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第20話 蜘蛛魔物のムスティ

 リンコが「ダメ!」と声を上げた。けれど、その叫びも届かないかのように、リュミは一歩、また一歩と前に出る。

 だって、藍影(らんえい)魔蟲(まちゅう)の大きな姿が、リュミにはどうしようもなく、ひとりぼっちで寂しそうに見えたから。


 胸の奥が、きゅうっと締めつけられるように痛む。


 目の前にいるそれは、たしかに危険で、そして怖れられている存在なのかもしれない。

 けれど、それだけではない。、誰かに寄り添ってほしいと願っているような、そんな気配が感じられる。


「《ふわふわ》になぁれ」


 リュミがそっとつぶやき、スキルを発動すると、手のひらからふわりと淡い光が舞い上がり、やさしく藍影の魔蟲の体を包み込んだ。

 光に包まれた巨大な体はふるふると震え、小刻みに揺れながら、まるで雪が溶けるように、ゆっくりと少しずつ縮んでいく。


 あれほど威圧的だった巨大な姿は、みるみるうちに小さく丸く変化し、やがてリュミの両手にすっぽりと収まるほどのサイズになった。


 その体は深い青紫に染まり、まるで熟したブルーベリーの実のような色合いになっている。全身を覆うふわふわの毛が、風にそよぐ綿毛のようにやさしく揺れる。


(こわくないよ……リュミとおともだちになろう?)


