えたかったのだ。
村の遊び場の件で、エルドにはずっと心配をかけてしまった。
無理を言った日もあったし、黙って一人で抱え込んでしまったこともある。
でも、そんな自分を追い出さず、これまで支えてくれた。
今思えば、出会ってから今日までエルドにはお世話になりっぱなしだ。
ありがとう。
その一言がうまく伝えられない自分のかわりに、このスープに想いを込めたかった。
だから、失敗なんてしていられない。
今日は絶対に、頑張らなくちゃいけない日なのだ。
「リュミ、ちゃんとできるの?」
うしろの椅子の背にとまっていたリンコが、くすっと笑いながら声をかけてきた。
視線は同じくらいなのに、なぜか上から見下ろされているような感じがする。
「だ、だいじょうぶ! 見よう見まねだけど……がんばるから!」
「ふーん。まぁ、せいぜい頑張って? でも、失敗してもわたしのせいにしないでよね」
くちばしをくいっと上げて、リンコは翼を小さく広げてみせる。その態度に少しムッとしながらも、リュミは取り直してカッティングボードの上に肉の塊を置き直した。
ナイフを構えて、深呼吸。いざ、という思いで刃を押し込もうとしたのだが――。
「んんーっ……かたいよ……」
予想以上の固さだった。力を入れても、刃先は肉にほんの少ししか食い込まない。ギリギリと手に力を込めると、ナイフがぐらぐらと震えだす。
そして、ズルッ。
危ない!と思わず手を引っ込める。あと少しで指を切るところだった。
「おいおい、見ていられないな」
パッロが歩み寄ってきて、リュミの手から肉をひょいと奪う。
「えっ、パッロ?」
パッロは無言のまま、爪をシュッと伸ばしたかと思うと――一瞬で肉を切り裂いてしまった。
カッティングボードの上には、見事にそろった細切れ肉がずらりと並んでいる。
「ど、どうしてそんなに早いのっ!?」
「切るのも裂くのも朝飯前だ」
自信満々に胸を張るパッロの姿は、まるで戦士のように頼もしい。
「ふん、ただ爪が尖ってるだけじゃない」
そこに、すかさずリンコがくちばしを尖らせて割り込んできた。
「料理っていうのはセンスなのよ! たとえばこの木の実、入れるだけで味がぜんぜん変わるの。すごいでしょ!」
自信たっぷりな顔で、赤い実をテーブルの上に転がすリンコ。その表情は、勝利を確信した将軍のようだ。
「おいリンコ、それ苦いんじゃないか?」
パッロが目を細める。
「苦い? ……ちょっとだけよ! ほんのひと粒でスープに深みが出るんだから!」
「じゃあ、たくさん入れたらもっとおいしくなるんじゃないかな!」
リュミがそう言って追加の赤い実を取りに行こうとすると――。
「な、なに言ってんの! バランスが肝心なの! そんなに入れたら味が壊れちゃうわ!」
リンコが翼をばっと広げて進路をふさいでくる。
「バランスとか言いながら、勝手に鍋に放り込んでるじゃないか!」
「えへへ……」
「笑ってごまかすな!」
そんな掛け合いがキッチンに響く。
最初は不安と緊張に包まれていた空間が、だんだんと笑い声とあたたかいざわめきに変わっていく。リュミの心も、少しずつほぐれてきた。そのときだった。
「……野菜、切る」
ひそやかな声が、背後からそっと届く。
「えっ、ムスティ?」
リュミが振り返ると、天井から糸で吊るされるようにして、ムスティが静かに現れた。
「できるの?」
ムスティはこくんと無言で頷くと、糸のようなものをすっとニンジンに巻きつけ、そのままスパンッと切断する。
均一に切りそろえられたニンジンたちがカッティングボードに並ぶ。見れば見るほど、その正確さに感嘆する。
「す、すごい! リュミより上手!」
「……それほどでも」
ムスティは小さくつぶやきながら、淡々と作業を続ける。
器用に糸を操る様子はまるで魔法のようで、思わず見入ってしまう。
(ムスティの糸って、なんでもできるんだ……本当にすごい……)
その姿に励まされて、リュミの胸にもふつふつとやる気が湧いてくる。
(リュミもがんばらなきゃ!)
すぐ近くに転がっていたタマネギを手に取り、皮をペリペリと剥いていく。
途中で目がしみて涙がこぼれそうになったり、剥きすぎてしまったりと、小さな失敗は重ねたけれど、それでも少しずつ料理は進んでいく。
やがて――。
鍋の中で、肉と野菜が仲良くグツグツと煮えはじめた。
野菜と肉の香りがふわりと立ち上り、部屋全体にやさしい香りが広がっていく。
木べらでゆっくりと鍋をかき混ぜると、コトコトという音が心地良く響いた。
「よーし、味見しましょ!」
リンコが元気よく飛び立ち、鍋のふちに軽やかにとまる。
「こらっ、落ちるぞ!」
「うるさいわね! わたしはプロなの!」
そう言って器用に脚でスプーンを掴むと、ちょんとスープをすくってついばむ。
「んっ、ちょっと塩が足りないわね」
「鳥に味なんてわかるのか?」
「当然でしょ。もっとわたしを頼りなさい!」
「なんでおまえが一番えらそうなんだ……」
そのやりとりに、リュミとムスティは顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
にぎやかで、あたたかい時間が流れる――そのときだった。
玄関の扉がギィッと音を立てて開き、ひんやりとした外の風が吹き込んでくる。
「ただいま──」
低く落ち着いた声。その主は、もちろんエルドだった。
全員が動きを止め、彼のほうを向く。
「……これはなんだ」
エルドの目の前に広がるのは、散らかったキッチンと鍋から立ち上る香り。床には肉片や野菜の切れ端が転がり、まるで戦場のような光景だった。
「え、えっと……スープを……」
リュミがもじもじと答えると、エルドは深いため息をひとつ吐いた。
けれど、鍋の中をのぞいた瞬間――その表情がほんのわずかに和らぐ。
「……悪くないにおいだな。味のほうはどうだかわからんが」
その一言に、みんながほっと笑顔になる。
やがて、器によそったスープを囲んで、みんなで食卓についた。
「いただきます!」
ひと口食べた瞬間、肉と野菜のうまみがじんわりと口に広がる。
「おいしい!」
「まあまあね。わたしの実のおかげよ」
「オレの爪のおかげだな」
「……ニンジン、忘れるな」
「えへへ、みんなありがとう」
笑い声が食卓を包む。
ムスティも小さなスプーンを持ち、もぐもぐとスープを味わっていた。
「……あたたかい」
ぽつりとこぼれたその言葉に、リュミの胸がじんと熱くなる。
その様子を、エルドは黙って見つめていた。スープを口に運びながら、胸の奥で考える。
(森の奥の異変……本当は今すぐ伝えるべきなのだろうが……)
けれど、今はまだ言えなかった。
こんなにも楽しそうなリュミの笑顔を見てしまったら――。
「エルドさん、スープおいしい?」
リュミがそう尋ねると、エルドはもう一口スープをすくって、小さくつぶやいた。
「……悪くない」
それはきっと、エルドなりの精一杯の「ありがとう」だった。
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