28話 彼の名前
魔族の集落を出て、2日程経った。
偶に上空に蒼白い玉が物凄い速さで飛んでくる。
クリスとルナは飛んでくる方向……つまり戦場へ向けて飛行していた。
魔族の人族への憎しみを実際に感じた。
そしてそれに当てられた。
この世界では成人しているが、もうすぐ18のまだ若い2人の少女にはそれがとても重かった。
「ねぇクリス……あれって」
ルナが何かを見つけた。
それは……蒼白い光の波のように感じた。
「まさかっ!?」
無数の蒼白い玉はクリスとルナの間をすり抜けて行った。
何も知らなければ見蕩れるような絶景だろう。
だが、2人はそんな感情が一切無かった。
「一気にこんなにも沢山の魔族が……」
「クリス、急ごう!」
「うん」
クリスは風を強め、さらに加速させた。
すると、真っ赤に染まる荒野が見えてきた。
「……ねぇ、クリス。あれってまさか」
「……多分そうね、すごい血の匂い」
人族や魔族だったようなモノがそこら中に散らばっていた。
悪臭が溢れており、バラバラな肉片と真っ赤な血の池が荒野の中央にあった。
「これが……戦争?」
「こんなの……誰が望むのかな」
酷いものだった。
戦場だった場所……そこには肉片と血溜まりしか残してない。
数キロ先から激しい音が聞こえる。
「……行こう、クリス」
───
クリスとルナは開けた戦場の上空へ来た。
戦況を把握するために観察をする。
木霊する絶叫……悲鳴。
誰かの絶望した声、そして殺した時の興奮した声。
残酷……この一言に尽きた。
意味の無い争いが勢いを増す……残るものは何も無い。
それ程までに憎い。許せない。
様々な声が聞こえてくる。
どうやって止めろというんだろう。
「ねぇクリス!あの人って……」
ルナが驚いたような声で地上を指さした。
その方向に目をやる……木の影にある茂みに誰かいる。
「まさか……《彼》なの!?」
「多分そうじゃないかな……フード被っていてよく見えないけど、さっき一瞬顔が見えた」
「ど、どうする??」
探していたが、いざ《彼》を見つけたとなるとクリスは激しく動揺した。なんて話しかけるべきかと悩んでいる。
それを見てルナが微笑んだ。
「……良かった。この調子じゃ大丈夫そうね」
クリスが前の時のように暴走しないか心配だったのだ。
「彼さ、弟を殺されていた。それも私たちの目の前で。だからどうしてくるかわからないと思う」
それは魔族の集落での経験でもあった。
もしかしたら話すら出来ないかもしれないとルナは危惧していたのだ。
「それは……うん。わかってる」
「まぁ、彼と戦いに来たわけじゃないんだから話しかけない理由は無いね」
「そう…だね」
クリスが随分と消極的になっている。
彼と初めて会った時のことを思い出しているのだろう。
「ほら、行こうクリス!逢いに来たんだからさ!」
「うん……ありがとう、ルナ!」
空から近づくとより警戒されると思うので、数メートル手前で降下して近づくことにした。
そのようにして彼に近づくと、気配を感じたのか振り向いてきた。
自然と目が合った。
「なっ、人族か!?」
彼は軽く動揺し、茂みから飛び出して長剣を構えた。
このままだと戦闘になる危機を察したルナは急いで弁解をした。
「まって!争いをしに来たわけじゃないの」
「う、うん。……貴方に話があってきました」
「人族が何を言ってるんだ!……って、お前達は!!」
クリスとルナを思い出したのか、彼は2人に強い視線を込め長剣を向けた。
だが、思う所があるの長剣をゆっくり斜めに振り落として問いた。
「……争うつもりはないんだな?」
「う、うん。貴方に色々と聞きたいことがあって……」
「そうか。……俺もお前達に聞きたいことがいくつかあったんだ」
彼は長剣を地に刺し、2人に睨みをつけた。
まさかこうも早く彼と話す事ができるなんてルナは思いもしなかった。だが、穏やかそうな雰囲気ではない。
「……妙な動きを見せれば戦闘開始だ。」
「貴方に話があるのは私じゃない……クリスという名の、この子なの。ここは戦場……悠長には話せない。どこかいい場所ない?」
辺りには様々な音や声が聞こえてくる。
そしてこの雰囲気の状態で話すのはよろしくないと判断したルナは提案した。
「……ついてこい」
それだけを言い残し、彼は森林へ入っていった。
見失わないようにクリスとルナは駆けて追う。
聞きたいことは沢山ある。
魔族の事、今までの事、そして彼の事。
言いたいことも沢山ある。
やっと彼に近づく事ができたのだ。
私は私の気持ちを確かめるんだ。
クリスは彼の背中を見詰めながらそう心を固めた。
───
少し開けた場所に出た。
辺りは木々に囲まれており、上空には逞しい枝と葉が複雑に絡み合い、所々に光のカーテンが生まれている。
先程の戦場とは打って変わってとても静かで穏やかな環境だ。
そこに彼は長剣を突き刺した。
「……ここでいいか?」
「うん、ありがとう」
彼と私達が向かい合う。
心地のよい柔らかな風が吹く。
だが、彼の言葉は尖っていた。