 リュミの心の声が、そっと相手に向けて放たれる。


 小さな瞳が、じっとリュミを見つめていた。そこには怒りも、恐怖も、敵意もない。まっすぐで、純真なまなざし。

 その瞳がわずかに細められ、ほんの少しだけ、表情が和らいだように見える。


「……リュミ! ダメだって言ったのに!」


 リンコの鋭い声が再び響く。今度は明らか怒りが混じっている。

 けれどリュミは静かに振り返り、ふわりと微笑(ほほえ)む。


「言うことを聞かなくてごめんね、リンコ。……でも、どうしても《ふわふわ》してあげたかったの」


 その瞳は、決して子どものわがままだけではない、やさしさと覚悟を宿していた。


 リュミの足元に、ふわふわの毛に覆われた藍影の魔蟲が、ちょこちょこと歩み寄ってくる。

 ときおり首をかしげながら、リュミの反応を確かめるように上目遣いで見上げる。


 リュミはそっと膝をつき、手を伸ばし、小さな背中に指先を添えた。

 その感触はやわらかくて、あたたかくて、まるでぬいぐるみのよう。思わず笑みがこぼれる。


「そうだ。名前、つけてもいいかな?」


 リュミが問いかけると、藍影の魔蟲は首をかしげた。

 そのしぐさがあまりにもかわいらしくて、リュミの頬が緩む。


「えっとね、名前があると、もっと()()()()()になれるんだよ」


 リュミは少し身を乗り出して、小さな瞳としっかり目線を合わせた。


 青紫色の体、小さくて丸くて、ふわふわで……リュミの頭の中に、とある果実が浮かぶ。

 果粉(ブルーム)のついたブルーベリー。お菓子にもジャムにもなる、やさしい甘さの果実。


「……ブルーベリーみたいでかわいいから、ムスティはどうかな?」


 その提案に、藍影の魔蟲は少し間を置いてから、ふるふると体を震わせた。

 そして答えるように、レース糸のような細く繊細な糸をクルクルと紡ぎ出しす。


 糸は宙に舞い、小さな刺繍(ししゅう)のような模様を描いていく。

 花にも見えるし、星にも見える、美しく(はかな)げな模様だった。


「……よろしく、リュミ」


 その声はかすかだったけれど、たしかにリュミの耳に届いた。

 リュミの瞳がパッと輝き、うれしさに満ちた笑顔が弾ける。思わず両手を(たた)いて喜んだ。


「やった! ムスティが、おともだちになってくれたよ!」


 近くにいたパッロが、ふわりと尻尾を揺らしながらやさしく笑う。一方で、リンコはムスッと横を向いたまま、ぼそりと小声で言った。


「仕方ないわね」


 リンコがムスッとしながらもつぶやいた、そのときだった。


「……ごほん、ごほんっ」


 わざとらしい咳払(せきばら)いが、誰の耳にも届くような音量で響いた。

 リュミたちが振り向くと、少し離れた場所で腕を組んで立っていたエルドが、眉をひくつかせながら口を開く。


「戯れているところ悪いがな、依頼の報告を忘れていないか?」


 わざわざ語尾を(とが)らせるようにして言いながら、視線はリュミへと向けられる。

 だがそのまなざしには、他の誰に向けるものよりもわずかにやわらかい。


 リュミは、しまった! という顔でわずかに飛び上がる。


「あっ……そうだった! 村に戻らなきゃ!」


 焦ったように声を上げるリュミを見て、エルドは少しだけ目を細めると、つぶやくように言った。


「まったく、おまえは……もう少し自分の立場というものを自覚しろ。……とはいえ、まぁ……おまえらしいとも言えるが」


 (あき)れたようでいて、どこか安心したような声。

 そのままエルドはふっと鼻を鳴らし、歩き出す。


「――というわけで、(しゃべ)っている暇があったら足を動かせ。道草は報告が終わってからにしろ。依頼を片付けたら片付けたで、次の面倒が待っているのが世の常だ。とっとと行くぞ」


 背を向けながらも、エルドの言葉はしっかりと届いていた。

 リュミはムスティをやさしく抱き上げ、言った。


「うん、行こう。ムスティ、リンコ、パッロ、そして……エルドさんも!」


 名を呼ばれて振り返るエルド。その表情は変わらないが、耳の先がほんの少し赤くなっていたことに、リュミだけは気づいた。


 ***


 村へ戻る途中――その道のりを、リュミは小さなムスティを大切そうに抱えながら歩いていた。

 その様子は、まるでぬいぐるみを抱いているようで、どこか微笑ましい。


「……やっぱり連れてくの?」


 リュミの頭にとまっていたリンコが、不満そうにムスティをじとりと(にら)みつける。

 視線を感じたのか、ムスティの毛がぴくりと震えた気がする。


「だって……おともだちになったんだよ?」


 リュミの声はまっすぐで、そこに一片の迷いもない。


「おともだちって……まさか、毎回そんな調子で増やす気?」


「うんっ! そのほうが楽しいでしょ? リンコも一緒に仲よくなろ!」


「……はあ? なんでわたしまで」


「だって、おともだちはいっぱいのほうが、楽しいもん!」


 リュミはニコニコと笑いながらそう言った。

 その笑顔には不思議な説得力があって、リンコは思わずくちばしを突き出す。そして、ため息混じりにつぶやいた。


「……リュミって、ほんっと鈍感」


「え? なにか言った?」


 リュミが首をかしげて見上げると、リンコは目を逸らしてなにも答えない。

 抱きかかえられたムスティだけが状況をすべて理解しているかのように、ちらりとリンコへ同情めいた視線を向けた。


 そんなやりとりを、少しうしろから見守っていたパッロとエルド。


「にぎやかになってきたな」


「まったく……手のかかる連中だ」


 パッロは微笑ましそうに目を細めながらつぶやき、エルドは肩を(すく)め、苦笑いを浮かべる。

 ふたりの視線の先では、まだ言い合いが続いている。


「リンコだって、すぐに仲よくなれるよ!」


「ならない! わたしはリュミだけで十分!」


「えっ、うれしい! リンコ、大好き!」


「……バカ!」


 パッロは堪えきれず、ふっと吹き出す。いいコンビだなぁ、と心の中で思いながら。


最後まで読んでくれてありがとうございます!


実はこのお話、全部で42話でもう完結まで書き上がってます。

毎日18:30にきっちり更新していくので、最後まで安心して付き合ってもらえると嬉しいです!


「リュミがんばれー!」とか「続き楽しみ!」と思ってくれたら、下の評価(☆☆☆☆☆)やブクマで応援してもらえると、すごく励みになります。よろしくお願いいたします!

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