第21話 森の異変
村に戻ると、手持ち無沙汰に広場を掃除していた男たちや、家の前で干し物をしていた女たちが、一斉にこちらを振り返った。
ほうきを手にしたまま駆け寄ってくるおじさん、干していた洗濯物を手早く片付けてから手を振るおばさん、ベンチに腰を下ろしたまま目を細めてこちらを見つめる老婆。
「おぉ、無事だったか!」
「道はどうなったんだい?」
「ケガはしてねえか?」
村人たちは口々に声をかけながら、まるで吸い寄せられるように集まってくる。
囲まれたエルドが一度咳払いをして場を鎮めると、途端にその場のざわめきが静まりかえった。
だが、彼らの目はなにより雄弁だった。
蜘蛛の巣はどうなったのか。
誰も口に出さないその問いが、視線に込められている。
「片付けた。もう通れる」
エルドの短くもたしかな言葉に、張り詰めていた空気がふっと緩む。
「そりゃありがてえ! さすがだな、エルドさん!」
「やっぱり頼りになるよ!」
次々と称賛の声が上がり、明るい笑いが辺りを包み始める。
ほっとしたような笑顔がひとつ、またひとつと増えていくその輪の中で――ワナワナと肩を震わせていたリンコが、ついに堪えきれず、ひときわ大きな声を上げた。
「わたしがやったのよ!」
ぴしゃり、と音がしたような鋭さで響いたその言葉に、周囲の空気が一瞬止まる。
(リンコ……!)
リュミは息を呑む。
しまった。リンコが言葉を話せるということを、村人たちはまだ知らない。
知られてしまえば、リンコに余計な警戒や疑念が向けられる可能性もある。
慌てて前に出たリュミが、、両手をぶんぶん振りながら声を張る。
その視線に応えるように、エルドは腕を組んだまま、うん、と静かに頷いた。
「ああ」
村人たちは一瞬きょとんとした顔を見せる。
だが、すぐにそれぞれ顔を見合わせて、にっこりと笑った。
「おお、そうかそうか。嬢ちゃんも手伝ってくれたのか!」
「えへへ、そうなの! 蜘蛛の巣だって焼き払ったし、リスも助けたんだよ!」
目を輝かせて語るリュミの様子に、村人たちも頷きながら「そりゃすごい」と口々に褒める。
その輪の中に、パッロも「ワフッ」と犬のような声を上げて加わる。尻尾をぶんぶん振りながら、リュミの話に勢いを添えるようだった。
リンコは不服そうにそっぽを向いたけれど、それでもリュミにだけ届くような小さな声で、ぽつりとつぶやいた。
「悪かったわね」
***
家に戻ると、ムスティはさっそく、自分にできることを見せてくれた。
破れた布巾をちくちくと器用に縫い直し、端のほつれたカーテンを補修する。繊細に、誰よりも手早く、そして丁寧に。
「わぁ……ムスティ、すごい!」
リュミが感嘆の声を上げると、ムスティはぴたりと動きを止め、恥ずかしそうに俯く。
そのしぐさがまたかわいらしくて、リュミもパッロも思わず頬を緩ませる。
もっとリュミの笑顔が見たい。
その想いがムスティの小さな背中を押したのかもしれない。
次の瞬間、ムスティは脚をワキワキと動かし始める。
独特な動きとともに、シュシュシュ……とやさしい音が響く。
編み出されるのは、繊細なレースのリボン。
花のような模様が連なり、白くてやわらかくて、あたたかみを感じる。
「……わぁ。これ、すごくきれい!」
リュミの髪にそっと当ててみると、そのリボンはぴったりと馴染んで、まるで最初からそこにあるべきだったように自然だった。
「ありがとう、ムスティ!」
ムスティは照れくさそうに、けれどうれしそうに、こそっと笑う。
あたたかな時間が流れる中、椅子にドカッと腰を下ろしたエルドが、ふと口を開いた。
「ムスティ、おまえに聞きたいことがある」
さきほどまでのゆるやかな雰囲気が、少しだけ引き締まる。
リュミたちも姿勢を正し、ムスティの言葉に耳を傾けた。
「……森の奥。黒い気配がずっと広がってる」
「黒い気配?」
「……怖くて、逃げてきた。僕も、他のみんなも……だから、村の近くにいた」
「なるほどな」
エルドは腕を組み、目を細めて頷いた。まるで、その可能性に気づいていたかのように。
「エルドさん、もしかして知ってたの?」
「なんとなく、だがな。最近、森の奥から吹く風が重たくてな。空気が変わったと感じていた」
さすがエルド――とリュミは思った。
人知れず黙々と研究を続ける彼には、きっとふつうの人には感じ取れないなにかが見えているのだろう。
「ムスティが言う黒い気配は、それはおそらく……森の奥深くに棲まう魔物だ」
「魔物だったら、リュミが助けてあげられるかも!」
ぱっと立ち上がるリュミ。握られた小さな拳には、たしかな決意が宿っている。
スキル《ふわふわ》。
この力で、これまで何度も危機を乗り越えてきた。
その自信と想いが、リュミの背中を強く押していた。
「なに言ってるの⁉ 危険すぎるに決まってるでしょ!」
「リュミ、軽々しく言うべきじゃない」
リンコが鋭く声を上げる。
パッロも静かに諫めたが――。
「だが、放置もできないな。いずれ、被害が出る」
「パッロまで……!」
パッロの援護に頷きかけたリンコだが、すぐに怒ったように言い返す。
「こわいけど、放っておけないよ。だってリュミ……森のみんなと、これからも笑っていたいもん」
「……リュミは、どうしてそんなに……」
リンコはしばし黙りこみ、息をゆっくり吐き出した。
「……仕方ないわね。リュミが行くなら、わたしも行く。守るのはわたしの役目よ」
ふいと視線を逸らすリンコ。その頬は、いつもより赤くなっている。
「もちろん、オレも行く」
「ワシも行こう」
パッロとエルドが迷いなく名乗りを上げる。
頼れる仲間たちに囲まれて、リュミは大きく胸を張り――むん! と気合を入れるのだった。
最後まで読んでくれてありがとうございます!
実はこのお話、全部で42話でもう完結まで書き上がってます。
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