「聞きたいことが沢山ある。それは…クリスという、お前もそうらしいな?なら公平に交互に質問し合う。それでいいか?」
「うん。それでお願い」
クリスはとても冷静に対応した。
前に彼と出会った時とは全然違っていた。
ルナの存在もあるだろう、だが何かが違っていた。
クリスはクリスを保てているのだ。
「まず俺から質問させてもらう……この答え次第では俺はお前達を許す事ができない」
彼は強い目付きで2人を睨んだ。
「あの時……お前ら人族に俺の弟が殺された。
お前らはそれに加担していたのか?」
彼にとってそれは大切な問いだった。
もし、弟を殺した者達の仲間だったら容赦なくこの2人を襲うだろう。話し合いなんでしたくもない。
だが、それには考えさせられる3つの気になる点があった。
1つ目は弟が殺された時、この2人その場にはいなかった。途中から現れたのだ。現に手をかけた訳では無い。
2つ目は弟を殺した奴らがクリス達と仲間のように話していたが、自分に手にかけようとした時その仲間達を殺したのだ。
あの時は状況がよくわからなかったが、冷静になれた後感じた違和感。仲間を殺した?守るため?わからない。
そして3つ目は先に言っていた言葉、「争いをしに来たわけじゃない」と言っていた。実際に戦うような素振りは見せなかった。
そして他の人族とは違う何かを感じていたからだ。
彼のその問いにクリスは正直に答えた。
「確かに私達は彼らの仲間だった。あの時まで魔族は人族の害悪と聞いていた。でも実際は違った」
「……どういう事だ?」
仲間と聞いて彼の体は強ばった。
煮えくり返るような憎しみを胸に切り捨ててやろうかと思ったが、話が続くので聞くことにした。
「私達は知らなかった。知るべきなんだ。魔族と人族は、種族が違くても同じ人なんだということを」
「……それはどういう事だ?」
クリスはダムと水龍から聞いた歴史、先代からの憎しみの連鎖、種族としての考えを丁寧にゆっくりと彼に伝えた。
彼は口を開けて聞いていた。
話の内容のスケールの大きさに驚いたのだ。
最初は信じるつもりなどなかったが、とても筋が通っている。
「……言われてみればその通りだな。魔族の中にも一人一人違う感情を持っている。それは人族も同じか。
そうやって種族として見るのが間違っていたのだな。
現にお前達のようなはぐれ者がいるように」
そう言って彼は薄く笑った。
ここまで上手く伝わるとは思わなかった。
彼はほかの魔族と同じではなかった。決めつけなかったのだ。とても賢く鮮明だった。
まさに人族と魔族がひとつの事に数千年ぶりに分かり合えた瞬間だった。
「話を聞く限り、お前達には……いや、クリスには礼を言わねばならないな」
「え?なんで」
「俺を守るために仲間を殺したんだろ?だから、助けてくれてありがとう。弟の仇を……ありがとう」
そう言って彼は涙を流した。
クリスは彼に感謝されて嬉しいのかどうなのか内心よくわからなかったが、生まれ変わっても彼はとても良い人なんだなと再確認できた。
その後彼は突き刺した長剣を引き抜き鞘に収めた。
「次は、クリスの番だ」
「わかった」
深呼吸をする。
聞きたいことは沢山ある。
1番初めに気になった事から聞いてみることにした。
「2ヶ月ほど前、貴方は人族領にきた?」
「あぁ、偵察にな」
「そっか」
2ヶ月前、つまり武道大会があった月だ。
その時に初めて彼を感じた。
聞く必要は特に感じなかったが、気になっていたため確認してみたのだ。
「もういいのか?」
「うん、次は貴方の番」
「では、先程人族がなぜ戦争を仕掛けてくるのかを知った。そしてそれは魔族にも原因があり、人族にもある事を知った。これは次に聞こうとしていた事だった」
「そっか、じゃあ次は私ね。
なんで貴方は偵察なんかしてるの?」
「それは……魔王様のご命令だからだ」
「そう、なんだ」
魔王の命令、この事は何となく分かっていた。
でないと人族領まで偵察に来る理由がわからない。
こうしてしばらくクリスと彼は質問を掛け合った。
様々な情報のやり取りをした。
彼の事も聞いた。私の事も言った。
最後はお互いに笑えるようになった。
それを見てルナも嬉しそうにしていた。
「そろそろ戻らなくてはならない」
そう言って彼は立ち上がった。
「そう、また話せるかな?」
クリスがモジモジしながら彼を見つめた。
彼は苦笑いを浮かべてある物をクリスに持たせた。
「これは共鳴の石と呼ばれるものだ。これに魔力を込めると片割れを持つ者の方角がわかるんだ」
半分に割れた青の宝石を渡された。
光を吸収し、淡い光を放っている。
クリスはそれをとても大切そうに受け取った。
「ありがとう。またね」
「うん、また」
「……あっ、待って!
貴方の名前聞いてない!」
彼は振り返って微笑んだ。
「あははっ、そう言えば言ってなかったね。
俺の名はマティル・ブレイブ……次期魔王幹部の一人だ」
彼はそう言い翼を広げ、飛び去って行った。
時間が過ぎるのがとても早く感じた。
心が熱い……ドキドキする。
「……ねぇ、ルナ」
「良かったね、クリス」
「うん、ありがとう。
私やっぱり……彼が好き」